隣の席のクラスメイト




朝のホームルーム。
八千穂明日香は先生に連れられて教室へと入ってきた少年を、期待に胸を膨らませながら見つめていた。3年のしかも秋になってから転校、なんて大変だろう、と疑問が浮かぶがすぐに消えてしまう。見つめる瞳は輝いて、頬は興奮で少し熱くなる。

(うわ〜ぉ、背高〜いかっこい〜い、昨日テレビでやってた映画の俳優さんみたい〜)

夢中で見つめる八千穂は気付かないが、3−Cの教室は、現在緊張感で静まり返っていた。
高い視点、長い前髪の合間から、大きな黒い瞳が瞬きもせずに見下ろして、どう見ても睨んでいるのだ。
クラス一同青い顔をして固まっていた。

(格好よかったなあ、あの映画の《悪役》の人)

八千穂一人、のん気だ。

(わあ、『はばき くろう』クンね、説明されなきゃ読めないよ)

だから、気付けたのかもしれない。

ずっと口を引き結んだままの《転校生》の表情が、雛川先生に声をかけられてから、少しだけ動いたのを。

(あ、あれ『ほっとした』っていった)
うんうん、と心の中でうなずく。
(そうだよねえ、転校生だものねえ。緊張してるんだ。よぉ〜し!)
がたん、と椅子をけって立ち上がり、勢いよく片手を上げる。

「あたしの隣が開いてま〜す!!」






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  転校生




八千穂に片腕をつかまれたまま、一緒に階段を下っていく姿は、傍から見れば強引に引きずられているようだが、口をぐっと閉じたままの九龍の心の内は「感心している」というべきか。
朝、警備員に連れられて門から職員室へ直行だった九龍にとっては、ありがたいことだった。この昼休みに入ってからの短い時間で、生徒、教師を問わず何人もの人間から声をかけられていることも。
転校生がもの珍しいのもあるだろうが、隣を行く八千穂のおかげも大きいだろう。

ざわめきの中心で慣れない雰囲気につつまれて、くすぐったいような緊張するような……腕を掴む手が心強い。

「ここが図書室だよ」

その手が離れ、ガラリと勢いよく扉をひらく。
図書室は一般の教室と同じ程度の広さで、中央にテーブルが並び、四方は本棚が占めている。窓の下にも背の低い棚がおかれ、その上はブックスタンドに支えられた文庫本でうまっていた。静かだと思えば、本ばかりで人の気配がない。

「奥が書庫室になっていて、貴重な本が収められているんだ。え〜と、たしかあの辺りに……」

ケースに収められた本を一冊ずつ取り出しては戻し、取り出して少し振ってまた戻し。
それを繰り返しながら本棚に沿って横移動で行ってしまう。

おそらくその書庫の鍵を探しているのだろう。
そう、隠された鍵を
(いやいや……貴重な本かあ)

少しの間八千穂を見守ってから、手近な本棚の一冊を手にとる。
表紙に顔を寄せて題名を眺めていると、近づいてくる気配。

「古人曰く――『書物には書物の運命がある。運命を決めるのは、読者の心である』」

振り返ると、眼鏡をかけた女の子が立っていた。

「初めて見る方ですね」
「あ……」
「本に興味のある方は歓迎します、なにかお探しですか?」
「今、校舎を案内してもらっていて……」
「ああ! C組に転校してきた方ですね! 
初めまして、3私の名前は七瀬 月魅 といいます。ここの本を管理する図書委員をやらせて頂いています」

こく、と頷いて応じると、嬉しそうに微笑んで抱えていた本を開く。

図書委員というか、本が好きなのが言葉の端々から感じられる子だ。 そして強い知識欲と好奇心、ロゼッタ協会の人たちを思い出させる。

「あ! 月魅!」
「あら、八千穂さん」

ぼんやりと思い出に浸っていると、八千穂が戻ってきた。2人が知り合いなのには驚きはないが……八千穂の顔が少し引きつっているのが珍しい。

「え、え〜と居たんだ」
「書庫の鍵の場所は変えています、勝手に開けて入り込む生徒がいるようなので」
「……ばれてた……え、ええと、えへへ」

笑ってごまかす八千穂を七瀬は睨む、だが怒っているようで雰囲気は気安いものだ。2人はかなり親しいらしい。

「葉佩さん、《超古代文明》という言葉を知っていますか?」

……ええと

「知っているといえば、知っている」

むしろ関わっているというか
《神殿》と《門》、《オーパーツ》、そしてまことしやかに語られる《天》からきた人々のこと。
ロゼッタ協会では遺跡で得た知識を応用しての新しい技術の開発も行ってるとか。このへんは噂だけれど。でも以前見た師匠のハンドガンは通常ではありえないほどの威力を誇っていた。

しかし……これって普通の高校生の日常会話なんだろうか?

「さすがですね!」

目の前の七瀬は感激しているようだし。
まあ、いいか。
本を片手に熱心に語る姿、本当に協会の人たちみたいだな。

和んでいる九龍の前で、七瀬の話は続いていく。

「実はですね……私が思うにこの天香學園にも何か大きな秘密が隠されているような気がするんです」

怪しいのは《墓地》

そのキーワードには、半信半疑で聞いていた八千穂も頷いている。 そこに住んでいる人間の勘は案外参考になるものだ。書庫の主であるらしい七瀬の考察でもある。秘宝の眠る遺跡の最重要候補、きっと其処だろう。
なるほど、《墓地》

…………

それは……學園の創始者の、とか?
学校に墓地?
盆正月お彼岸にみんなそろって墓参りを?

「あぁ……!! もうこんな時間に!!」

七瀬が声を上げる。もっと詳しく聞きたかったのだが、本を抱えた七瀬に追い立てられるように図書室を出た。


八千穂もまた、七瀬の話に興味をかき立てられたらしい、一緒に墓地を探らないかとの誘い。
それは……マズイ、どうしよう―――

ポーン

(これは)

ポーン

(ピアノ?)

「今、音楽室でピアノがならなかった?」
聞きまちがいではなさそうだ
「音楽室に出るっていう幽霊だったりして〜」

なんですと

「実はさ……大きい声ではいえないけど、この學園には九つの怪談があるんだ」
そう言う声は、なるほど大きな声ではないな、小さな声でもないけど
しかし、九つもの怪談とは……なんだか気になるな。
「『七番目の《墓地》』とか『八番目の《転校生》』とか『九番目の《秘宝》』とか」
うわぁ、気になるな……ん? 《秘宝》が怪談?
「よくわからないのもあるけど」
「わからないのか、残念」
「え、葉佩クン興味あり? 怖い話好きなのか」

いや、それは……

「最初の怪談が『一番目のピアノ』」
だれもいないはずの音楽室から聞こえてくるピアノの音。

「まあ、それは結構よくある学校の怪談なんだけど」
よくあるんだ? 音のしていた教室を見る、『音楽室』と書かれたプレートが扉の上にかかっていた。先ほどの、会話でもしていたら聞き逃していただろう、弱弱しいピアノの音、といっても、ひとりでに鳴るようなものでもない。
「何でも昔、音楽室で事故があって、その事故で手に怪我をした女生徒の霊がピアノを弾きに現れるんだって」
ピアノを弾く幽霊か……
「そして綺麗な手をしている人を襲って精気を吸い取っちゃうんだってさ。精気を吸い取られた人は干からびてミイラのようになるとかならないとか」
急に、物騒な。

「でも、葉佩クンも聞こえたよね?」

八千穂が音楽室の扉に中腰で貼りつく、ズズズ、と両手で音を立てないように開けた。そっと隣に立ち、八千穂の頭の上から教室の中を覗き込んだ。
カーテンの引かれた暗い教室の奥には大きなグランドピアノ。大きな人影。女生徒ではないな、あの幽霊――――幽霊?
「あれは……A組の取手クン? 電気もつけないで何してんだろ?」
生きてる。八千穂の知っている人物らしい。
ピアノの鍵盤に添えられた白い大きな手、微動だにしない広い背中。ピリ、と首筋を這う言いようのない不安。

「……行こ葉佩クン、別の場所に案内してあげるよ」






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  隣の席の




まったくも〜!! 信じられない!!
このセクハラ爺! 葉佩クンの前でなんと言うことを!!!!


勢いよく売店を出て、ずんずんと進む八千穂の剣幕に、周りの生徒たちがそそくさと避けて行く。何があったのかは、みんな大方察しているらしい。その後を追う男子生徒へ、気の毒そうな視線が集まる。

八千穂が怒りのまま繰り出した右手に、セクハラ爺、校務員にして売店の主、モップのおっさんこと境 玄道は壁にめり込んでいた。

壁に、めり込んでいた……

「ごめんなさい」
「え!? あ、いいよう葉佩クン、何も悪くないじゃん」
「いや……俺も……見て……」
「え?」
「…………」

しばし見詰め合うが、ふいっと目をそらされた。

「いや、動きが怪しかった時点で、とめればよかった」

心底後悔しているようだ。

「いいって、葉佩くん境さんのことよく知らなかったんだし! 次はないけど」

こくこく、と頭を下げる。

「あ、そういえば何か買うんじゃなかったの? さっさと出てきちゃったけど……」

興味深そうに売店の中を見ていた姿を思い出す、何点か手に取って考え込んでもいたようだった。
校舎にある売店にしては規模が大きく品揃えも豊富なのだが、時間外の校舎への立ち入りが禁止されているため、売店での買い物は昼の間にしか出来ない。夜は困る。
その場合の頼りは同じ苦境にある者同士の助け合い、だ。八千穂もいつも焼きそばパンを買いだめするので、部活後、後輩にあげたりしている。

「急ぐものではないから」
「そう? 時間を見て行ったほうがいいよ」

部活と重なるのでなければ、一緒に行くのもいいな、と思う。
八千穂のなかでは『大人しい葉佩くん』でイメージが出来上がっていた。
大人しい、でも何処か不思議な雰囲気を持つ転校生だ。外国から来たという話だったからその所為だろうか? 
そいえば、と思い出す。
今日は見てないなあ……白岐さん。せっかく3年生になって同じクラスになったというのに、顔も見れないというのは悲しすぎる……

黙って考え込んだまま、気が付くと3階まで昇っていた。あわてて振り返ると、すぐ近くにきょとんとした葉佩クンの顔。
「あ……あっと、この先の階段を上っていくと屋上だよっ、で……あっちの南棟へ渡って階段を上がると文化部の部室があるの」
少しあわてて、渡り廊下の先へ大きく腕を振る。
「通称《石研》って呼ばれる《遺跡研究会》なんて怪しげな部もあるし、みんな南棟の4Fにはあまり近寄らないけど……」
「…………」
話しているうちに葉佩クンの顔がすこし曇る、弱った、というか困った、というような。
「……怪しげ……」
「ん?」
何か説明におかしなとこがあったかな……? 首を傾げつつ、くる、と進行方向へ向きを変える。

クラスメイトの白岐幽香がそこに立っていた。

窓に手を添えて外を眺めたまま微動だにせず、ガラスにぼんやりとシンメトリーの姿を映す、まるで一枚の絵。影のように身体にかかる、くせのない長い長い黒髪が動かないので、時が止まっているかのような錯覚すら覚える。
纏う異質な雰囲気に、いつもなら気後れしてしまうところだが、今日は勢いにのっている、気がする。

「白岐さん!」
こちらを見た。







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  転校生




「ここが、屋上!」

ぎい、と金属のこすれる音とともにドアが開く。八千穂は掴んでいた手を離し、小走りに端へ駆けていった。九龍は辺りの人の気配を確認してからゆっくりその後に続く。
ざあ、と風が吹く。長い前髪が煽られて、開けた視界に太陽の光が飛び込む。

「風が気持ちいいでしょ?」

礼拝堂、温室、学生寮……八千穂が両手を使って建物を示しながら順々に説明していく。多くの人間が生活する必要があるためか、有する施設は多く、一つ一つが大きく立派だ。
その広い敷地の境界にある木々も。
長い學園の歴史の賜物か、周囲にあるはずの塀を覆い隠すほど高く繁っていて、四方を森に囲まれているかのように錯覚させる。―――その先に高層ビル群を望むのでなければ、だが。

九龍は、反対側にある城のような大きな白い館を気にしているのだが、八千穂はそちらの方向へは見向きもしないでいるため、何の為のものかが分からない。

(あとで行ってみようか、人気はなさそうだけど、どうかな)

忍び込む算段をしている。
そんな九龍に顔を向けて、次に八千穂の手が向いたのは――

「こっちの陰気そうな森の奥に少しだけ見えるのが、さっき話した《墓地》」

――《墓地》

先ほど会った図書委員の少女の話を思いだすまでもなく、それは特異であり、異様だった。 学生寮らしき建物の奥の暗い森。遠くから眺めていても重苦しいと感じるのは、 単なる心象の問題だろうか?

「行方不明者の持ち物が埋められているって言われているけど、 何が埋まってるかは誰も知らないんだ、ほら、校則で《墓地》には入っちゃ駄目だっていわれているでしょ?」

學園のみんながその人のことを忘れないためのもの―――というのに墓地のことを誰も何も知らないのだ。

「それにあそこには《墓地》を管理している墓守の人がいてね」

(墓守か)

「お墓を掘り返そうとしたり悪戯をしようとする生徒がいないか見張っているんだ、確か―――最近前の墓守の人から新しい人に変わったって聞いたけど」

(……見つかる可能性もあるが……)
一番可能性が高いのが、《墓地》。
校則違反をおそれて《宝探し屋》が遺跡を逃す、なんてわけには行かない。
ここでH.A.N.Tを取り出すわけにも行かないが、目を凝らしても暗い影にしか見えない。眼鏡が欲しい。
せめてその空気でも感じ取れないものかと意識を集中する、風が香りを運ぶ――甘い

「……ラベンダー?」

風向を確かめて振り返る、香りの源。 投げ出された長い足……うらやましい、そこには一人の男子学生が給水塔を背に横になっていた。 片方だけ開かれた目と視線が交じり合う、瞬間さっと冷いものが身体を走る。
――見られていた?
なんだこいつ。

「ああ、ダルイ」

だるそうだ。
本当になんだ……こいつ







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  屋上の支配者




漂う香りが、弱い。
そうと気付いたときにはもう、ほとんど意識は醒めていた。 夢の残滓にすがるように目は閉じたまま、しばらく待ってみるが、もう眠りは戻ってきそうにない。

そっと片目を開けて、アロマパイプに火をともす。

手を上げて下ろすだけの馴れた仕草、ライターの着火音だけが唯、音をたてて辺りを揺らす。 くわえたパイプからラベンダーの香り。 白煙に沿って目線を上げれば、青い空が広がっていた。


きい、と金属のこすれる音とともに、屋上へと侵入する2人分の気配。

(あの声は八千穂か)

もう一人の声は聞こえないが……まあ、関係ない。
滅多に教室に顔を出さない皆守だが、一応クラスメイトの顔と名前は把握している。 しかし、声まで一致する人間は決して多くない。

(あいつは度が過ぎておせっかいだからな)

この学園で、しかも3年生。自分の1年生の頃を知る人間で積極的に話かけてくるのは八千穂ぐらいだ。
ぼんやりと空を眺めたまま、2人の――というか八千穂の一方的な会話を聞くとはなしに聞いている、と、耳に飛び込んできた言葉に、思わず眉間にしわが寄った。

《墓地》

もう一度深くアロマを吸い込んでから、視線を向ける。 柵にしがみついている八千穂と、少し離れて背の高い男。見覚えがない、あれが《転校生》か。 黒い影のようにじっと立ち八千穂の指し示す方角を眺めていたが、八千穂が柵から離れたとき向きを変えた。ただ、それだけの動きが目を引き付ける。

似ている、あの男に。
外見がではない、雰囲気が似ている、迫力こそあの男の比ではないが、 周りを空気ごと変えてしまう異質さ、それでも決して人を拒絶することのない温度。

ひょっとしたら、とラベンダーの香りを吹きながら考える。 これまで外部から来た者のなかには、なんらかの組織の存在を感じさせる者もいた。 それが何なのかまでは、《外》のことと、知ろうともしなかったが。
その迷惑な組織が、いらん本気を出して、大物が乗り込んで……

(……考えすぎだろう)

組織って何だよ、秘密結社か何かか? ……最初から自分の想像でしかないしな。
改めて観察する。そこに立つのは、どうみても二十を越えているとは思えない一介の高校生。 八千穂への態度も穏和なものだ。頭を振って考えを消す。

「ラベンダー?」

低い声が聞こえた、そろそろ向こうもこちらに気付きそうだ。今まで見られていたことには気付いていないようだ。やはり考えすぎなのだろうか?  それでも……言い切るには何かがひっかかる。転校生だ、しかもどうやら墓地に興味があるらしい。
釘をさしておくか……ああ、ダルイ






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