次の日は、日曜で学校は休みだったが、部活はあった。
 運動部は、ほとんどのクラブが休日も部活をしている。文化部は、吹奏楽部だけが休日も活動している。
 テニス部も例外ではない。忍足もも、ちゃんと部活には出た。
 はいつも通り、特に音を外したりすることもなく、平然としていた。
 平然としているように見えた。・・・以外の人間には・・・

 忍足の様子も、いつもと変わらなかった。変わらないように見えた。
 いつものメニューをいつも通りにこなしていく。甘えたところは一つも見られない。
 だから、跡部はあえて何も言わなかった。

 部活が終わると、に近寄っていった。
さん、帰りません?」
「あぁ、帰ろっか。」
 楽器を片付けて、教室の戸締りを確認すると、は教室を出た。
 の横を歩きながら、どこか落ち着かない様子だった。それに気づかないではない。
、何か気になることでもあんのか?」
「ぇ・・・ぁ・・・」
 いきなり声をかけられて、少し詰まった。だが、聞かずともが何を気にしているのか分かっていた。
「ま、言わなくても分かってるけどな。」
 そういったの様子は少しおかしかった。
は・・・知ってたんだな、忍足のこと・・・」
 は、歩みを止めることもなく、に言った。
「はい・・・。知ってました。・・・忍足さんに、相談・・・されましたし・・・」
 は少し、控えめに言った。
「そっか。」
 それでも、の返答は意外とあっさりとしていた。もしかしたら、うまくいったのかと、は少し期待した。
 だが、その期待もすぐに崩れてしまった。
「でも、俺は多分、忍足とは付き合えないよ。」
 はっきりと、そう言った。は少し、ショックを受けたようで、少し、震えていた。
「どうしてか・・・聞いても・・・いいですか・・・?」
 の口からやっと出た言葉にはあっさりと答える。
「分からねぇから。」
「ぇ・・・?」
 意外な返答に、小さく驚きの声を上げた。
「嫌いじゃないのは確かだけど、恋愛感情があるのかわかんねぇから。」
 の言ってることが何となく理解できた。だから、それ以上は、何も聞かなかった。
 は歩みを進めながら、前を向き直した。
「気持ちがどうかもはっきりしないのに、付き合ったって、後で後悔するだけさ。」
 の口調が、だんだん変わってくるのが分かった。
 のカバンを握る手に力が入っていくのがには分かった。
「自分のこと、考えてくれてる人のコト、何にも知らないくせにさ・・・」
 は、こんな弱々しいを初めてみた。
「他人にそんな感情持つ資格、ありゃしないさ。」
 の言葉は、自分を責めているように聞こえた。少なくとも、にはそう聞こえた。
 自分は好きになる資格はないと、好きになられる資格はないと。
 は、歩を止めて、の後姿を見た。がとまったことで、も、どうしたのかと歩を止めて振り返る。
さん、自分を・・・責めてませんか?」
 の言葉に小さく笑みを浮かべた。
「責めてる・・・って言うか・・・なんだろ・・・懺悔?」
「懺悔・・・ですか・・・・・・?」
「うん。自分を想ってくれた人を傷つけてしまったことへの・・・懺悔・・・かな?」

「懺悔なんざ、必要ねぇだろ。」

 背後から聞こえた第三者の声に、は勢いよく振り返った。
 そこにいたのは、跡部と忍足だった。勢いよく振り返ったは驚いて目を見開いた。
 普段、誰かが後ろを歩いていれば、必ず気がつく。
 だが、気づかなかった。普段なら気づくことに気づけなかった。
 今のは、それほど精神的に余裕がなかった。ただ、2人の姿を見た瞬間、体はすぐに動いた。
!悪ぃ、俺、先に帰るッ!!」
 早口でそれだけ言うと、は全速力で前に走り出した。
「ぇ、ぁ・・・」
「ちょっ、待てや、!」
 忍足も、を追うように走り出した。
さん・・・」
「これは2人の問題だからな。任せようぜ。」
 跡部がに近づいて、言った。
「・・・そうですね。」

 は、ただ走った。まるで、逃げるように、全速力で走っている。
 これだけ走れば、後で発作が出てしまうのだが、今のに、発作のことを気にしている余裕もなかった。
 忍足はの後姿を見失うことはなかったがその差はなかなか縮まらない。
 辺りは、もうすっかり暗くなっていて、街灯が灯り始めていた。

 いったい、どれくらい走っただろうか…。
 よく分からない、人気のない場所に来て、は走るのを止めた。
 幸い、軽い発作だったので、とりあえず安堵した。が、忍足も追いついて、のそばまで走ってきた。
・・・お前・・・・・・なんで逃げるんや・・・・・・」
 忍足も全速力で走っていたようで、息を切らして、声を出した。
「・・・わかんねぇ・・・気がついたら、走ってた・・・」
「・・・さよか」
 2人とも、息を整えて、改めて話に入った。
「・・・でも、さっきの話、聞いてたんなら分かっただろ。」
 は俯いて、声を発した。
「自分のことしか考えない自己中心的な人間に、そんな資格ありゃしないさ。」
 は、顔を上げることなく、言葉だけ続けた。
「他人を思いやる事も出来ない奴が、誰かに好かれる・・・?」
 の拳に力が入った。
「けど、ちゃんのこと、ちゃんと思ってあげてるやん。」
 そう、を大事に思ってることは、周りの誰もが知っていた。普段、見せることのない表情をには見せる。
「そんなの、所詮、自分のためでしかねぇじゃねぇか・・・」
 の声が、震えていた。一瞬、泣いているのかと思ったが、泣いてはいなかった。
「居心地が良いから。のためじゃなくて、自分がただその陣地が気にいってるから守るだけで・・・」
 何でもかんでも自分が悪いように言う。声だけでなく、体も震えていた。
「勝手に行動して、勝手に口走って、勝手に相手傷つけてさ・・・」
 もう、の口からは自分を責める言葉しか出てこなかった。
、俺は・・・」
「何でだよ、何でなんだよ。何で俺に構うんだよっ!」
 勢いよく顔を上げて、忍足を見て言った。その表情は、とてもつらそうで、忍足も少しつらくなった。
 それでも、忍足は自分の気持ちをハッキリ言った。

「好きやから。」

 その言葉を聞くと、一瞬、固まってしまった。
「止めろ・・・・・・そんなこと・・・言うのは止めろ・・・」
 は目を見開いて、叫ぶように言った。
「わかんねぇよ!”好き”って何なんだよ!これ以上、俺の居場所広げるのは止めてくれ!」
「居場所・・・?」
「絶対に・・・甘えが出るから・・・」
 自身、自分が何を叫んでいるのか、何を言いたいのかよく分かっていないのかもしれない
「俺、絶対にダメなんだよ・・・そいつに頼って、自分じゃ何も出来なくなるんだよ・・・。」
 忍足は、それの何がいけないのかと、思った。
「嫌なんだよッ!相手の気持ちも知らずに甘えようとする自分がッ!!!」
 が言いたいことは、忍足には伝わっているのだろうか?

 は怖かった。それなしでは、何も出来なくなるかも知れないことが。
 は怖かった。それに無意識に甘えてしまうことが。
 は怖かった。その大切なモノが壊れてしまうかもしれないことが。

「せやけど、俺がを好きになるのかて、俺の勝手な気持ちやろ?」
 忍足の言葉に、は驚いた。そんな言葉が、返ってくるとは思わなかったから。
「俺が知りたいんは、の正直な気持ちや。」
 嫌いでは、ない。でも、それが、恋愛感情かは分からない。
 でも、好きだといわれて、嫌ではなかった。むしろ嬉しかった。
「よく、わかんねぇけど・・・嫌いでは・・・ない・・・」
 これこそが、正直な気持ちだった。忍足もそれが分かると、を後ろから抱きしめた。
「あんまり・・・考え過ぎたらあかんで?」
 忍足の言葉に、は少し落ち着いたようだ。
「・・・そうだな・・・。」
 は忍足の腕の中で、力を抜いた。ある意味、言いたいことが言えて、スッキリしたようだ。
「・・・ごめん。」
 呟くように言った後、十字架の口調はいつもと同じだった。
「明日からは、いつもの俺に戻ってるから。」
「あぁ・・・待ってるで。」