《生徒会役員》
ひとりの男子生徒が女子寮の玄関からふらふらと出てきた。
よろり、よろりとしばらく進み。唐突に足を止める。
「今日は、これくらいにしておきますよ……」
ようやく口から出た典型的な負け惜しみのセリフにも威勢がない。
自分でもそれに気付いて舌打ちしつつ眼鏡を直した。
女子寮での電気消費量増加の原因調査。
嫌だと断ったのに行く羽目になり、勢いと見返してやるとの思いでやって来たのだが何ひとつ手がかりは得られなかった。
得たのは疲労、いや―――心の傷。
宇宙人の仕業じゃないかと真剣な顔での告白に始まり、
未確認飛行物体の目撃例や宇宙人との接近遭遇について熱く語られ、
ヒラヒラの服を着せられそうになり、
逃げた先で部活帰りの女子生徒の集団に遭遇、挙句『かわいい』だのと……
その後現れた生徒会書記の姿が救いの主に見えるほど、消耗しきってしまった。
「いまに170は超えてやる……」
牛乳を取りに戻ろう、と男子寮へと足を向けふと顔を上げた。
「なっ!?」
《宝探し屋》
「亀急便ですじゃ」
「あ、ごくろうさまです」
がらりと窓を開け、亀マーク入りの作務衣に頭巾を深く被ったお爺さんから封筒を受け取る。
「っ!?」
背後で皆守の気配が緊張を帯びたのがわかる。同時に掻き消えるお爺さんの気配。
「何だ今のは?」
「宅配便」
「窓からかよ?」
「隠密行動」
「目立つだろ!」
「気付かれたこと、無い」
「3階だぞ」
「裏手だから?」
「聞くな。いや、そもそも宅配便ってのは何の……」
「あ、手紙だ」
「聞けよ」
「トオルからだ」
「……誰だ?」
「妹」
「妹だ!?」
「毎日メールしてるのに、わざわざ手紙なんて……」
「毎日!? 」
落ち着かない様子で頭をかきながらパイプを取り出す皆守。
ラベンダーの香りを嗅ぎながらナイフですっと封を切る。
白い封筒に裏書きされた『葉佩 明』の文字。
「妹がいるんだ、双子の」
皆守の問いたげな視線。
「學園に来た理由、皆守は本当の理由知ってるけど……」
両親の希望で全寮制の學園に来たことになってるのに、妹と別々なのはおかしいだろう。
「できれば、秘密にしておいて」
「それは、いいが……」
「……毎日?」
「え?」
ふたたび《生徒会》執行部員
あれはアブダクトか
宇宙人か、都市伝説か、怪談か。
「ジャンピング……じじい……」
ふらりふらりと、また歩き出した。
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カレーレンジャー
「寒いな……」
「うん……」
女子寮の裏手、並んで歩く九龍の声もどこか力ない。
どこからか聞こえてくる喧騒、賑やかで暖かな雰囲気が伝わってくるが、
壁一枚隔ててしまえば、ここにある寒さを一層引き立てるものでしかない。
とん、と隣の肩にぶつかる。
まったく……こんな面倒なことを強いている張本人は、この向こうでのん気に過ごしているのだろうか。
「なにが宇宙人にはもう遭った? だ」
正体の知れぬ視線を恐れていた姿は幻だったのか?
今頃は七瀬と宇宙人談義で盛り上がってるんだろうが、いつの間にかイベントか何かと勘違いしているようだ。
七瀬も止めるどころか焚きつけ役……いや、今回は火付け役だったな。
そりゃあ見え見えの挑発に、うっかりとのせられた俺も悪いが、実際に探して回るのは俺たちなんだぞ。
「あ」
「うお!?」
「九龍っ!」
どんっ
角を曲がった途端に正面衝突。倒れそうになる九龍を支える。
「っと、ありがとう」
「気をつけろよ」
「ごめん……」
「いたたたた……急に出てくるなよー」
割り込む聞き覚えのない声の主を睨む。何者だ。
尻餅をついている男、胡散臭いサングラスに胡散臭い革ジャン。
「ハロー」
挨拶も胡散臭い。胡散臭い、不審者。
學園関係者ではないな、見たこと無いぞこんな奴。
「は、はろ〜?」
首を傾げつつ応じる九龍に、その男はにかっと笑った。寒気が……
嫌な予感だ。
回し蹴りを叩き込むと、大げさなほどに吹き飛ぶ不審者A。
これでもセーブしたつもりだが、イライラしてたからな……長々としょうも無い話を聞かされて。
「うおおおっ、何すんだこのガキ!!」
首をおさえて元気に声を上げる自称私立探偵。へえ、頑丈さは誇っていいぞおっさん。
くすくすと九龍の声……珍しいな。
おっさんの隣にしゃがみ込んで手を差し出す。
「話、面白かった」
「そうかい! まあ我ながら……」
その手を掴んで立ち上がり、得意げな顔。
「調子に乗るな」
一歩踏み出すと、ざっと九龍の後ろへと逃げた。
「さっさと本当の理由を話してもらおうか」
「こわいぞ、無気力高校生君」
怯えながらもおどけた様子で再び口を開いた。
今度もくだらない話だったら、八千穂に突き出すか。
職業、自称私立探偵のおっさんと別れ、誰も居ない寮の裏を無言で歩く。
行方不明者の、家族か……
大してやり手の探偵には見えなかったが、協力者が居るなら話は別だ。誰だ?
「あ」
九龍が声を上げる。考え事をしていた所為で少し周りへの注意が疎かになっていたか。
一体何だと構えると、少し遅れてがさりと物音。
「猫だ」
……何だ猫か。
九龍がしゃがみ込むと、猫らしい気配が、人を恐れる様子も無く近寄ってきた。
「誰か隠れて飼ってるんじゃないだろうな」
姿がよく見えないと思ったら黒猫だったようだ。随分でかい猫だな。
長い尻尾を立てて、九龍の周りをくるり。
ゲットトレジャー
何!?
「焼き魚」
「返してやれ!!」
「お前は立派なハンターなんだな」
「んにゃ〜」
「でも、塩はよくない」
「な〜……」
「会話するな」
おっと、そろそろ出しとかねえとな。
ポケットに手を突っ込む。冷たかった両手に熱が移る。よし、まだ暖かいな。
「缶コーヒーを買っておいたんだ、ほら」
しゃがんだままの九龍の顔の前に差し出す。
九龍は、2、3度瞬きをしてからじっと見つめている。
その間に腕から黒猫がすり抜けてどこかへと音も無く去っていった。
九龍の顔にゆっくりと笑顔が浮かぶ。
「げっととれじゃー」
……ただの缶コーヒーだぞ。
缶に手をかけた時、低い振動音を感じて身構える。次の瞬間。
全てが光に閉ざされる。
とっさに目蓋を閉じるも、強い光が痛いほどに瞳を刺す。
手をかざして目を開ければ、庇うように立つ背が目に入る。
(九龍)
その姿も白い光の中に引き込まれて、その向こう―――
――何だあのシルエットは……ま、さか……!?
いや、何でもない。
悪いのはあのシルエットだ。
接近遭遇その2。不審者だが……正直話を聞くのも嫌だ。
「お〜っほほほほほ!!」
「わぁ……」
「蹴っとくか」
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ビューティーハンター
あらん、イイオトコ2人を引き寄せてしまうなんてあたしって罪なオ・カ・マ。
これも日々の研鑽とたゆまぬ美への追求の成果なのかしらっ。
これまでの努力が報われているのかと思うと、充足感も一入よっ。まだまだやるぜよ!
「ビューティハンターと呼びなさ〜いっ」
「びゅ、びゅーてぃはんたー、さん?」
名前じゃないわよ?
でも、案外素直な人ね〜ウワサの《転校生》って。
名前、葉佩九龍。
エジプトからの転校生。Cクラス。9月6日生まれの乙女座。B型。
得意な科目は英語。でもこの前の化学の小テストも満点だったらしいわ。部活動は石研に所属。放課後に校庭でDクラスの黒塚至人といる姿を目撃。でも、休み時間には大抵図書室にいるわ。売店でカレーパン、あんぱんを買い占めている姿がよく見られるけど、カレーパンは自分で食べる用ではなさそう。マミーズでデザートにプリンを頼む率が高いことから甘党。ただし、罰ゲームメニューの日替わり定食も気にせず食べていたくらいだから、大概のものは食べてくれるはず。また、カレーライスを頼むことも多いが、これは……
「九龍、取り合うなよそんなの」
がくりと肩を落とすのは皆守甲太郎。おなじくCクラス。誕生日は……
あら、手帳を確認しないと。そうそう乙女座とてんびん座の相性はどうだったかしら〜?
「視線の主かな?」
「さあな……正直問答無用で蹴倒すべきだとは思うが、一応話を聞こうかとはかろうじて思うところだ。通訳がいるな」
「日本語だよ」
やあねえ、この2人の写真は取り損ねたままだわよ信じられないっ! ああ、できたらこのチャンスに!!
「ちっ……おい、そこの不審人類」
「なんだかビミョーに不穏な呼びかたねえ……」
「こんな時間にこんな場所にいる理由を教えてもらおうか」
「理由?」
「日が暮れてから男子生徒が女子寮の裏手をうろちょろする理由だよ! あとさっきの照明設備とフザけた話は何だ!!」
「さっきの……?ああ、『印象に残る出会い』のための演出のことぉ?」
「確かに印象的だった……皆守が」
「九龍……」
「あと最初の理由なら、もちろんビューティをゲットレするためよ!!」
「……やっぱり通訳が要るな、変態用の」
「あ、あきらめないで、皆守」
「具体的にはこの手帳を埋めてゆくこと、かしらね」
「なんだその趣味の悪い柄の手帳は」
「より美しくなるための方法を書き込んでるの。あと、気になるいいオトコメモとしても使ってるわよ〜」
あ・な・たのこ・とも。
寒そうに腕を押さえて一歩下がる皆守甲太郎。
「女の子同士の会話を盗み聞きしてビューティに関する噂話を書き留めてみたり。風呂上りに実践してる美容法とその効果を観察したり」
「覗きをしてか」
「入れてくれないんだもの……茂美さみしいっ」
「寒い……」
「さっきのライトは毎回使ってるの?」
そう聞いてくるのは《転校生》、すこししゃがみ込んで首をかしげる。あら、可愛いわね。
「そうよ」
「昨夜は八千穂の部屋を覗いてたんだね」
ふっと息を吐く葉佩九龍。
「し、Cクラスの八千穂明日香のこと……かしら?」
「しかも毎回、か……」
乱暴に頭をかきながらも、皆守甲太郎の雰囲気も冴え冴えとしたものに。
「一緒に、来てくれる?」
お、お誘いは嬉しいけど、うおおお……まずいわよ。
ざわざわざわ
ちょっと、外騒がしくない?
男の声が……
例の痴漢じゃない?
ざわざわざわ
……木刀……
金属バット……ラケットも……包丁ぐらいしか……
こ、これは!?
我に返ると、目の前の2人は青ざめて動きが止まっているもよう。
チャーンス!!
「捕まえてごらんなさ〜いっ!!」
おかまターボ!! うおりゃあぁぁ
「あっ、待って!」
ふ〜ふ〜っ
ああもう、こんなとこに来ちゃったわ。ここ好きじゃないのよねえ……かび臭いし埃っぽいし。
でもいつも気が付くとここにいるのよねえ……しかたないわ。
もし……もしあの2人が、ここまで来ちゃったら……
来ちゃったら……消さないといけないじゃない、困ったわねえ。
あら? あれは何かしら。ちょうちょ? こんな所に……アタシのように儚い蝶―――ん、なんか落ちてる?
この辺で待ってちゃダメかしら。
迫り来る死の罠。
対峙する二人。
見つめあううちに芽生える愛……ふーふー……
ぞわり
唐突に芽生える、不快感。
意識の淵に凝る不安と明滅する一つの命令。
―――侵入者を排除せよ。
「まだ、他に誰か……いるんじゃない」
扉の奥へと消えていった。
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