忍足はが落ち着きを取り戻すと、保健室に戻ってきた先生にを休ませてもらえるよう頼んだ。
保健医の了承を得ると、を残して保健室を出た。忍足が向かった先は…屋上だった。
「…やっぱり、ここにおったんか。」
「…おッ……した…り………」
忍足はの顔を見て驚いた。顔色がとても悪く、苦しそうに胸を押さえている。呼吸も荒い。
「ちょッ…大丈夫なんか!?」
「大…丈夫だよ、慣れてる…し……は…?」
の言葉に忍足は驚いた。今更と言えば、今更なことに驚いた。
…発作を起こして…苦しいのに…何故、他人の心配ができるのか…
の性格からして不思議なことではない。だが、状況が状況だ。
自分の苦しみよりも…自分自身よりも、他人を優先するというのは…そうできることではない。
「ちゃんなら保健室で寝とるわ。そんなんより、…」
「大丈夫だっつってんだろッ…すぐに…治まる…」
初めは信じられなかったが、確かにだんだん落ち着いてきていた。
そのかわり風も冷たくなってきて、忍足は自分の制服をにかけた。
「…サンキュ。」
はそれを素直に受け取った。忍足のぬくもりが残っていて暖かい。
しばらく2人は壁を背に座っていた。
「…そういや、跡部は?」
「保健室には来てなかったで?…2人で話したんやろ?」
「……あぁ…」
は急に、暗い表情になった。忍足はその理由が分からずに、の様子を窺っている。
「…俺さ…跡部に言ったんだ…」
が重く口を開いた。
「俺が護ったんじゃ意味がないって…お前じゃないとダメなんだって…」
「…それは…仕方がないんちゃう?」
忍足はが暗くなる理由が分からなかった。跡部とは付き合っているのだから…
跡部がを護るのは当たり前だろう。
「…でも…本当は…ただ跡部を利用してるだけな気がして…やっぱ俺って嫌な人間だと思ってさ…。」
忍足の表情が強張った。はまた…また自分を追い詰めようとしている…。
…不器用だから…優しいから…自分を責めることしか知らない…他人に頼ることを知らない…
「ッ」
「跡部がが好きなのを利用して…を護らせようとしてる…俺の代わりをさせようとしてんだよ…。」
「ッ!それは違うやろッ!だって…」
「違わねぇよッ!何が違うんだよ!跡部に偉そうに説教しておきながら結局俺は自分の都合の良いように跡部を利用してるだけじゃねぇかッ!」
忍足はのせいではないと言いたかった。仕方のないことだと言いたかった。
それでも、の言葉はどこか重くて、100%違うとは言い切れなかった。
だからこそ、忍足は辛かった。の泣くような叫びが、とても痛かった。
忍足は何も言うことが出来なくて…ただを抱きしめた。強そうに見えて、弱いを…抱きしめた。
「…そんなに…自分を責めんといて?」
は忍足のシャツを握り締めた。忍足の抱きしめる手が強くなるのが分かった。
忍足が優しくすればするほど…を想えば想うほど…を苦しめた…
は忍足の暖か味を感じることで自分がもっと嫌な人間に思えた。
そんなことはないのに、は自分を苦しめる術しか知らなかった。
…は他人に頼るという術を知らなかったから…
その頃、は保健室のベットの上で眠ることが出来ずに考えていた。
自分が弱いから、力がないから、…無力だから…護りたいと思っても、護り方が分からない。
弱いから、対抗できずにやられるだけで終わる。
でもせめて…他人に弱さを見せたくはないから…だから…泣かない。
どんなことがあっても…そういう人たちの前では…泣かない。
ひれ伏すこともしない。これが…にできる唯一の対抗策だった。
「…私は…一体なんなんでしょうか…」
に護られてばかりで…を護ることが出来なくて…自分の代わりに傷付くのもで…
「…私はどうしてさんのそばにいるんでしょう…」
にとっての一番難解な疑問であり出た答えは一番容易な答えだった。
…のそばにいると…居心地がいいから…ありのままの自分でいることができるから…
…本当の自分でいることが…苦痛ではないから…
だからこそ、はのそばを離れたくなかった。今までにはなかった人だから…。
「…私はさんを利用しているんでしょうか…?…」
はそんなつもりはないと自分に言いたかった。
それでも…自分のためだけにのそばにいるような気がして…
…何もできないのに…
「傷つけてしまう…だけなのに…」
どんなにがのせいで傷付いてもは絶対にを見放さないから、だからこそ、は辛かった。
自分を護るために傷付いたからこそ、余計に辛かった。
…自分さえいなければ…は傷付かなかったのだから…
そんな考えが過ぎった。そう考えると、止まって涙がまた静かに流れた。
誰もいない保健室は静かだった。


