初めて足をつけた、"プラント"と呼ばれる国は、全てが人工的に作られたものだった。だが、雰囲気はオーブとそう大差はない。
コーディネイターは、ナチュラルと印象も変わらない。・・・彼らは、何故争うのか。
・・・本当の敵を知らないで・・・。
の治療はほぼ完了していたが、の乗っていた艦は休暇のためにプラントに戻っていた。
ラウ・ル・クルーゼとの医務室の会話の後、は"民間人保護"という形でずっと艦の中にいた。
情報らしい情報は、一切提供していない。
休暇、ということだが、GAT-X102 デュエルガンダム と GAT-X103 バスターガンダム のパイロットは、戦闘中に地球に降下したとの事だった。
は、プラントでニコル・アマルフィーの家族に世話になることになった。
「初めまして。ロミナ・アマルフィーです。」
間違いなくニコル・アマルフィーの母親であろう、ロミナ・アマルフィーは、綺麗な笑みを浮かべて手を差し出した。
今までになかった対応に、は戸惑いながら手を差し出した。
「・です。よろしく、お願いします。」
ただ緊張しているのだろうと思ったロミナは、の言葉にまた笑みを返した。
ニコル・アマルフィーの家庭は、とても穏やかだった。
両親と一人息子。どこにでもある一般の家庭のように見て取れた。
だからこそ、にとっては居心地が悪かった。・・・悪かったというよりは、自身に合っていなかった。
休暇というものをとったことのないにとって、やることのない時間の使い道がまったく分からなかったのだ。
服は、軍から支給されたものだけしかなかった。当然といえば、当然である。
元々来ていた服は、銃弾によっての血がつき、穴も開いていて、着られる様な物ではなかった。
プラントに来てから、何もかもに無神経で何にも興味を示さなかった。
晴れている時間も、雨の降っている時間も、ただ窓際でずっと外を見ているだけだった。
ただ・・・、ニコル・アマルフィーの弾くピアノの音だけは、の神経を刺激した。
ニコル・アマルフィーのピアノの音は、どこか不完全ながらも力強かった。
来て初日の夕方、ニコルがピアノを弾いている部屋の窓際に、はいた。
「・・・ピアノは、幼い頃から弾いているのか?」
自分から話を持ち出すことのないが、初めてニコル・アマルフィーに対して使った言葉。
少し意外だったのか、ニコル・アマルフィーは一瞬動作が止まったもののすぐに笑顔で答えた。
「えぇ、そうですよ。」
本当にピアノが好きなのだろう、純粋な笑顔での方を見た。
「あ、喉渇きませんか?コーヒーか何か持ってきます。」
ニコルは親切心から、ピアノから離れ、飲み物を取りにその部屋を出た。
ニコルが部屋を出ると、はゆっくりとピアノに近づいた。
鍵盤に手をかけ、人差し指に力を入れると、ポーン、と音が部屋に響いた。
それがまるで合図かのように、は指を鍵盤の上で躍らせた。
弾いている曲は、先ほどニコル・アマルフィーが弾いているのと全く同じ曲だった。
「・・・ニコル・アマルフィーもまた、コマにすぎないのか・・・。」
ポツリとつぶやく様にいいながら、はピアノを弾き続けた。何かを、思い出すかのように・・・。
ニコル・アマルフィーが弾いていた曲を弾き終わると、それと同時にニコル・アマルフィー本人が扉を開けた。
は、ニコルの方を向いて、謝罪の言葉を発した。
「・・・すまない。・・・勝手に弾いていた・・・。」
ゆっくりとピアノから離れるを見て、ニコルは嬉しそうに声を上げた。
「別に気にしていません。・・・ピアノ、弾けたんですね。」
ナチュラルに対してあまり偏見を持っていなかったニコルは、が同じ音楽に共通していることがとても嬉しかった。
手に持っていたコーヒーの入ったカップを2つ、近くのテーブルの上においた。
「・・・昔はよく弾いていたからな・・・。」
表情にはほとんど表してはいないが、の口調はとても悲しそうだった。
暗い雰囲気を何とかするために、ニコル・アマルフィーは言葉を繋げた。
「でも、ピアノを聴いただけでその曲が弾けるというのは、とても凄いことだと思います。さっき貴方が弾いていた曲は、僕が作曲したものなんです。」
はニコルの顔を見て、目を閉じ、軽く笑みを浮かべた。
「・・・聞いたことのない曲だとは思ったが、そういうことか・・・。」
「やっと、笑いましたね。」
ニコルの言葉に、は目を見開いてニコルの方を見た。
普段からあまり笑みを浮かべることがなかったが、小さくではあるが笑みを浮かべたことに、ニコルは小さな喜びを感じていた。
一緒に生活をしている以上は、良い関係でありたいというのが、ニコルの望みだったのだ。
「・・・笑って、いたか?」
「はい。小さく、ではありますけどね。」
当分、は人前で穏やかな表情を見せたことはない、とは自覚していた。
実際、本人自身も、人前で笑った覚えなど、記憶があるかぎりではほとんどなかったはずである。
だが、がアマルフィー家に対して、好感を持ち出したことを、自身は薄々感づいてはいた。・・・認めたく、なかっただけで・・・。
「・・・さんは、コーディネイターが・・・苦手・・・、ですか?」
があまり良い態度を取らないのは、がコーディネイターを嫌っているからだとニコルは思っていた。
少しでも打ち解けたと思う今、そのことを確かめたかった。
はニコルの問いに答えた。
「俺には、コーディネイターに対する偏見は無い。俺からすれば、ナチュラルもコーディネイターもさほど変わりは無い。」
は思う。
・・・ナチュラルもコーディネイターも、遺伝子操作をしているかしていないかの差だけであって、"人間"であることには変わりは無いのだ、と。
本当に区別すべきは、『"人間"と"新たな種"』なのだ、と・・・。
だがニコルは、ただが中立派の人間なんだという事実に、喜んだ。
そんなニコルを見て、は今度は意識的に小さく笑みを浮かべた。
「僕、嬉しいです。さんが、コーディネイターに対して差別しないことが・・・。それに、ピアノがとても上手で、僕、あまり上手くないんで・・・。」
ニコルは嬉しそうに、でも少し照れくさそうに言った。ニコルのピアニストとしての腕は、そう悪くは無い。
だが、のピアノと比べると、圧倒的にレベルは違った。・・・次元が、違ったのだ。
「あの、さ・・・」
「・・・で、かまわない。」
の突然の言葉に、ニコルは思わず、え・・・、と一瞬何を言われたのか分からなくなった。
自身も、何故自分からこんなことを言い出すのか、不思議で仕方がなかった。
「と、呼んでくれてかまわない。ファーストネームを呼ばれることは、あまり慣れていないんだ。」
事実だった。グループの間では""と呼ばれ、両親には名前で呼ばれた記憶は無い。
そんなことも知らず、の意外な申し出は、ニコルをさらに喜ばせた。
「はい!さん。・・・あの、もし良かったら、もう一度ちゃんと、聞かせてもらえませんか?・・・さんの、ピアノ・・・。」
は、ゆっくりと一度目を閉じて、そしてゆっくりと目を開いた。
無言でピアノに近づき、ピアノイスに浅く腰掛けた。
部屋には、悲しくも美しいの音色が、響いていた。
  
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