《宝探し屋》
胴体は巨大な魚。頭部は絵画のようなデフォルメされた太陽。閉じた瞳。
さばん
固いはずの石が歪み、伸びあがるように飛び出してはまた沈む。
ざばん
尾鰭が石だたみを弾く。
人らしいパーツは何処にも無い巨体が、人のモノとしか聞こえない音で言葉を紡ぐ。
「眩しいかえ?」
し ま っ た
「九龍!?」
化人の攻撃で吹き飛んだ身体を、あわてて立てなおす。
「九龍っ」
名を呼ぶ声が、想像よりも近く感じる。
「下がって!」
声に向けて叫んでから大剣を構えた。
「見えてないのか?」
……気付くのか。
「どこを打った?」
先ほどより近くで聞こえる声。剣を下ろしてもう一度手を振って下がるように伝える。
(相変わらず気配が感じ取り難いな)
それでも、離れたよね。
「これは……すぐ治るから」
状態異常をおこすやつも遺跡には結構いる。こいつもそうだったんだ。
(その殆どが一時的な効果しか、ない……はず)
ざばん。尾鰭が石をゆがめる音を追う。
ざばん
(大剣でない方がよかったかなあ)
使い慣れたナイフの感覚を求めつつ、大剣を構えなおす。
包み込むような、ラベンダーの香り。
「アア……!! タカマガハラをウバうつもりか」
体を捩って化人が怒りの声を上げる。
一瞬で浮くような感覚がして、強い力で引きずられて身体が移動していた。
先ほどまでいた場所を何かが通り過ぎる気配。
「ああ、眠い!」
それ全然眠そうな声じゃないだろ。
「九龍クンっ!?」
ああ、向こうにも気付かれた。
「心配するな」
俺の代わりに甲太郎が答える。
「こっちは任せとけ、お前こそ油断するんじゃない」
「大丈夫大丈夫! こっち側の蛇ならもう倒したよ〜」
「そっちこそ、どうし……ッ」
「馬鹿、後ろッ!」
甲太郎の怒鳴り声に、さっと血の気が引く。
「明日香!!」
「はあーッ!!」
「あっ!!」
「まだ一匹のこってたわよぉ、油断タ・イ・テ・キ」
「茂美チャン、あなた……」
「つうっ……へっ、いいってことよぅ」
見えないうちに、何か熱い友情が生まれたみたいだ。
掴まれたままの腕に力が込められる。
「本当にすぐ治るんだろうな」
耳元で低い声。
頷く。
「お前の邪魔になるような真似はしない、だろ」
手が離れる。背中でラベンダーの香りが一層強くなった。
「さっさと片付けちまえ」
緑色の光のなか、すぐ目の前に浮かび上がる顔。
お、怒ってる?
「すぐ治るんじゃなかったのか?」
「な、治りました」
「《井戸》に戻るまで、見えないままだっただろうが!」
け……結構見えてたよ……
すぐ近くに甲太郎の顔、強い視線に息を飲む。
―――ずっとこんな表情だったのかな。
「九龍……」
「なによ、この写真はあぁぁぁ!!」
「うぎゃああああ!!」
雰囲気をも吹き飛ばす雄たけびとともに、大量の紙片が辺りに舞う。
「ひ!?」
こ、これは明日香の……か、隠し撮り……?
「よそ見するな」
顔を戻せば先ほどと変わらない眼差し。え? こ、甲太郎?
はあっ!
がぶうっ
「わ、わかった」
「何がだ」
「状態異常に効く、救急キットあるから、次からは持って……」
「そういうことじゃないだろう!」
ええ!?
ふんっ!
ぐごあぁあ
「九龍……」
―――え?
先ほど化人の攻撃を避けたときと同じ距離。でも異なる感覚。
……そして肩越しに見える惨劇に思考ごと固まった。
―――何……?
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元《生徒会執行委員》
どれほど神経を尖らせ耳を澄ましても、物音一つきこえない。
「……やっぱり居ない」
「さっきのは……気のせいだったのかな……」
ドアに手を添えてため息をつく。先ほど様子を見に来たときは音がしたような気がしたのに、
それが嘘だったように静まり返った部屋。
「皆守君も居ないし、やっぱり遺跡なんだろうな」
遺跡の一部であった頃のように《墓》の状況がわかることは無いが、
長くあの《墓》にいたためだろう、澱む空気の変化には嫌でも気付くようになった。
そのままドアを背にして座り込み、うな垂れるように首を下げる。
深夜ではあるが、このフロアの誰かが音楽を聴いているようだ。微かに届く音に、指が鍵盤を弾くように動く。
(扉が開いたんだ)
先に行くほど、罠も厳しくなるはずだ。
(怪我してないかな)
《墓守》はどんな人だろう。
自分の知っている他の生徒会の人間といえば、全校に知られている役員『3人』と、
執行委員の統括役である同じクラスの留学生。
(彼らではない……よね)
とん、と白い床の上で指が止まる。
「取手……?」
「あっ」
「待ってたのか?」
「あ、あの、ごめん」
「えっ謝ることじゃ……嬉しいし」
「そ、そう?」
そういって九龍君が頭のゴーグルを外す。その表情はひどく疲れているようだった。
「大変だったんだね……」
思わずそう口にすると、九龍君は慌てた様子。
「な、何が!?」
「新しい区画へ行ったんだよね」
「え、ああ……うん」
何だか目が遠いよ?
九龍君は急にフルフルと激しく首を振ってから、ぽん、と僕の肩を叩いた。
「取手のピアノが聞きたい」
わ。
一体何があったんだろう。
「明日で……よければ」
「あ、ありがとう!!」
そんなに大変だったのかな? 早く休んだ方が……
―――ドアふさいでるのは僕じゃないか!
ばばっと慌てて飛びのいて腕を振って入り口を示す。
「どうぞっ」
「ど、どうも?」
頭を下げてドアノブに手をかける九龍君。
「あ……」
「ど、どうしたの?」
しばらく手を止めていた九龍君だったけど、黙り込んだままそっと押し開けた。
途端、甘い匂いが広がる。一体何だろう?
「師匠……」
(師匠?)
甘い匂い。首をかしげているとドア開けたまま、九龍君がこちらを見ていた。
(え? は、入ってって……こと?)
こく、と九龍君の首が揺れる。
甘い匂いの正体はクリームたっぷりのケーキ。
クリームの薔薇にチョコレートのメッセージプレート。
(はっぴーばーすでい……)
「誕生日……なの?」
「ううん、今日じゃない」
「そう、なの?」
でも、うれしそうに九龍君はケーキを眺めていた。
(『師匠』さん?)
僕の知らないだれかからの贈り物。でも、とても嬉しそうな笑顔。
「おめでとう」
「……ありがとう」
それから二人分の紅茶を用意して、ケーキも二人で分けた……結構大きなホールのケーキだったけど
(よく食べるんだね)
穏やかな口調で話すのは1年と1ヶ月前に3人で過ごしたという誕生日のこと。
(妹さんかあ)
(僕とで、よかったのかな)
一緒に遺跡に行っていたはずの彼は何処にいるのだろう。
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