・・・。」
「何だ?」
 アレからに女生徒からの呼び出しはなくなった。
 跡部がどこか暗い様子だったが、以前とさほど変わらなかった。
 の傷もだいぶ癒えてきて、落ち着きを取り戻しつつあった。
「今日の放課後・・・屋上に来てくれへん?」
 本当は場所なんかどうでもよかったが、人が来ないであろう屋上を選んだ。
 そろそろ・・・忍足がの領域に一歩を踏み出す頃・・・。
「かまわねぇけど・・・。何かあるのか?」
「ちょっと話があんねん。」
「あ、そ・・・。了解。・・・跡部とは?」
「あの2人はあの2人で、話があるみたいや。」
 跡部も跡部で一歩を踏み出そうとしている。は、今まで会ったどの女ともタイプが違った。
 だから忍足も跡部も、どうしたらいいのかが分からない。それでも・・・2人は一歩を踏み出すと決めた。
 ・・・話をしているうちに、予鈴が鳴った。
「ほんなら、放課後にな。」
 忍足はいつもと変わらない表情で自分の教室に戻った。
 それとほぼ同時に、跡部も教室に戻ってきた。は、あえて跡部には何も聞かなかった。

 放課後になって、跡部はチャイムが鳴ると同時に教室を出て行った。
 それとは反対に、はゆっくりと荷物を片付けてから教室を出た。
 屋上に行くと、忍足はすでに来ていた。忍足の表情はいつもと少し違っていた。
 は一度止まって、それから重い扉を閉めた。持っていた荷物を扉の近くに乱暴に置いた。
「・・・・・・・・・」
 名前を呼ばれ、はゆっくりと忍足に近づいた。
 フェンスに寄りかかっている忍足の近くまで行くと、も真っ直ぐと忍足を見た。
「・・・何だよ、話って。」
 は改めて忍足に聞いた。屋上だけあって、風が強く、気候は暖かいのに冷たかった。
「・・・・・・。」
 忍足の声が、表情が、いつもと違うことには気付いていた。
「・・・俺の中で、お前は特別な位置にいるんだ・・・。」
 声を出したのは忍足ではなく、だった。それに、忍足も少し驚いたように目を見開いた。
「・・・俺は以外に対して関心がない、というのは自分でも自覚してる。けど、関心を持てと言われて簡単に持てるもんでもないだろ。」
 はまるで忍足が聞きたかったことを知っていたかのように話し出した。
「だからお前は特別な位置にいるんだ。・・・今までとは全く違う奴で・・・。俺の事分かろうとしてくれて、想ってくれて、好きだと言ってくれた。」
 の口調はハッキリとしていた。忍足も一字一句逃さぬようにと真剣にの言葉に耳を傾けた。
「・・・今までとは全く違うから・・・。俺はどうしたらいいのか分からない。信用しているのか、していないのか。関心があるのか、ないのか・・・。」
 まるで言葉を一つ一つ選んでいるかのように、は話した。自分にも言い聞かせているようにも見えた。
との仲だって、かなりの時間がかかった。自分が人間関係に対して臆病なのも分かってるつもりだ。」
 は視線を忍足から逸らした。
「俺は今、自分の事もよく分かってない。お前をどう想っているのか、自分はどうすべきなのか。・・・それすらもよく分からないんだ。」
 忍足はゆっくりと口を開いた。
「・・・は・・・今まで人を好きになったことがないんか?」
「極度に人を拒んだりすることは一度もなかったさ。でも、どこか壁を作ってた。見下すつもりも、劣っているつもりもなかったけどな。」
 はゆっくりと顔を上げた。
「柔らかい言い方すりゃ、俺には俺のペースがあって・・・。それを崩されるのが、嫌で嫌で仕方がないだけなんだ。」
 忍足と少し間を空けて隣に立つと、フェンスに片手をかけてそこからの景色を眺めた。
「・・・お前は・・・俺の何を好きになったんだ?」
 は、ずっと抱いていた疑問を忍足にぶつけた。
「・・・・・・俺は・・・」
 は真剣な、でもどこか儚そうな表情で忍足の言葉に耳を傾けた。
「俺は、はじめはお前の事強い奴やて思ってたんや。」
 はフェンスにかける手に少し力を入れた。表情は変えないままで。
ちゃんの事、凄い大事にしとるんが分かったし、何より男テニレギュのファンからの暴力とかに立ち向かっとったしな。」
 忍足の口調は落ち着いていて、聞きやすかった。
「ある意味、今でも強い奴やて思てる。けど、弱さもあるってことが分かったんや。上っ面だけじゃ分からんトコも知って、護ってやりたいて思ったんが最初やな。」
「・・・護ってやりたい=好き、という方程式は成り立たないだろ。それで好きだと言うならそれこそただの同情だ。同情はいらない、必要ない。」
「同情とはちゃうで?同情しようにも何にしてえぇんか分からんし。・・・正直俺、自分から告白したことないんや。」
「は?」
 は思わずマヌケな声を出した。シリアス(?)な雰囲気で話していたのにの声は場違い(?)だった。
「・・・それ、マジで言ってんのか?・・・だってお前、よく女といただろ。つっても2年の時校外で女と歩いてるの見ただけだけど。」
 今度は忍足が驚いた。まさかに見られて覚えているとは思わなかったから・・・。
 ・・・しかしそれを見ていて付き合おうと言う気になるだろうか?
「・・・それを見とっても・・・俺とこうして話してるんか?」
「だってあの時の忍足、笑って無かっただろ?とても好いてるようには見えなかったし。むしろウザそうだった・・・気がする。」
 忍足はさらに驚いた。は言葉を続ける。
「俺がそういう人間だから?よく分かるけど。どうせモテるお前のことだから、向こうから寄って来たんだろ?・・・ま、それを受け入れるお前もお前だけどな。それを考えると、告白くらいしたことありそうな気がするけどな。」
 ・・・忍足は意外だとばかりに驚くしかなかった。そこまでが考えていたとは思わなかったからだ。
 ”俺もそういう人間”・・・というのは本当に笑っていないというところだろう。
 は心許した人間の前でなければ笑わない。
「で、話が反れたけど、結局お前は俺の何がいいんだ?性格はこんなだし、容姿もいいわけでもないのに・・・。」
「・・・いっぺん自分、よう鏡見てみ。」
 自分の事を美人だ、と自惚れる必要はないが、は少し、自分の容姿の良さを理解すべきだと忍足は思った。
 それに、会話が反れただけでここまで表情が変わるのも珍しい。
 にとって、忍足は確実に近い位置にいた。
 忍足は、目の前の高い透明な壁をぶち壊す術だけを考えていた。