「・・・・・・は?」
 は、思わずマヌケな声を出し、驚いたように忍足の顔を見た。
 が見た忍足の表情は、真剣で、思わず固まってしまった。
「・・・今・・・何て言った・・・?」
 の口からやっと出た言葉は、これだけだった。忍足は真剣な声で、答えを返す。
「俺が好きなんは、お前や言うたんや。」
 はっきりと、そう言った。は驚きのあまりに、口を動かすことが出来なかった。
 相手コート側に立っていた忍足が、だんだんとに近づいていく。
 は、無意識に忍足から離れるように後ろに下がった。

…傷つけたかもしれない。

 の頭の中にあるのはそれだけだった。さっきの自分の言葉は、今考えると無責任なものだった。
 ・・・うまくいくといいな・・・忍足を思って、相手の気持ちにも気づかずに言ってしまった言葉。
 忍足が言った言葉に答えるよりも、はそればかりを考えていた。
 そんなつもりはなかった、なんて言葉は言い訳でしかないとは思っていたから。
・・・」
 名前で初めて呼ばれたが、はそれすらも気づかなかった。
「ごめ・・・ん・・・・・・」
 は謝った。相手を、忍足を傷つけてしまったことに対して、謝った。は体が小さく震えていた。
「さよか・・・」
 忍足は、自分のことは好きではないという意味だと思った。
 さっきのことを聞いていれば、自分に興味がなかったと思えたからだ。
「ご・・・めん・・・・・・ごめん・・・ごめん・・・・・・」
 だが、の様子はおかしなことに忍足は気がついた。
 は、膝をついて、ただ何ともいえない表情で忍足を見ながら”ごめん”と繰り返すばかりだった。
「・・・?」
「・・・また・・・傷つけた・・・・・・なんで・・・俺って・・・」
 には、何も見えていないようだった。忍足は、と同じ目線になるように膝をついた。
 は、俯いて、ただ同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「おい、!・・・っ!」
「おし・・・たり・・・・・・」
 忍足は、の肩を揺さ振って、の名前を呼んだ。すると、は正気に戻ったようで、忍足を見た。
「ごめん・・・俺、すっげぇ傷つけること言った・・・。」
 さっき自分が伝えたかったことを今度は冷静にちゃんとした言葉で伝えた。
「俺に?・・・なんて言うた?」
 忍足は、まるでを慰めるように言った。
「相手が誰かも知らずに・・・”うまくいくといいな”って・・・すっげぇ無責任に言った・・・俺・・・」
 今度は忍足が驚いた。
 が”ごめん”と言ったのは自分のことは別に好きではないという意味だと思っていたからだ。
「そんなこと、気にしてへんで?俺が知りたいんはお前の気持ちやから、な?」
 相変わらず慰めるような口調で、に言った。
「わかんねぇよ・・・だって・・・そんな風に考えたこと・・・ねぇから・・・・・・」
 だんだんといつものに戻っていく。口調もはっきりとしてきて、忍足はとりあえず一安心した。
「少し、考えさせてくれ・・・本当に・・・今の俺、自分のこともよくわかんねぇから・・・。」
「あぁ、待つで。しっかり考えて、答え出してや?」
「あぁ・・・そうするよ・・・・・・」
 はゆっくりと立ち上がって、荷物をとりに行った。
 ・・・同じ人間の後姿なのに・・・・・・いつもと違う人のように見えた・・・・・・

 忍足は、あの後、家にも帰らず、ただ一人で街を歩いていた。
 のことばかりを考えている。いつもと違うのことが心配で仕方がなかった。
 を傷つけてしまったのではないかと不安ばかりが大きくなっていった。
 想いを伝えるべきではなかったのではないかと後悔ばかりだった。
「ホンマに、何やっとるんや、俺・・・」
 街を歩きながら、ポツリと呟くように言った。周りの雑音も気にならなかった。
 ただ、ボーっと考えながら、歩を進めていった。

 突然、ポケットに入っていた携帯電話が震えた。
 マナーモードにしていたため、音はなく、振動だけが忍足に伝わった。
 画面には、『跡部景吾』 と出ていた。跡部が何で電話してきたのかが容易に想像できて、少しつらかった。
 それでも出ないわけにもいかず、忍足は通話ボタンを押した。
「・・・何や」
とはうまくいったのか?」
 跡部はうまくいったと思い、直接聞いた。忍足は、なんて答えればいいか、一瞬迷った。
「いや・・・失敗してしもた・・・・・・なんか、傷つけてしもたみたいや・・・」
 その言葉に、跡部は驚いた。
「なんか、傷つけたっちゅーより、混乱させてしもたって感じやな・・・」
 跡部が電話を通して聞く忍足の声はどこか弱々しかった。
は、なんて言ったんだよ」
「今は考えられんから、考えさせてくれって言うてた」
「そう・・・か・・・・・・」
 忍足の弱々しい声を聞いていると、跡部は何も言ってやれなかった。
「・・・けど・・・・・・」
 忍足の声が、さっきと違ってはっきりしていることに跡部は気がついた。
「諦めるつもりはあらへんからな」
 はっきりと、そういった。その言葉を聞くと、跡部も口元に笑みを浮かべた。
 声だけでも、忍足の様子が想像できた。忍足も、跡部と話をすることで、”諦めない”と、決心できた。
「当たり前だ。諦めたりしたら、承知しねぇぜ?」
 忍足も口元に笑みを浮かべた。
 これは跡部なりの自分への励ましだと、分かったから・・・
「あぁ、わかってる」
「じゃぁな」
 そういうと、跡部は電話を切った。忍足も、携帯電話をポケットに入れて、自宅に向かって歩き出した。