どうして、ピアノを弾いてしまったんだろうか・・・。ピアノは、俺の存在を否定するものでしかなかったのに・・・。
 そして何故、愛称で呼んでもかまわないと、ニコル・アマルフィーに言ったんだろうか・・・。

 大切なものを増やせば、裏切られると分かっているのに・・・。
 それに何故、音楽はいつも俺のそばにあるんだ・・・?


 がアマルフィー家に世話になって2日目。たった一日で、本人が思っていた以上に、はアマルフィー家に馴染んでいた。
 この日は朝食を取った後、とニコルは同じ部屋でテレビを見ていた。
 しばらくすると、"プラントの歌姫"と呼ばれるピンク色の髪の少女が画面に現れた。
 にとっては、訳の分からない少女の登場に、眉をひそめた。
「彼女はラクス・クラインという、プラントではとても有名な方なんです。」
 プラントに来たことの無いにとっては、彼女の存在は理解しがたいものがあった。
「彼女は、戦争で傷ついた人のために、歌を歌っているんです。」
 ニコルの言葉に、は苛立ちを覚え始めた。どう見ても目の前の画面に映っている少女は、"戦争"と呼ばれるものとは無縁そうに見えた。
 この戦争では、全てのものが何かしら傷ついているということは、も良く分かっていた。
 だが、人の心を癒すくらいなら、何故もっと"戦争を終わらせるために物事を行わないのか"と、は思う。
 想いだけで何かができるのであれば、こんな争いは起こらないはずだったのだ。
 戦いが全てではない。それでも、人は"何か"と戦わねばならない。
 どんなに人の心を"癒し"ても、人の心を"救う"事にはならないのではないか。
 は、画面に映る少女の甘い空想に、ただただ苛立ちを覚えるだけだった。
 だがその苛立ちの中に、妙な違和感があったが、それに対してはさほど気にはしなかった。
「人の心を癒す、か・・・。」
 の低い声に、ニコルはを見た。
「"音楽は遺伝子で歌うモノではない"。」
 コーディネイターだから人を癒す歌が歌えるわけではない、とは思った。そう思うと、苛立ちは少しずつ消え始める。
 たとえ、争いとは無縁なトコロにいる少女でも、絶望を知った者でも、音楽は全てに共通する。
「・・・"音楽は遺伝子で歌うモノではない"・・・?」
 その意見には、ニコルも大賛成であったが、何故が突然そんなことを言い出すのかが分からなかった。
「・・・昔、あるヤツに言われた言葉だ。"音楽は遺伝子では歌えない。魂でしか、音楽を奏でることはできない"と言われた・・・。今は、決別してしまった相手だが・・・。」
 それは・・・、現在は地球連合軍にいる、のことを銃で打った人物のことだった。
 がまだピアノを頻繁に弾いていた頃、その人物とはとても仲が良かった。
 彼は、ユニウスセブンの事を誰よりも悔やんでいたはずだった。誰よりも、責任感の強い人間だったからだ。
「良い事を仰る方なんですね。・・・早く、和解できると良いですね。」
 ニコルの言葉は、現在のにとっては残酷であった。和解など、到底できるはずの無いところまで来てしまっている。
 その人物は、別れ際ににこう言った。

"・・・血のバレンタイン・・・あれは、ただの統計だったんだよ・・・。"

 まるでユニウスセブンの崩壊が、正しいものであったかのように、その人物は言ったのだ。
 コーディネイターにこんなことを平気で言えるほど、も残酷ではない。
「・・・できれば、な。」
 言葉にはせず、は軽く返事だけを返した。



「・・・なんだと?」
 ニコルの家にあった文献を読んでいたはニコルの母、ロミナ・アマルフィーが告げた言葉に、訳が分からないといった様子でニコルの方を見た。
 ニコルがもう一度、ロミナの代弁をする。
「ラクスさんが、さんにお会いしたいそうなんです。とは言っても、休暇の都合で会うとしたら今日の午後からになりますが・・・。」
 は、何故プラントの歌姫とやらが自分に会いたがっているのかが分からなかった。
 ピアノを公で弾くのはとっくに止めてしまっている以上、ラクス・クラインが自分を知ることなどあるはずが無かった。
 ましてやはコーディナイターではないし、上流階級なわけでもない。ラクス・クラインとの接点は、どこにも無いはずである。
「・・・何故彼女が俺のことを知っているんだ・・・。」
「先日、アスランがラクスさんの所に訪問した際に、貴方の話をしたんだそうです。それで、ぜひともさんにお会いしてみたい、と。」
 自身はアスラン・ザラと親しくした覚えは無い。ましてや、今までに面会したことも無い。
 ヘリオポリスでの一件以来、ザフト軍の軍人とはほとんど話はしていないのだ。
 アスラン・ザラが、ラクス・クラインに明るい友人話をしたとは、どうあっても考えにくい。
「・・・プラントでは、遺伝子操作をしていない人間は珍しいのか?」
 は、ラクス・クラインの面会意志を"ナチュラルに対する好奇心"だと捕らえた。
 そう考えると、ラクス・クラインに対する不信感ばかりが募る。
「そういうわけでは、無いと思いますが・・・。さんが嫌なら、お断りしてもいいんですよ?」
 ニコルなりの気の使い方だった。
 だが自身、ラクス・クラインに何かを感じていることは確かなのだ。
「・・・ラクス・クラインと、面会しよう。」
 は少し考え、面会することを決めた。ラクス・クラインに感じた違和感が何なのかを確かめようとしての行動だった。
「では、そのように伝えておくわね。」
 ロミナが、の言葉を聞いて、クライン邸に連絡を入れるために部屋を出た。
 ロミナが部屋を出たことを確認すると、は再び本を読み始めた。ニコルは、何か用事を思い出したように部屋を出た。
 広い部屋はだけになり、音も何もなくなった。
「・・・ラクス、・・・クライン・・・。」
 再び読み始めたばかりの本を閉じ、は呟くようにラクス・クラインの名前を発した。
「・・・嫌な予感がする・・・。」
 の感は良く当たる。最近の事を考えると、当たる可能性のほうが高かった。
 小さな違和感は、不安となってを覆い始めている。
 それでも、の"ラクス・クラインとの面会"の意志は変わらなかった。
「・・・これが最善である事を、切に願う・・・。」
 すでに口癖のようになった言葉を発して、は再び本を開いた。