忍足は授業が始まってもどこか上の空だった。
 普段ならしないようなミスをしたり、外を見ていたりと、忍足らしくないことばかりしていた。
 も何となく理由は分かっていたが、にはどうしようもなかった。
 休憩時間になると、忍足を心配したファンたちが駆け寄ってくる。
「忍足君・・・大丈夫ぅ?」
 甘い声が忍足にかかる。今の忍足にとっては、それがうるさいもの以外の何モノでもなかった。
「あぁ、大丈夫やから。少し、静かにしてくれへん?」
 忍足の誰に対しても優しい態度が人気の理由の一つだろう。
 それが、本心でないことにも気づかない女子達はそれにまた惚れ直す。
 忍足には、そんなことを気にする余裕はなかった。思うのは、のことばかりだった。

。」
 今、考えていた少女の声がした。が呼んだのは、忍足ではなく、だったが、忍足は、声が聞けただけでも嬉しかった。
さん、どうかしたんですか?」
「次、古典なんだけどさ・・・文法書忘れたから貸してくれねぇ?」
 その口調はいつもとかわらないように思えた。
「ぁ、はい。いいですよ。」
 は机の中から、文法書を取り出して、に手渡した。
「はい。」
「サンキュー。ぁ、今日の昼飯、一緒に食えねぇかもしれねぇんだけど。ごめんな?」
 は、さっきの紙のことを思い出して、に言った。
「私も用があるんで、お互い様です。」
 小さく笑って、も答えた。
「じゃぁ、俺、戻るな。後で返しに来るから。」
「はい。」
 そう言って、は教室を出た。忍足のファン達が、自分を睨んでいたことに気づいて、一秒でも早く、その場を離れたかった。
 今の自分が、何を言い出すか分からないから・・・。
 のことも睨んでいたが、さすがにあそこでは、手は出せないだろうとは思ったからだ。
 忍足の前では、大人しいということもあって、すぐにその場を離れた。

・・・俺・・・また逃げたんだな・・・・・・

 忍足は、がまるで逃げたように見えた。自分を避けているのかと思うと、また辛くなった。


 昼休みになって、は何も持たずに教室を出て行こうとした。
「おい、。」
 背後から呼ばれて、は振り返った。声の主、跡部の方を見た。
「どこ行くんだよ。」
「どこでもいいだろ。お前には関係ねぇよ。」
 どこか不機嫌そうに答える。周りの女子達は、と跡部が仲の悪そうな様子を見て、笑っていた。
 ・・・いい気味だ、と・・・もそれに気づいて、さっさと教室を出て行った。

 裏庭に着くと、誰もいなかった。は溜息をつくと、腕を組んで近くの壁に寄りかかった。
 カサッと音がしたので、そっちの方をみてみると、は驚いた。
「・・・・・・」
「ぁ、さん。」
 も、どうしてがここにいるのかといった感じでを見た。
 は、も呼び出されたのだとすぐに分かった。これでますます、誰が送ったのか検討がついた。
 も誰が呼び出したのか、分かった気がした。体が少し震えた。
、こっち来い。」
 口調は、なんだか強そうでも、表情はどこか優しかった。も黙ってに近づいた。
 数分してを呼び出した奴らが現れた。
「あらぁ、本当に来たのね。」
「もしかして、告られる〜とかおもったんじゃない?」
 クスクスと笑いながら、5,6人の女生徒達が来た。さっき忍足の近くにいてを睨んでいた者と跡部と同じクラスの者と。
 は、予想どうりだったと溜息をついた。
「思ってねぇよ。今時、呼び出して告るっていつの時代の奴だよ・・・。」
 は、呆れたように言った。は、の横で怯えている。
「・・・で?いったい何の用だよ。さっさと済ませてほしんだけど。」
 は、こんな奴らと関わりたくはなかった。さっさと終わらせたいと思った。
「相変わらず生意気ねッ!」
「生意気も何も同級生のあんたらに何で気を使わなきゃいけねぇんだよ。」
「ッ…うるさいわよッ!!!」
 どうやら、の態度が気に入らないらしい。いや、この人たちはすでに自体が気に入らない。
「あんた達、忍足君と跡部様から離れなさいよッ!」
「ちょっと気に入られたからって調子に乗ってんじゃないわよッ!」
 相変わらず、決まり文句をにぶつけた。にとって、それは耳障りなものでしかなかった。
 前回が大人しくしていたからか女生徒達も調子に乗って文句を言っている。
「だいたい、跡部様達が迷惑に思ってるってわかんないのッ」
「あんた達は目障りなのよッ!!」
 も、さすがに飽きてきたのか、思わず声を出した。
「で、言いたいことはそれだけか?」
 面倒くさそうに言うに、女生徒達もカッときたようで・・・
「それが生意気だって言うのよッ!」
 女生徒は、手を振り上げた。これから、何をされるのかは、容易に想像できた。
 ただ前回と違うのは、それをが腕を掴んで止めたことだった。そのまま、は女生徒を突き飛ばした。
「ッいったぁ〜・・・・・・あんた、何す・・・」
「ふざけんなよ」
 それは女性のものとは思えない程低い声だった。
 の表情も、見たこともないくらい冷めていて、女生徒達は逆に怯えた。
「俺が誰とどう関わろうがあんたらには関係ねぇだろ」
 今回も大人しくしてるだろうと思っていた女生徒達は、驚いて動くことができなかった。
「一人じゃ俺に文句すら言えねぇくせに、雑魚で固まった途端にいい気になんなよ。」
 普段のなら、ここまで怒ったりはしなかった。こんなにキレたを見たのはも初めてだった。
 かと言って、女生徒達も引き下がりはしなかった。
「あ、あんた達が跡部様達に迷惑かけてるからでしょッ!」
「そうよ!あたし達は、ただ跡部様達のことを思ってッ!!」
「同じ台詞は聞き飽きた。」
 の態度は、まったく変わらなかった。さっき突き飛ばされた女生徒も立ち上がって、スカートの汚れを掃った。
「もういいわッ!絶対に許さないんだからッ!!!」
 女生徒は近くに立ててあった棒を持つと、に向かって構えた。
 だが、それはに向かって振り上げられた。もいきなりのことで、動くことができなかった。
 は軽く舌打ちをするとを突き飛ばして、・・・殴られた。
 は、頭から血を流して、傷口を押さえながら立ち上がった。
「言っとくけど、を殴ってもこうなったんだ。自分でやっといて何泣いてんだよ。」
 そう、女生徒はまさか本当に当たるとは思わなくて、怖くなって泣いていた。
「泣けばいいってもんじゃねぇだろ。」
 が呆れたように、女生徒達を見た。女生徒達は殴られても平気そうなを見て、驚いていた。
 は、ただどうすればいいのか分からずに混乱していた。にとっては、そんなことどうでもよかった。
 早く解放して欲しかった。
「なぁ、このことは黙っててやるから、もういい加減に解放してくれねぇ?」
 つまり、このことは言わないからさっさとどっかに行ってくれということだ。
 女生徒達は怖くなって、逃げ出すようにその場からいなくなった。
 も、あわててポケットからハンカチを出してに近づいた。
さんッ!だっ大丈夫ですか?」
 ハンカチを傷口に当てながら、心配そうにに声をかける。
「大丈夫・・・とは、言いにくいけどな。早退して病院行かなきゃな。」
 あー、手が血まみれ・・・とまるで他人事のように言うもさすがに声を上げた。
「何でですか!何でそんなに平気そうなんですか!」
 普段、大人しいだから、も少し驚いた。
「私じゃ・・・私はそんなに頼りになりませんか・・・」
 は自分で言ってて泣きそうだった。
 自分が無力だと、役にはたたないと思われているようで、そう思えてきて・・・

 ・・・そういった意味で、二人は似たもの同士なのかも知れない・・・

「・・・平気じゃねぇよ。俺、全然余裕もないし・・・」
 は言うのをやめて、を凝視した。は小さく笑みを浮かべてが押さえていたハンカチを自分で押さえた。
「俺がを護りたかっただけ。のためじゃなくて、俺のため。OK?」
 そう、を助けたのは、自分のためだった。自分が失いたくないから、護るだけ。
「とりあえず、教室に戻るぞ。荷物もって病院行って来るから。」
「・・・そうですね。戻りましょう。」
 そう言って、二人はゆっくりと腰を上げた。