カレーレンジャー


迫り来る死の音にしてはひどく単調な音。
次第に迫ってくる天井は排除すべき侵入者を押し潰すのではなく串刺しにしたいらしい、 鋭く尖った太い木の先端が並んでこちらを向いていた。
ゆっくりと降りてくる、罠。

「だいじょうぶだ、皆守」

二人座り込んで向かい合って―――既に人の背よりも低くなった天井ではなく、互いの顔を見つめる。

「だいじょうぶ」

ゴーグルを外し、人の目を真っ直ぐに覗き込んで微笑む《宝探し屋》。

「……引きつってるぞ、九龍」
「う」

一つ高い音がして、天井は下りてきたときと同じ速度でゆっくりと上がっていった。



「はあ〜」
九龍は息をついて、床に崩れるようにして手を突く。

「助かってるよね」
ぐに。自分で試しにつねってみたらしい、九龍の頬が伸びる。見てると不安になってくる顔だな。

「罠、解除できてたんだろ」
「うん」

アロマを取り出して火をつけ、広がる紫煙を眺めながら息を吸い込む。見下ろせば座り込んだままの九龍。
先ほどまでは、降りて来る天井の下、しっかりとした動きでH.A.N.Tを開き、仕掛け探って罠を解きながら…… それでいて、酷く取り乱していたようだった。
九龍の口からは聞いたことのない言葉が止むことなく流れ出ていたのだが、 何語を口にしていたか本人は自覚もできていなかったようだ。 俺に向かっても1、2度、語りかけてたようなきがする……わかるわけないだろう。

「いいかげん起きろよ」
今になってへたり込まれても困るんだが。
「師匠のようにはいかないな……」
九龍は立ち上がりながら話し出した。
「妹と一緒に、よく師匠にくっついて遺跡に潜ったりしてたんだけど、 今みたいに閉じ込められたときも、深い穴に飛び込むときも、化人に囲まれたときも……
師匠が『だいじょうぶだ』って言うから、絶対に大丈夫だって信じられた」

……今だって、大丈夫だったじゃないか。

「師匠ねえ」
「うん、ロゼッタのトップハンターで……」

話しながら、落としていたボウガンをとり上げ、ゴーグルを付け直す。

「盗めないものは無いといわれるほど、凄腕の《宝探し屋》なんだ」
「それは《宝探し屋》じゃないだろ」
泥棒だ。
「料理も上手かったんだ、中華もイタリアンもフレンチも」
料理人か食い意地が張ったやつだろ。
「一瞬でフルコースが」
なるほど、《宝探し屋》かもな……




「妹も《宝探し屋》」
「へえ」

一緒に遺跡に潜ってたといってたな。
同じく《宝探し屋》である双子の妹……九龍に似ているのか? 

―――幼い九龍が小さな女の子とならんで林立する神秘的な像の間をゆく姿。
髪の長い……ん? こりゃ白岐だ。
―――蠢く化人の只中に今よりも若い九龍と背中あわせに立ち、
構えるラケット……って八千穂かよ。

「何?」
「……何でもない」
本当に何でもない内容だったが、ふっと煙を吐いて顔をそらす。
「何か考え込んでただろ、眉間に皺も出来てたし……ほら」
「ん?」
「カレーパン、多目に持ってきたから」
「違う!!」
「え?」
「直前に妹の話をしていただろう、お前に似ているのかと思っただけだ」

ぺり、と勢いよくパンの袋を開ける。

「……似てないよ」
「へえ」
「あ、椎名と……ルイ先生に似てると思う」
「違いすぎるだろ!」

むしろ対極にある二人を例に出されて、頭の中は一気に混沌としてきた。
ヒラヒラしたエプロンに白衣を羽織った九龍を、
アサルトベストの《宝探し屋》姿の舞草が引っ張ってゆく。


(もういい……)
別にどんな姿でもかまわないだろう。
いつか自分を憎む相手に違いないけれど。

家族の話、なんて
なんで死にそうな目にあった後に、俺相手にするんだ……

「いくよ、甲太郎」
次の部屋への扉が音をたてて開いた。




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  《????》


ぶつ、という音がして真っ直ぐに矢が突き刺さる。
吼えるような怒りの声が辺りに響く中、機械的なほどに先ほどと同じ手順でつがえる新たな矢。 不気味に膨れ上がった腕が振り上げられ、叩き付けられんとする時に、また、

ぶつ、と矢が飛ぶ。

おおおおおぉお

消え行く大きな体躯。だが立ち昇る光を一瞥するまもなく前へと跳ねる。
同時にナイフを取り出し、一閃。

おのれええぇ

甲高い女の声が耳を劈く、刃の形に変形した両の腕を振り回す化人。
怨嗟の声が響くただ中に、向きを変えて再び飛び込んだ。




『敵影の消滅を確認しました』




ごごっ、と音をたてて再び扉が開く。


並んで出てきた人影の片割れが、かくっと肩を落とす。
「ワイヤー、持ってきてなかった」
「その、何でも出てくるポケットからは出てこないのか?」
眠そうに半ば目を閉じながらもう一人が尋ねた。
「入れてないものは、出せない」
「入れてたら出てくるのか……」


「《井戸》まで戻ればいいか」
「……面倒だな」
ここから魂の井戸までの道のりを思い出したのか、皆守甲太郎は壁に背を預け座り込んでしまう。
「俺はここで寝る」
「ええっ」
「一人で行って来い」
「一人でここに居るの!?」
掴んで引き摺っていこうとする九龍。
「坂を上るのは嫌だ」
引っ張られつつ、目を閉じてしまう皆守甲太郎。
「あの傾斜が―――嫌だ」
「だったら広間にある井戸へ……」
「あの大広間の反対側じゃないか」
「ここだって、寝れるような場所じゃ、ない、だろ」
結構力の強い九龍、ちょっとずつ移動。
「罠も解除してあるから問題ないだろ」
「だからって」
「眠いんだよ……夕方から疲れることばかりだったからな」
自分からは全く動かない様子を見て、ため息をついて手を離す九龍。
「コーヒーも飲み損ねてるしな」
「自分で投げておいて……」
「お前のは?」
「おいしかったよ?」
首をかしげて考えるそぶりの九龍。
「ひょっとしてビューティーハンターが持ってるかな?」
「その呼び方すんな」
素直だから。


「コーヒーはないけど、この間極秘の入手ルートでゲットレしたとっておきの食材があるから……」
説得に掛かる九龍。
「極秘ルート?ゲットレ? ……甚だ怪しいな」
「H.A.N.T認定『地上最強』ランクの究極のカレー、食べれるよ」
食べ物で釣った。
「九龍……お前……」



「期待させるなよ」
「ついでに武器替えようかな」




「と、まあ……途中であの男にワイヤーの束を投げつけてやろうかと思ったけど、流石に思い止まったわけよ」

「九龍も気付くだろうし……いや感動の再会も悪くは無いけど」
チーン、とオーブンが鳴る。
「わ、わかってる、見るだけだって!」
オーブンを開けば辺りに甘い香りが広がる。
「は? 今忙しいから……っておい葉佩! 九龍の話聞きたくないのかよ!」
片手に持った電話に向かって怒鳴る。
「……ってすぐそれだな……第一お前、誕生日ちゃんと覚えて……」
『――――』
「大体一ヶ月ぐらい前……いや大体じゃねえよ、ちょうど一月だ」
『――――』
「仕方ないだろうが、俺は大西洋だったし……明にしても……」
『――――』
「はあ? あっちょっと待てっ!」
『――ブツッ』
「くそう、九龍の隠し撮り映像見せてやらねえからな!」
ぶつぶつ、文句を言いながらも手際よくクリームを塗っていった。




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  テニス部部長


「大変大変ッ」

左手にラケットケース、右手に開きっぱなしの携帯。
映し出されているのは九龍クンからのメール。
開いたとたん思わず大きな声を出してしまい、慌ててその場にいた月魅をごまかす。

「いえ……いいんです、大切な『秘密』ですからね」

意味ありげに微笑んだ月魅を残して、『相棒』片手に部屋を飛び出した。


階段は一段跳びにダッシュ。

「八千穂サンはいつも元気ですわね〜私の分まで頑張ってくださいませ〜」

途中ですれ違った椎名サンが、こちらを見る他の生徒に向けて何事か説明している様子。
「これから『秘密』の特訓ですわよ〜」
(あ、ごまかしてくれてるんだ!)


こそこそと寮の裏口を通り抜ける。

「不審者がいるらしいんです、見つけたら私たちの分もやっちゃてください!!」

木刀や金属バットを構えた後輩とすれ違ったあとは、一目散に駆け出した。




「九龍クンッ! 宇宙人逃げ込んできて宇宙刑事が探偵で女子寮を覗いては犯人を捜してたって本当!?」

「お前、どういう内容のメールを送ったんだ?」
座り込んでラベンダーの香りを燻らせながら、皆守クンが九龍クンに呆れた顔を向ける。
「あったままを」
隣に並んで座っていた九龍クンがH.A.N.Tの画面から顔を上げて答える。

「伝わってないじゃないか」
「え? 違うの?」
「そこそこあってる……はず」
「全然違う!」
「もう、どっちなのよ〜」
「宇宙人なんかいねえ!」
「えっ、じゃあ何がいたっていうの?」
「ビューティーハンターだったよ」
「へ?」
「ややこしくすんなよ
 九龍……それ気にいったんだな……」

「そしてここに逃げ込んだ……また奥にいるのかな」
「この、遺跡に?」
普段はここの入り口は、墓石の下に隠してあるんじゃなかったっけ。
「そうだな、迷いなく走っていたな」
「やっぱり《生徒会執行委員》かな」
「お前の同類かもしれないだろ」
「違う、と思うけど……でも、ハンターは……色んなハンターがいるから……」
「よく分んないけど、この奥に犯人がいるのね」

ぶん、と取り出したラケットを一振り。ぴっと揺れるロープの先、最初の扉を指し示す。

「聞けばいいじゃない」
「……俺はアレの話を聞きたくない」
「甲太郎」
あれ?
「ここまで付き合ったんだ、帰りゃしねえよ」
あれれ?
ぶんぶんと勢いよく首を振って2人を見る。仲良くなってない? 特に九龍クンのほうが……

「八千穂、ちょっと時間かかるかもしれないけど……」

なんだか、ずるいなあ。
そりゃ男の子同士のようにとはいかないのかも知れないけど……

「八千穂?」

「あ、うん。聞きたいことがあるんだけど……2つほど」
「2つ?」
「うん」

「女子寮を覗いてた宇宙人じゃなかった探偵は……どこ?」

ぶん、とラケットを一振り。





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