…乾いた音…それはが跡部の頬に平手打ちをした音だ。
 結構音が響いて、跡部の頬が赤くなっていた。
「…俺、前に言ったよな?」
 はゆっくりと口を開いた。跡部もゆっくりと視線をのほうへと向けた。
「お前等はこんなことする奴らじゃないって。お前等を嫌うこともないって…。」
「…あぁ…」
 跡部は重々しく口を開いて返事を返した。
「なら…俺が何でお前に平手打ちしたかも…分かるよな?」
 跡部は、小さく頷いた。それを見て、は声を張り上げた。
「だったらッ!何で気付いてやれねぇんだよッ!!!」
 は跡部の胸倉を思いっきり掴んだ。
「あんなになってんのにッ…見ただけで違和感が分かるくらいだぞ!!!」
 は辛そうな、怒ったような声で言った。
「何で違和感に気付かないんだよッ!!どうしてこうなるまで気付かないんだよッ!!!」
 は叫ぶように言った。その声はどこか辛そうだった。
「俺が護ったんじゃ…意味がねぇんだよッ!!!いい加減に分かれよッ!お前しかいないだろッ!!!」
 跡部は無言での叫びを聞いていた。それと同時に、の強さを思い知らされた気がした。
 の言葉を聞いていると、は跡部だけでなく、自身を責めているように聞こえた。
 自分は無力なんだとが自分自身に責めているように聞こえた。
 つまり、は自分の無力さを認めているということ…。これがにあって跡部にないものだった。
「…悪ぃな。気付いてやれなくて…。」
「その言葉、俺じゃなくてに言え。」
 は少し乱暴に跡部の胸倉を離した。そしてゆっくりとは跡部の横を通り過ぎていく。
「…今度同じ事があれば…お前も容赦しなからな…。」
 それだけを言い残して、はその場からいなくなった。跡部は額を手で押さえて、考えた。
 これから自分がすべき事を…。

 忍足がを保健室に連れて行くと生徒はおろか先生すらいなかった。
 とりあえず落ち着かせようと思って、をイスの上に座らせた。
 濡らしたタオルを渡して、落ち着かせる。
「…なぁ、ちゃん。何で黙っとったん?」
 できるだけ優しく、聞いた。は忍足に渡されたタオルを口元に当てていた。
「…心配…かけたくなかったんです。」
 弱々しくもはっきりとそう言った。
「…特に…さんには…心配かけたくなかったです。」
「せやかて、ちゃんだっての性格はよく分かっとるやろ?」
 そう、のことを誰よりも知っているはずだ。

 何よりものことを大切に思っていることを。大切なものが傷つくことを何よりも嫌がることを。

「…さんの頭の怪我は…私を護ろうとして負ったモノなんです…。」
 の怪我については、忍足もよくは知らなかった。分かることは、自分たちのファンがやったと言うことだけ。
 忍足たちはてっきり、初めからを狙ってやったのだと思っていた。
「このことを言えば…さんなら必ず私を護ってくれます。それは凄く嬉しいんです。…でも……。」
 の声がだんだん震えているのが分かった。それでも忍足は黙っての話を聞いた。
「…護られるだけで何もできずに…さんが傷つくのだけは嫌です…」

 は嫌だった。…護られるだけの自分が…護られるだけで何もできない自分が…

「…が…前に言うとったわ…」
 忍足が重い口調でゆっくりと話しだした。もゆっくりと顔を上げる。
「…ちゃんは、弱い奴やないって…」
 はその言葉を聞いて目を見開いた。忍足はそのまま言葉を続ける。
「俺がいなくても大丈夫なちゃんには、自分はいらないんじゃないかって言ってたで?」
 コレは忍足がに興味を持ったときのコト。と忍足が二人きりになったときにポツリと漏らした言葉。
「でも、自分にはちゃんが必要なんやって言ってた。」
 忍足の言葉を聞いていたはただタオルを握り締めていた。
 驚いたような顔をして忍足の言葉を黙って聞いていた。
「…にとって…ちゃんが傷付くことが何より怖いんや…。…だから、無茶をしてでも護るんや。」
 忍足はの顔をきちんと見て、優しい笑みを浮かべた。は静かに涙を流している。
「…でもッ…それでも…ッ…嫌です・・・私のせいで…さんが傷付くのは…嫌です…ッ…」
 泣いているせいで、言葉がときどき途切れた。忍足は、の言葉を黙って聞きながら思った。

…この2人は似たもの同士だと…抱えている悩みも、想いも…あらゆるコトで、共通するものがあると…