昼寝同好会会長


気が付けば薄暗い闇の中に立っていた。それでもここは遺跡の中だと疑いもなく確信していた、 何も見えないし何の存在も感じられなかったが。
唯一、感じるのはラベンダーの香り。

―――夢か。



唐突に背景が変わる。

「世界中で、実際に異星人に誘拐された例が報告されています」
白いチョークでタコによく似た何かが描かれた黒板を背に、熱弁を振るう女生徒。
「なんとこの學園でも! これが証拠の目覚まし時計です!」
ガラスケースに入った時計を引き摺る七瀬と、首の後ろを撫でながらいつも通りの八千穂。
「あたしも昨日は、金色というより黄色のご飯と、スパイスの配合実験させられちゃって」
(それは楽しいだろ)

「それはカレー星人ですね! 近頃では10秒に1回の割合で接近遭遇しているという」
(多いな)

「うわさの黒ずくめのエージェントにも遭遇できますでしょうか?」



暗転し、また舞台が変わる。

今度ははっきりと遺跡だとわかる。いつも最初に降りるあの広間だった。

「皆守!」
石の扉が開き九龍が姿を現す。黒い学生服に眼鏡を掛けた普段は教室で見る格好で、変なゴーグルも物騒なベストもつけていないことが妙に違和感を感じる……おかしなことは他にいくらでもあるというのに。
「よかった……無事だったか」
そういって駆け寄る九龍は片方の手で腹部を隠すようにおさえていた。

(怪我でもしてんのか?)
思わず手を伸ばすと開いていた方の手で掴まれた。いや、何かを掴まされる。

「これを持ってお前は逃げるんだ」
渡されたのは皿に盛られたカレーライス。
「これが……この地球上に残された最後のカレー」
(いきなりすぎる衝撃の事実だな)
「必ず……必ず捕らわれのカレーを取り戻してくるから」
(どこから突っ込んでいいか)
「この地球からカレーが消えてしまったら……皆守が死んじゃうっ」
(あのな)

「あ、こんなとこにいたんですね〜早く行かないと地球防衛軍とカレー星人の最終決戦が始まってしまいますよ〜」
マミーズのウェイトレスがピザを片手に現れる。
「照り焼きマンゴーカニかまピザ、デリバリ一丁ですよ」
「ありがとう。じゃあ、俺は……行くよ」
(どこにだよ! 待て、九龍!)

「あっカレーですね、これを載せるといいですよ〜、では……ぷちっと」

ぷるん

「載せるなー!!」




「やかましいぞ、皆守」

ジャ、っと勢いよくカーテンが引かれる音。
「保健室では静かにしていろ、他の生徒の邪魔だ」
瑞麗の声が大きくなるとともにラベンダーの香りが掻き消される。 時折保健室で焚いているという香のせいだ。《気》を落ち着かせるとか言っていたが、 あまり好きじゃない。

「あの……僕はかまいませんから……」
「心得の問題だ、普段がこうではいかんだろう」

取手が来ているようだな、そっちに構ってりゃいいのに。
無言で腕を伸ばしてカーテンを引く。白い布の向こうでため息をつく音。

「他の生徒が来るまでだぞ」
「その前に……迎えが来るのかも」

取手の声。

迎えねえ……携帯を取り出して開く。
最近になって急に増えた受信メールの履歴。九龍からのバディ依頼のメール。
気が向いたら誘え、と言ったのに毎日送られてきている。……あいつも遺跡に行きすぎだろ。
それがここ3日ほど何も来ていない。いや、八千穂から九龍の様子を問うメールが一通。
一昨日とその前の日には取手と椎名を連れて行ったらしい。それは別ににいんだが……九龍は椎名に対して甘い気がするんだが、気のせいか?

(昨日は?)

部屋にはいなかった。椎名は八千穂と居たらしい。取手は寮の談話室に居たのを見ている。
先ほどの夢を思い出す……ひとりで行ったんじゃないだろうな。

携帯の操作を続ける。本当にくだらない夢だったな……プリンカレーも夢だったらよかったんだが。「か」と押せば辞書の最初に表示される「カレー」の文字。

(カレーパンだな)
遺跡バカに向けてメールを送信。

欠伸を一つして、まさか続きを見たりはしないだろうと思いつつ、再び目を閉じた。



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図書委員


小柄な少女がにこにこと笑いながら大きなぬいぐるみを持ち上げて見せた。
大変愛らしい光景だわ、と両腕に本たちを抱きしめて七瀬も笑顔で応じる。


ああ、あの大きな大きな目
そして、小さな手のひらも!!


「主に東北地方で出土する遮光器土偶ですね、とてもかわいいです!!」
「手伝ってくださって、ありがとうですの〜」

ここは、3年A組の教室。
昼休憩のなったばかりだが、直前が自習時間であったため教室に人は少なかった。
七瀬もまた書庫室で近ごろ再熱した古代史への興味とともに書物を読みふけって時間を過ごしていた。耳に届くチャイムの音に、昼ご飯をとるか、それともこのまま過ごすかしばし悩んだものだが……
(戻ってよかったです)
クラスメイトの椎名リカは、七瀬が戻るのを待っていてくれたらしい。
大きな遮光器土偶型ぬいぐるみの頭をそっと撫でる。
「すごいですね、椎名さんが作ったんですか?」
「おおまかなイメージしかわからなかったので困っていたんですの、 七瀬さんが資料を貸してくれて助かりましたわ」

(なんだか椎名さん、変わりました?)
こうして話をすることなど、今まで思いもしなかった。
彼女が周りの人間に対して興味があるように振舞わなかったのもある。
七瀬が「あわないだろう」と思い込んでいたのもある。
ぬいぐるみの頭をなでる。ふわふわの手触り。
デフォルメされてはいるが、その特徴をよく捉えて裏がわも丁寧に作られていた。
土偶―――


(どうしても葉佩さんを思いつきます……)
でも秘密……ですよね。


「これは〜はじめての人にあげるんですの」
「はじめての人?」
「でも、つぎは七瀬さんにも作りますわ」
「えっ!」
「2番目の人ですから〜」
「2番目?」
なんのことでしょうか?
「あっ、でもうれしいです! レプリカを探していたんですが中々決まらなくて」
「……そこまで細かくは作れませんわ、ぬいぐるみですから。
七瀬さんも変わった人ですわね」

変わった……つい、言いすぎたでしょうか……


「楽しいですわ」
人形のようだった少女は、ぬいぐるみの小さな手をとってぴこぴこと揺らした。





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《宝探し屋》


椎名にもらったぬいぐるみを手に、時間が遅いせいか人の少なくなった校内の売店を覗く。
男子生徒につまらなそうな顔でおつりを渡していた境さんが見えた。

「今度は彼女を連れて来いよ〜」
「絶対、いやだ」

ペットボトルを2本抱えたその男子生徒が、乱暴に足音を立てて出てゆく。
境さんが境さんなのは、全校生徒共通の認識なんだなあ……

「葉佩か」
気付いた境さんが寄って来た。今日はオレンジの化学モップ。
「なんじゃそりゃあ?」
「遮光器ぬいぐるみ」
「ブザイクじゃの」
「かわいい、のに」
すごくかわいいのに。
少し落ち込みつつ、パンの並んだ棚へと向かう。
「カレーパン、買いにきたんだ」
「ん? もうそんなに残ってないぞ」
30個ほど買い占めたのが印象に残っているらしい。

……メールでは数の指定はなかったなあ。



「あっ、葉佩先輩だ」

考え込んでいると、背後から女子生徒の声。
誰だろう? 下級生の知り合いなんていた?  でも、見覚えがあるような……
「いつも八千穂先輩と一緒にいますよね」
ああ、テニス部の子か。
「かわいいですね!」
よかった、やっぱりかわいいんじゃないか。
「もらったんだ」
「いいですね!!」
うんうん、椎名も喜ぶだろうな。
「ぬいぐるみ抱えてるの見れるなんて!! その人いい仕事しましたよ〜
八千穂先輩にも自慢できます」
ん?

「葉佩ぃ〜、カレーパン買うんじゃろ」
境さんの声に、もう一度棚を見る。2個残ってた。

テニス部の子も並んで立ち、考える仕種。
「もうコロッケロールないんだ……」
パンの棚の前に、3人が並ぶ。

はっ!! 隙を見せちゃいけない!!

あわてて境さんを止める、その前に―――
ごぎん、という音と手首を押さえた境さんの悲鳴。
「うぐおおおおぉ!! はっ、外!?」


テニス部ってすごい。






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