十字架は柚一の様子が気になったが、保健室には行かずに屋上に行った。
屋上には誰もいなくて、ドアを開けたら冷たい風が十字架に打ち付けた。
重いドアをゆっくりと閉めると、十字架は壁を背凭れに座った。
「…ったく…どうしちまったんだよ…俺の体…」
十字架は、最近になって発作の回数が増えた。薬もだんだん効かなくなってきて、発作も酷くなっていく。
だから余計に不安だった。十字架にとって心配すべきは自分よりも柚一だったから…。
「俺が護れないなら…跡部しかいないよな…。」
そう言った意味で、十字架は跡部を利用していた。
跡部の感情を利用して、自分の代わりをさせようとしている。
そう考えると、十字架は自分という人間がすごく嫌に思えた。
その考えがまた十字架を苦しめる…。十字架は自分を抱きしめた。
「…何で…俺って…」
…何で俺は無力なんだろう…
十字架は悔しかった。大切なモノを護りきれない弱さと他を利用してその弱さを埋めようとする自分が…。
それでも十字架はそれ以外の術を知らなかった。…弱いから…無力だから…
その十字架の感情は…さらに自身を苦しめる。
「…何もいらない…何もいらねぇから……他に…何も望まないから…」
…だから…俺の大切なものを護ってくれ…
…無力な…俺の代わりに…
十字架が屋上にいるとき、跡部はその場で一人、立ち尽くしていた。
授業開始のチャイムが聞こえたが、跡部はそんなことはどうでもよかった。
十字架に叩かれた頬が痛む。…肉体的な痛みと…精神的な痛みと…
「…俺は…アイツの何なんだ…」
悔しさだけが、跡部の心にあった。
護れるだけの力が…強さが欲しい。大切なモノを護れるだけの力が…欲しかった。
「俺は…アイツに何もしてやれねぇのか…?…アイツ等を…苦しめるだけなのか…?」
…その返事が返ってくることはない…十字架の本当の想いを知らない跡部は…ただ迷うしかなかった。
跡部はこのとき知らなかった。十字架が…柚一のために跡部を悩ませていることを…
十字架が…跡部に自分の代わりをさせようとしていることを…
…十字架の身体が…もう限界であることを…
跡部は十字架の強さと弱さ…両方を知っていた。…知っているつもりだった…
柚一に告白したとき、柚一を護ると誓ったはずだった。だが…結局、跡部は何もできずにいる。
「…俺は…ここで何をやってるんだ…」
…答えは返っては来ない…答えなどありはしなかった。
その答えを出せるのは自身でしかないからだ。
跡部は自ら迷っていった。自分の弱さという壁が張り巡る…心の迷路に…
その出口は…一向に見えそうにはなかった…


