昼寝同好会会長
「何個いる?」
「何個あるんだ」
保健室のベッド、白いシーツの上に手を掛けて体を起こす。
向かいのベッドからがさがさと音がして、それから差し出される。
「2個」
九龍は2つの袋を布団の上に並べて置いた。
両方くれんのか? だったらもう少しサービスしてもよかったな。
ベッドの下を探る。引き摺るようにして取り出したのはカレー鍋。
何度か作ってみたが、使い易いいい鍋だ。
使い納めと最後に作ったカレーも中々の出来だったな……
よし、九龍にも食わせてやるか。そうだ豆カレーでも作るか、ムング豆があったな。
「こんどそれを使ってカレーパーティでもしようぜ」
九龍の手に鍋を持たせながらそう声をかける。
「それを持って午後の授業に出るつもりか?」
煙管から離してルイリーが口を挟む。
「邪魔になるだろう、ここに置いておいてもかまわんぞ?」
「……邪魔なのはそっちの丸いのだろ」
向かいのベッドに置かれたぬいぐるみを指差す。
「どっちもだ」
「寮に置きに戻ろうかと、思ってた」
「放課後まで置かせて貰うといいよ」
ぬいぐるみを撫でつつ取手も参加。
そうか、鍋は保健室に放置か……カレーパンの袋に手を掛ける。
「皆守、カレーパンばっかり二つでいいのか」
「具が違うだろうが」
「違ってたのか……」
「どうでもいいが、保健室で食べるなよ」
「ルイ先生はお昼はどうするんですか?」
「後でな。取手こそちゃんと食べるのだろうな?」
向こうは向こうで仲よく話しているようなので、
こっちはこっちで遠慮なくカレーパンにかぶりつく。
九龍は向かいのベッドに腰掛けた。その左右にはぬいぐるみと鍋。
しばし無言で味わった後、口を開いた。
「……そういや昨夜はどこにいたんだ」
「遺跡?にいた」
疑問形に聞こえたんだが……
「ひとりでか?」
「ん……」
黙り込む九龍を見る。
(何を考えてるんだ?)
―――嘘をつかれているんじゃないか……なんて
「マダムと一緒だった」
「マダム?」
何者だそれは。
「皆守も知ってる、交換してくれる人」
あの紫の蝶か。
あんな怪しいものに付いていくなよ……
「まあ、無事だったならいいがな」
口で紡がれる以上に、素直で雄弁なものがある。
……きっと本人が気付いている以上に分かりやすいな。
「心配かけた?」
(知る必要があっただけだ)
九龍の顔から目をそらして、パンの残りを口に放り込んだ。
「鍋でカレーって、作ったことない」
「……また、今度教えてやる」
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《宝探し屋》
「生きてこの學園を出たければ、誰も信じるな」
じゃあな、と変わらない様子で出て行くのを目で追う。
その一瞬前の表情が脳裏に焼きついていた。
(誰も信じるなって……大和)
例えば、黒塚部長は石を愛する人だと思ってるけど、実は裏の顔があるとか。
「ごめんね、急に棚の移動なんて」
黒塚部長が申し訳なさそうに石のケースを抱きしめた。
ここは遺跡研究会の部室。
そして現在は石のための石研部室。
人のためのスペースが全くなかったので片付けついでに部屋の模様替え。
「少しぶつかってしまったね……」
そう言って、心配そうに労うのは標本の箱の中に飾られた石。
うん、部長が気にするのは常に石が第一だ。
目の前で、楽しそうに撫でては頬擦りして、一つ一つ石の説明。
紅潮した頬に眼鏡の奥でキラキラと輝く瞳。
信じるなって言ったって。
どちらかというと、このパイプ椅子の出所も言えない俺の方が信用できない人間だろうなあ。
大和は……墓に行ってるんだな。
人当たりが良さそうで、冷静な判断力があって。
そして今日見せた冷やかで酷く熱い眼差し。
……《宝探し屋》にも色んな人がいるからなあ。
もしライバルだったらっ!?
「まっ、負けない!!」
「ああ! この石は前に君に渡した石と似てるよね、でも……」
信じるなって言ったって。
自分の方こそ、バディの皆にすら言わないこともあるというのに。
(皆守には……見抜かれてる気もするんだけど)
「ただの希望かなあ……」
「触れてみてごらん、結構違うだろう? これは……」
渡された冷たい塊をにぎにぎ、前もらった石ってどうだったっけ?
部長の石に関する知識量は物凄い。
話を聞いているだけで、手の中の塊がとても素晴らしい宝物に思えてくる。
―――ガラリ
ぺろん
「ふふふふ、素晴らしいよ!!」
「……九龍……」
あれ、皆守?
「教室にいないから……いや、お前―……とうとう……」
ああ、皆守も八千穂に呼ばれてるのか、相談ってなんだろうね?
そうか、テニス部に行くんだ。
「覚悟しないと」
「うふふふふふ」
「頭痛ぇ……」
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サボリ同盟盟主
石との出会いを謳って地面を掘り始めた黒塚と別れ、
クラブ活動にいそしむ学生たちで騒然とした放課後の校庭を並んで横切る。
一歩一歩の足取りがいつも以上にだるい。
八千穂の頼みごとなんて、どうせ碌なことではないのだ。
断ったら断ったで一層やかましくなるのがわかるので、こうして付き合っているだけ。
八千穂とて当てにしてるのは九龍だけだろうに、どうして俺まで巻き込むのか。
足を止めた九龍の横をそのまますり抜け、フェンスに背を寄せてからアロマパイプを取り出す。
いつの間にやら陽のでる時間が短い季節になっていたようで、
そう遅い時間ではないというのに薄暗い影が随分と長く伸びている。
影の先に立つ黒い体がゆっくりと朱に染まり行くのをぼんやりと眺めた。
九龍の横顔から視線を辿れば、フェンスの向こうのテニスコート。
女子テニス部部員の掛け声やボールを打ち返す高い音が響いていた。思わず脱力。
(何を真剣に見てんだ……)
……見かけによらず女好き、か?
そういや、初めの日にも変なことを言っていたような。
(しかし何で顔色が悪いんだ?)
夕日の下でもハッキリ見て取れる青い顔色に首をかしげていると、
コートから一際元気のよい声が聞こえてきた。
八千穂の相談の内容は、予想していた以上のものだった。
今夜は宇宙人を探すことになった。
……なんというか。
いや、宇宙人なんか居るわけないのだから、探すのは女子寮近辺にいるらしい不審者だ。
外からの侵入者かもしれない。男子生徒の覗きかもしれない。
つまり地球人だ。
女子寮に興味を持つ宇宙人など居るものか。
不審人物ならとっ捕まえるか、少なくとも理由と正体を掴んでおく必要がある。
はっきりしない事には八千穂といえど不安だろう。
それに寮は《墓地》にも近い、―――《墓地》になら……
「部屋で休んでても、いいよ?」
かちゃりかちゃり、と右手で鍵を回しながら九龍が振り返る。
「九龍、本気で用具室で宇宙人を探すつもりか?」
「いや……」
九龍は驚いたように目を開いてぱちぱち。
「用具室には、いないと思う」
首をかしげて俺の顔をじっと見る。
そりゃそうだ、あそこにあるのは授業や部活で使う器具類だ。
「俺の目の前で備品を持ってくなよ?」
「…………」
視線がそれる。それが目的だったか。
肩を落として、それでも律儀に見回るつもりなのか用具室の扉へと向かう九龍。
そんなにがっかりするなよ、大したものが置いてあるわけじゃなし。
「あ、金属バットだ」
そうだな。
「ボールがある」
まあ、あるな。
「トラの頭」
きぐるみだ。
……がっかりするなよ。
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