案内人




エジプト・アラブ共和国、カイロ南西のとある遺跡。
この遺跡には観光客の姿もなければ、学術調査員も来ない。 悠久のときを眠る古い古い神殿は、長年案内人をしてきたサラーでも足を踏み入れたこともないような地下深くにあった。こんなところまで足を運ぶのは《宝探し屋》ぐらいなものだ。

平坦な女性の声が辺りに響くのを、聞くとはなしに聞きながら、サラーは水を一口含んだ。目の前に、一人の若い男が立っている。

「ずいぶんと慎重なんじゃな」

何度もH.A.N.Tを確認するのをみて声をかけると、顔をあげてこちらを向く。
H.A.N.Tは、彼がロゼッタ協会所属の《宝探し屋》であることを示していた。
ふるふる、と首を振る。否定の意味。
ん? 慎重ではない? 
ああ、理由が違うと……何度もH.A.N.Tを見るその理由か、

「自分のH.A.N.Tを貰ったのが嬉しい? それで何度も見てしまうと?」

まじまじと、目の前の顔を見る。ほとんどゴーグルで隠れていたが。 これまで、無駄口一つ叩くことなく、手際よく罠を解除し、化け物が出てきてもあわてることなく対処していたので、慣れているのかと思っていた。

「初任務というのは聞き間違いではなかったか」
「……緊張してます」

ぎゅっとゴーグルを上げる、真夜中の空のような黒い瞳がこちらを見た。

「ふむ、おぬし年は?」
「18歳になったばかりです」
「ほう、わしの下の息子と同じくらいだな」

途端に強くなる親近感。

「いい瞳をしておる―――きっと、いい《宝探し屋》になるじゃろう」


そう告げると、白い頬がぽっと赤く染まるのが見えた。
危なげない仕事振りの一方で、子どもらしい表情もするものだ。
……遠い地にいるわが子は元気でやっているだろうか、真面目で努力家で、 寂しがり家なところもある、あの子は。
自然と顔が緩む。

「さて、そろそろ目的地に着きそうじゃ、ま、ただの勘だが」

声をかければ、頷いてゴーグルを下ろす。

「最後の大物がいるかもしれん、気をつけるのじゃ」
「分かりました――先に下ります、合図を待ってから後に続いてください」
「よしわかった」

『別階層へ移動します』

H.A.N.Tの音声がだんだんと降りていった。


案の定遺跡の奥には大物が待っていた。
ただ、『最後の』とはいかなかった。

遺跡の『墓守』だけではなく
地上で待ち伏せていた『秘宝の夜明け』
そして砂漠越え

やれやれ、初任務から賑やかなことだ。
その後、なんとかロゼッタ協会の医療チームに救出され、 わしが目覚めたときは、あの若い《宝探し屋》はすでに次の任務地に向かったあとじゃった。
やれやれ……
だがまあ、きっとまたその名を耳にすることになるじゃろう。
これは勘だけではなく。
トラブルのほうが放っておかないのも、いい《宝探し屋》の条件のようなものじゃからのう。

ま、楽しみにまっとるわい。




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  《宝探し屋》




心の中に大切に仕舞った光景
心の中でしか会えない面影


薄暗い石造りの遺跡の中で緩やかな傾斜を下りて行く、 暗視ゴーグルを上げながら角を曲がればそこはロゼッタ協会本部の建物の中で、 ドアを開ければ畳敷きの日本家屋で……
そうだ、今日から学校に行かなきゃ、買ってもらったばかりのランドセル背負って ……あれ? ハンターになったんだっけ?


ああ、夢なんだ。


『なに、しょげた顔してんだ、コラ、九龍!』
あ、じいちゃん。
『妹にけんかで勝てねえからって、泣いてんじゃねえ』
な、泣いてないよ!
『数時間違いとはいえ兄貴なんだからな、ちゃんと手え繋いで2人で一緒に登校すんだぞ』
いや、俺が行かなきゃなんないのは……あれ? 遺跡だっけ? オアシスだっけ?
『わかんねぇのか、しょうがねえなあ、よし! じいちゃんもいくか! ほれ、手』
え!? いやいいよ危ないから、銃を持ったやつらが沢山いるんだから、
ちゃんと帰ってくるから……だから……待って、て―――


鼻腔にわずかな水気を感じて大きく息を吸う、 それから、耳の奥で反響する機械音が、ずっと続いていたことに気づく。 軽く頭を振りながら、ゆっくりと目蓋を上げた。 白い光に包まれた視界はあやふやで、すべてが淡い。 見つめるうちに、だんだんと頭の中がハッキリと―――

「!!」

視界の半分を占める人の顔。驚いて、一気に眼を大きく開く。

「先生、患者が!!」
甲高い声、女性だ。

(え、日本語?)

ぱちり、と瞬き。目の前の光景を見つめていると、さらに半分視界が狭まる。
「おォ、目が覚めたかね? どれどれ」
新たに覗き込んできたのは男のようだった、白い髭に隠れて口の動きが見えない。 大きな丸い顔と小さな眼鏡。その奥にある小さな瞳は至極冷静そうだ。 目が合う。ぼんやりと見つめると、男が状況を説明し始める。
助かったのがH.A.N.Tのおかげである事、レントゲンの検査では異常はない事。

「これは、何本に見えるかね?」
太い指を目の前に突きつけられる。
「……3本……」
「ビンゴだ。どうやら大丈夫なようだな」

それはよかった。
見つめているうちに、男は話を続けていくので、聞きながら一つずつ順番に思い出していく。 途中に看護士さんの叱咤が。砂漠で遭難―――そうだ、ヘラクレイオンの神殿。

憧れていた《宝探し屋》のライセンスを手に入れて、 期待に胸膨らませながらの最初の仕事は、エジプトでの古代の遺跡の調査。

石造りの遺跡の中を、下へ下へと降りて行き……あああっ! サラーのおじさん!!
あわてているせいで言葉が出てこない、ぱくぱく、と口を動かすと、 医者らしき男が部屋のさらに奥を示す。
「君を案内したあの老人も無事に救出した。発見した時、老人は君の傍らで倒れていた。 どうやら君は老人を担いで歩こうとしたらしい。君の願いが通じたのだろう、命に別状もなく、今は麻酔が効いて眠っておる」
あ、通じた。
「本当に2人とも無事でなによりだったよ」
助かったんだ、よかった。

サラーのおじさん。同じくらいの年の息子がいるのだと随分気にかけてくれていた ……自分が思い浮かべたのは、祖父の姿だったけど。
案内人のサラーさんは遺跡にもとても詳しい人で、その的確な助言のおかげで遺跡から帰ってこれたようなもの、おじさんがいなければ、きっと秘宝を見つけることは出来なかっただろう。

ふう、と胸をなでおろしていると。「にゃ〜ん」と猫の声がきこえた。
違う、これはメールの着信音だ。
H.A.N.Tを捜すと、布団の上に置いてあるのが見えた。

メールの差出人はロゼッタの遺跡統括情報局……ひょっとして次の任務かなあ
今度は何処だろう、考えながらメールをひらく。

「!!」

画面を見て固まった俺に向かって、医師の男が問いかけてくる。

「新しい依頼かね?」

ぱくぱく、と口だけ動かす、あわてると、言葉が出てこないんだってば。

「先生―――」
看護士さんの手に大きな白い紙、医師はそれを受け取ると、ボールペンを添えてこちらへ差し出す。
「その書類に必要な項目を書き込んでくれ」
ぐっと顔を寄せて視線を白い紙の隅から隅へ走らせる。どうみても高校へ編入するための書類だ。

全寮制の《天香學園》へ、学生として潜入。
行く先は、日本―――

横長の書類を握り締め、至近距離で見つめていると医者のおじさんが口を開く。
「ひょっとして近眼かね?」
こくり、とうなずく。《秘宝の夜明け》から逃げるときにコンタクトを無くしたみたいです。
眼鏡を掛けた看護師さんが、一つため息をついて手を差し出してきた。
「代わりに読みますわ」
お、お願いします……深々と頭を下げつつ、書類とボールペンを差し出した。

本籍地?
「東京」
……でいいか。
部活に得意科目……学生みたいだ。得意科目は……何でもいいです、
「美術以外」
なら……あ、英語ですか。
わあ! 遺跡研究会なんてあるんだ! それいいですね!
「遺跡研究会で」

ああ、心臓がばくばくする。潜入ミッションだなんて。 でも、そうだ、あのまま日本に居たのなら、今頃高校生だ。
高校生……できるだろうか。
しかも転校生、難易度はさらに上だ。困難が予測される。

やあ、はじめましてっ、きらーん。

「患者の様子がおかしいようですわ、さきほどから百面相を」
「ふむ、これといった外傷はなかったが……
次の任務地へはこのまま移送するが、何か不足はないかね?」
二人の声が耳に届き、顔が赤くなる。
そうだ、任務、任務でした。
エジプトから、日本へ……うん、遠い。
いいのかな? 送ってもらえるなら、本当助かるけど。

「ありがとうございます」

日本語で礼を告げる。すんなり口に出てきてよかった。

「何から何までお世話になります」
「いや、協会からの要請でやっていることだ……さらに協力してもよいが」

協力?

「学校への挨拶だ。保護者同伴の方がよくないかね?」

え?

「患者の経過も気になることだし……ふむ、父親か、パパと呼んでみるかね」

ええと、冗談なのかな、本気なのかな。

「先生、調子に乗りすぎです……では私は姉ですね」
「……姉かね」

看護士さん、止めてくれるんじゃないんだ。

何処かに寄るのだろう、外の景色は見えないが、機体が下がっていく感覚。
断ればいいことだよね……なんとか、日本につくまで。




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