がいなくなってから跡部たちは何もなかったかのように練習を始めた。
はやっぱり落ち着きがなかったが、跡部に指導をしてもらっていた。
も跡部に教えられたことはすぐに吸収した。これもの才能の一つなのだろう。
打ち合っているうちには落ち着きを取り戻していった。
小さな笑みを浮かべる。それはとても綺麗な笑みだった。
跡部もなんとなく嬉しそうなのが周りのレギュラー達には分かった。
岳人が相変わらずニヤニヤしながら2人を見ている。
練習してたらあっという間に日が暮れかけていた。練習が終わる頃にはもかなり打てるようになっていた。
「今日は、有難う御座いました。」
ペコリ、と頭を下げてはお礼を言った。
はレギャラー達に対して警戒をしなくなった。普通に接して、普通に会話するようになった。
「、家、どこだよ。」
「え、あ、一人で帰れますから。大丈夫ですよ?」
「いいから。送ってやるよ。」
「・・・よろしくお願いします。」
は小さくペコリと頭を下げた。それを見た忍足は2人のことを気遣って・・・。
「ほな跡部、俺らは先に失礼させてもらうわ。」
「あぁ。」
レギュラー全員が心の中で跡部を応援しながらその場を後にした。
今まで、跡部がどれほどを思っていたかを知っていたからだ。
「おい、俺たちも帰るぞ。」
「はい。」
2人もその場を後にしようとラケットの入ったバックを肩にかけた。
日が暮れ、だんだん暗くなっていく。以前なら、は跡部の後ろを歩いていただろう。
でも、今、は跡部の隣を歩いていた。特に会話があるわけではなかったがそれはとても穏やかな時だった。
「この近くですから、ここまででいいですよ。」
が自分の家の近くの角に来ると、歩みを止めて跡部に声をかけた。
「今日は、本当に有難う御座いました。」
「あぁ、別にかまわねぇよ。」
は小さく笑みを浮かべた。
「では、お疲れ様でした。また明日、学校で。」
頭を小さく下げて、は自宅に向かおうとした。が、跡部に腕をつかまれ、振り返って跡部を見た。
跡部は、この機会を逃したら、もう2度とチャンスがなくなる気がした。
「跡部さん?」
が、わけが分からないという風に跡部を見た。
「・・・」
「はい。何でしょう?」
なんだか切なそうな跡部を見ると、は返事をせずにはいられなかった。
「俺・・・お前の事、好きだ・・・。」
は大きく目を見開いた。今まで、ほとんど関わることのなかった跡部景吾と言う男がに告白をした。
「・・・。」
強くない声で跡部が名前を呼ぶ。
は何がなんだか分からなくてただ、自分の腕を掴んで少し不安そうな跡部景吾の顔を見ていた。
「跡部・・・さん・・・?」
やっとの思いでは口を開いた。信じられないという表情で、も相手の名前を呼んだ。
もともと人間関係を築くのが苦手なはどうすべきなのか分からなかった。
思いだされたのは、数日前に自分とを呼び出した数人の女生徒達だった。
少し会話を交わしただけで起こった事。それが、これ以上跡部達と距離を縮めたらどうなるのか・・・それを考えるとは返事を出来ずにいた。
自分だけでなく、友人まで巻き込んでしまうかもしれないことがは怖かった。
「冗談は・・・止めてください・・・。私は・・・・」
「冗談なんかじゃねぇ!!!!!」
跡部が怒鳴るように声を上げた。一瞬、ビクッとの肩が少し上がった。
「俺は本気だ!!!こんな事、冗談で言うわけねぇだろ!!!!!」
「っ・・・」
どれだけ跡部が真剣なのかにもよく分かった。
跡部が信じられないわけではなかった。跡部が嫌いなわけでもなかった。
それでも、恐れてしまうのはの方がどうしても大事だからだ。
友情と恋愛はまったく別物だが数日前のことがの頭から離れなかった。
「私・・・は・・・」
言葉が見つからなかった。嫌いではない。そう伝えたいのに声が、言葉が、出てこない。
「お前、俺のこと嫌いなのか?」
跡部が不安そうな声で尋ねた跡部も必死だった。
嫌いだと言われたらショックだがどうしても返事を聞きたかった。
「嫌いでは・・・ないです・・・。」
がやっとの思いで声を出した。
「跡部さんのコトは好きだと思います…。でも、その『好き』がどういうモノなのか、自分でも分かりません。」
は自分の意見をはっきり言った。
全ては事実だった。嘘は吐いていない。嫌いではない。むしろ好き。
でも、それが人として好きなのか異性として好きなのか分かっていないのかもしれない。
いや・・・分かっていても口に出すことが出来なかった。
恐れてしまう事がある以上、素直に好きだといえなかっただけだった。
「・・・俺が怖いのか?」
の体は震えていた。さっきから少しだが触れていると震えているのが分かった。
「怖いのは・・・跡部さんじゃないです・・・。」
「じゃぁ、何だよ。」
「・・・この前のようなことになるかもしれないのが・・・怖いです・・・。」
この前、その出来事を跡部も思い出した。
が恐れているのは大切なモノが傷つくことだと跡部は思った。
少しの会話であのような行動に出た女生徒達。
なら、もし…跡部とが付き合いだしたらがどうなってしまうのか、跡部にも想像できた。
そうなれば必ずは行動に出る。そうなれば、が傷つくかもしれなかった。
「・・・・・・・・・・・・・・せねぇよ・・・」
「ぇ・・・?」
「そんなこと、俺がさせねぇよ。」
はっきりと跡部はそう言った。はまた大きく目を見開いた。
フッとの体から力が抜けて、は静かに涙を流した。
恐怖心が消えて、涙を溜めた目では跡部を見た。
「・・・跡部・・・さん・・・」
涙が流れて、声が上手く出なかった。今日は、涙を流してばかりだ。
始めの涙は悲しい涙だった。でも後の涙はとても嬉しい、優しいものだった。跡部は今まで掴んでいたの腕を離した。
「・・・よろしくお願いします。」
小さく頭を下げた。好きだと直接言葉にされなくても跡部は嬉しかった。
の小さな体を引き寄せて、抱きしめた。


