ある日の3時限目、と跡部のクラスの授業は体育だった。1000m走と走り幅跳び。
 このニ種目を、男女が交代ですることになった。別に何ら特別なことはない、普通の授業である。
 だが、この『走る』と言う行為は、の身体を苦しめるものだった。
 循環器が弱い人間にとって、走るという行為は危険でしかなかった。
「男女に分かれて、位置に着け!」
 体育教師の言葉に従い、は女子の集団の一番後ろに並んだ。
 女子は一緒に走るだのどうだと小さく話しながら、できるだけ前の方へと詰め寄せる。
 そんな中、は最後尾にいた。に一緒に並んで走る相手はココにはいなかったからだ。
 それに、無理してペースを崩せば、すぐに発作が出る。
 まだ数人にしか知られていないこの発作については、誰にも知られたくなかった。
 余裕のある何人かは、相変わらずに対して敵意をむき出しにしていた。
 ココからは男子たちのいる砂場も見える。当然、跡部からも見えるわけだ。
「よーい…スタート!」
 ピッという教師の笛の合図で、女子が一斉に走り出した。
 は、傍から見るとやる気のなさそうに見えるが、そういうわけではなかった。
 本人は本人なりに真剣に走っている。が、周りにはそうは見えなかったらしい。
さ〜ん、遅いわよ〜。それともなぁに?速く走れないの?」
「普段はあぁんなに元気なのにねぇ?」
 無知とは怖いものである。ここでが挑発に乗れば、確実に発作が起きてしまう。
 だが、そんなことには関係なく、は自分のペースを保って走っていた。
 それが気にいらなかったらしく、嫌味を言った女子はの腹部を肘で突いて抜かしていった。
 少し痛みを覚え、息苦しくなるが、はまるで気にしていないかのように走った。
 が走り終わったとき、まだ走っていたのはほんの数人だった。
 女子が全員走り終わると、丁度男子も終わったようで、交代となった。
 本気で走ったわけでもないのに、肺が凄く苦しかった。まるで肺炎にでもかかったかのような感覚だった。
 当然、顔色も優れないようで、跡部もの違和感には気付いたが、何もいえなかった。

 チャイムが鳴り、授業の終わりを告げると、4時限目の準備をすべく女子も男子も急いで更衣室へと向かった。
 周りがほぼ全速力で走っている中、は、胸を押さえて、ゆっくりと人気のない方へ歩いていった。
 人がいないことを確認し、壁を背にずるずると座り込んだ。
「…ッ…何でだよッ…まだ、大丈夫なはずなのに…ハッ…」
 大きく息を吸い込んでみるが、酸素が供給された気はしなかった。
 ペースは崩していないし、自分自身は無理をしたつもりはなかった。だったら何故発作が起きたのか。
 が気付かないうちに、の身体は悪化していたのだ。
 病院を嫌い、ほとんど検査すらしにいかなかったの身体は限界に近づいてた。
 もうじき4時限目開始のチャイムが鳴る。は4時限目には出られそうにはなかった。
「『せめて授業くらいは出ましょう?』って…の、言ったこ、と…早速破、ってるし…」
 無理はしない、とに言ったばかりだった。

 …約束なんて、するモンじゃない…