は病院に行って、思っていた通り、優希に説教された。
 頭だったから、ちゃんと検査もして数針縫うことになった。幸い、外傷だけで脳には異常はないらしい。
 それでも、気管支のことで病院にきてなかったので、検査するために検査入院することになった。
 ちゃんと学校にも連絡を入れ、は個室を使うことになった。

 何もすることない、誰もいない空間。は少し、安心していた。
 他人に気を使うこともなく、ただ一人で考える時間と空間を得たから。
「俺、何のために氷帝に行ったんだろ…」
 少しでも苦手な人付き合いを克服するためだった。だが、逆にさらに苦手になってしまっている。
 自分のペースを乱されるのが一番嫌な。そして、は忍足にペースを崩されっぱなしである。
「…でも、嫌いではねぇんだよなぁ…」
 忍足のことは嫌いにはなれなかった。
「…でも、好きなのかも分かんねぇ…」
 は、ベットの上で寝返りを何度もしながら考えた。
「…結局、俺は何も成長してない。何も変わってない…」
 窓の外を見ると、風が吹いて木々の葉が揺れていた。
 雲は大気の流れで動き、オレンジ色の空が消えかかろうとしていた。

 コンコンッと、誰かが扉をノックした。
「どうぞ。」
 優希か看護婦だろうと思って、適当に返事を返した。扉が開く音が聞こえて、そっちの方を見た。
 は、目を見開いて驚いた。こんなときに、まさかアイツが来るとは思わなくて…
「忍足…」
 扉のそばに立っていたのは、忍足だった。忍足が病室に入ってくる。
 ドアをきちんと閉めて、ゆっくりとに近づいていく。
「な…んで……」
 は、ただ信じられないという表情で忍足を見た。来るとは思ってなかったから余計に驚いた。
「傷のことが気になってな。」
 嘘ではなかった。頭の怪我のことも気になっていた。
 何故怪我してるのか、誰にやられたのか、すぐに分かったから。
「あ…そ……」
 は、返事とは言いがたい返事を返した。は、どうしようかと働いていない頭で必死に考えていた。
 逃げ出したいが、これ以上は逃げたくはなかった。忍足とのことははっきりとさせなければならないから。
 でも…いい方法が分からない。
「俺、な…。お前のこと、諦められんから。」
 その言い方は弱々しかったが、本気だということは十分に取れた。
「…お前のこと…さ……」
 は、俯いて自分の服を握り締めた。小さく震えているのが、忍足にも分かった。
「…嫌いじゃない。それは…絶対に間違いないんだ…。」
 体は震えていたけど、声はハッキリといていた。
「友達としてはめちゃめちゃ好きだし。いい奴だと思う。」
 の顔がさらに下に沈んだ。
「…でもッ……」
 の声が…震えた。泣いているように、震えていた。
「好きかどうかなんてッ…分かんねぇよッ……」
 半分、自棄になったような言い方だった。自身も混乱し始めているように…
「怖いんだよッ…これ以上、深入りされるのが怖いんだよッッッ」
 まるで叫ぶように、は膝に顔を埋めた。忍足はに近づいて、を優しく抱きしめた。
 は驚いて顔を上げた。
「…大丈夫やから。」
 忍足の強い声に、は涙を流した。どんなことがあっても今まで流れなかった涙が流れた。
「…俺が護っとるから、大丈夫や。」
 を抱きしめている腕に力を入れる。
「な?」
 優しく、泣いた子供を慰めるように言う忍足には抱きついた。
 声は上げず、静かには涙を流した。しばらく、は泣いていた。

 は、泣き止むと忍足から離れた。の目は少し赤くなっていて、ちょっと別人の様だった。
「…ごめん…。泣きまくった……。」
「いや、えぇよ。」
 はどう言葉を発していいのか分からず、口を閉じていた。
 忍足もどう声をかけて良いのか分からずにその場に立っていた。
 時計の秒針が動く音だけが病室に響いた。
「俺…さ……。」
 が重苦しく口を開いた。
「お前と一緒だと…安心した。だから…泣いた…泣けたって言うか…」
 は何とか落ち着いて自分の気持ちを伝えたくて必死で言葉を探した。
「親の前でだって泣かなかったのにさ。何か、お前のおかげで重荷が取れたって言うか…」
 忍足は静かにの言葉を聞いた。
「お前が重荷なんだって思ってたのに。一番安心できたのもお前だった…。」
 はゆっくりと顔を上げた。
「これが好きって言えるのかはやっぱ分かんねぇけど、好きなんだと…思う。」
 はっきりと、そう言った。
「…ごめん。中途半端な答えで…。」
 忍足は、その言葉を聞くとを優しく抱きしめた。は知らなかったから。
 人がこんなに温かいことを。いや、知らなかったわけではない。知らないフリをしていた。

 自分が傷つくことを恐れた。相手を傷つけることを恐れた。”人”というものに恐怖した。
 人と接する前からすでに恐れ、避けた。だから知らなかった。人がこんなに温かいことを。

 との事は、また少し違っていた。の関係は、ちょっと特殊だから。

「それだけで、十分やから。」
 そう言って、忍足はを抱きしめている腕に力を入れた。
「…お前も可愛そうな奴だな。こんなんに興味を持つなんてな。」
 その口調は、いつものと何ら変わりなかった。
 忍足がの顔を見ると、いつもと同じような笑みを浮かべた。
「最高やろ?」
 忍足も意地悪が成功したような顔をした。も同じような笑みを浮かべている。
「後悔しても知らねぇからな。」
「後悔なんてせんから、大丈夫や。」
 しばらく、そうして二人で笑っていた。