忍足がを呼び出した次の日の朝、は偉く機嫌が悪かった。
タダでさえ、周りにあまり近づかないが、今日は一段と周りが静かだった。
は誰も来ていない朝の早い時間に教室に着いた。
自分の机の上に荒々しくカバンを投げ置くと、隣の席に座った。
怒りのオーラをずっと出していた。登校してきた生徒は、それが怖くて声が出せずに黙って教室に入ってきた。
・・・そんな中、跡部が登校して来た。すでに自分の席に座っているを見て、少し顔が青ざめた。
が物凄い怒りに満ちた不機嫌顔で跡部を睨んでいた。
「・・・ど、どうした、。」
跡部はやっとの思いで声を出したが、後で後悔した。
「・・・どうした、だと?身に覚えがないのか、跡部?・・・アァ?」
跡部も引くほどの不機嫌な声に、跡部は一歩下がった。教室にいた生徒たちは、を止めることができずに冷や汗をかいた。
「どしたんや、このクラス。自棄に静か・・・ってッ!?」
今の跡部にとっては救いの手、今のにとっては邪魔者である忍足。
その忍足は、の超不機嫌そうな顔を見て、驚いた。
跡部もたじろぐほどの機嫌の悪さに、忍足もしばらくそこから動けずにいた。
そして、やっとの思いで口を開いた。
「ど、どないしたんや、。」
「どうしたもこうしたもない。俺は跡部に用があるんだ。邪魔をするなら忍足、お前も容赦はしないが?どうするよ、アァ?」
の声はとてつもなく低い上に口調でもキレていることがよく分かった。
「いや、遠慮しとくわ。」
「おいッ!忍足!!!」
流石の跡部も、今回は忍足に頼らずにはいられないようだ。
「でも、何が原因かは教えてくれへん?」
「原因はそこの男に聞け。俺の口から言いたいとは思わん。何度考えても忌々しい・・・。貴様、に・・・ッ!」
が跡部に対して何かあるとしたらのコトだろうと分かっていたので忍足はそれに対しては、さほど驚きはしなかった。
だが、ここまで機嫌が悪かったことは今までなかった。
跡部に、お前何したんだ、と聞きたいことだが、他の生徒の目があるので忍足は聞くのをやめた。
最適(?)な判断だった。
「・・・後で跡部には話がある。ぜってぇ逃げんなよ。」
「・・・わかった。」
跡部は何を言われるのかが予想できているのだろう。少し震えたような声で、大人しく返事をした。
ちょうどSHR開始5分前の予鈴が鳴り、担任が来た。
跡部はいつもはウザいと思っている担任に、今回ばかりは感謝した。
は荒々しく跡部の席から立ち上がると、自分の席に移動した。
忍足もと跡部の様子を見ながら、自分の教室に戻った。
登校してきて10分もたっていないのに、何時間にも感じられた。
やっと席につけて小さくホッと溜息をつくと、SHRが始まった。
チャイムが鳴って、忍足が教室に戻ると、丁度担任が来たところだった。
席について、いつものようにSHRを始めた。とは言っても、マジメに聞いているものはほとんどいない。
忍足もその一人で、に耳打ちをした。
「なぁ、ちゃん。跡部と何かあったんか?」
「?・・・いえ、何もありませんけど・・・どうかしたんですか?」
は思い当たる節がないと言った感じで首を傾けた。忍足も少し考えているような表情になる。
「さっき行ったらがめっちゃ不機嫌な顔してんねん。しかも、原因は跡部みたいなんや。ちゃん、何か知ってるか?」
忍足がそう聞くと、は少し考えたあと、ハッと思い出したような顔をした。少し、顔が赤い。
「?どないしたん?」
「実は昨日、跡部さんと一緒に下校したんですけど・・・。そのときに・・・えっと・・・。」
言い辛そうな顔をしたを見て、忍足は何なのか少し分かった気がした。
でもが嫌がっている様子はなかった。
「ちゃん、跡部助けたってや。」
「?」
何が何だか分からないは再び首を傾けた。
SHRが終わると、と忍足は、すぐにの教室に行った。
そこで見たのは、かなり不機嫌モードのとそれにたじろぐ跡部。
「・・・、睨むのは止めろ。」
「俺の視線が睨んでいると感じるのは、そういう覚えがあるかだろうが。」
誰の目から見ても、は跡部を睨んでいた。の目から見てもがとてつもなく不機嫌なのは確かで・・・。
原因が何となく分かっているからこそ、は迷った。
跡部に頬にキスされたことは正直、嫌だとは思わなかった。
日本では始めての事で、慣れなかったのもあって戸惑ったのも確かだった。
メールで他愛もない会話をしている中で、はにそのことを言っていた。
がここまで怒るとは思わなかったので、も今になってあせった。
「・・・どうしましょう?」
はその日の午前中、一度も教室には戻らずに屋上にいた。
朝のSHRが終わってに説明を受けると、納得したような顔で教室を出て行った。
・・・少なくとも、納得したように周囲には見えた。
「納得したって、俺が受け入れられてないんだ・・・。」
誰もいない屋上で、はポツリと呟いた。まるで自分に言い訳しているような感じだった。
だが、が呟いたことは、事実だった。
人間である以上、それに納得がいっても、受け入れられないこともある。
相手の言っていることがどんなに正論であっても、受け入れられないときもある。
にとって、が絡んでいるからこそ、受け入れることができなかった。
「・・・でもを縛るのはゴメンだ。」
自分がされて嫌なことを、相手に、ましてやにはしたくなかった。
「・・・俺って自己中心的過ぎかな・・・?」
自分で自分に問いかけてみる。が、返事があるわけはない。
本来なら、あまり悩むことではないだろうが、は悩んでしまう。
人との接し方が分からなくて、付き合い方が分からなくて・・・。
・・・どうしたらいいのか分からなくて、混乱して、さ迷って、自分で絡めつけていく。
だから自分ではどうしようもできなくなって、でも人には頼れなくて・・・。
・・・とてつもない悪循環だ・・・。自分で自分の首を絞めていくしかない・・・。
これだけのことが分かっているのに、は自分ではどうにもできなかった。
分かっているからこそ、また考えて、気が付いたらさ迷っている・・・。
「どんなに学んで得た知識があったって、知恵がなかったら意味ないよな・・・。」
学校は勉強だけを学ぶ場ではない。人間関係や、感性について無意識に学ぶ場でもある。
だが、はそれを活かしきれてはいなかった。
「を縛るつもりはない。けど、俺は他の護り方を知らないんだ。」
が心開ける日は、まだ、近くにはない。


