墓守たち


人通りのない場所に立つこれといった特徴もない建物へ、遠くから鐘の音が響く。
馴染みの音階は授業の終わりを告げるチャイム。
開け放った窓から秋の風が吹き込み、塞いだままのカーテンを大きく広げる。
ふと顔を上げて、カーテンの向こうに見えるであろう学び舎を思う。

「ふむ、今日は弓道場へ顔をだしますか」

生徒会室には『会計』ひとり。 とん、と両手に持った書類を整えると、机上のファイルへと手を伸ばす。

「でも……これから来るかもしれませんね。待ちますか」

ファイルを棚に戻すと、隣接する給湯室へと姿を消した。





「俺を呼び出した挙げ句荷物もちをさせるとは、高くつきますよ?」
「何言ってんのよ……ああ!! 傾けるんじゃないわよ」

ばたん、とドアが開いて2人の人物が口論しながら入ってきた。この建物には生徒会関係者しか出入りはなく、教師すら足を踏み入れるのを恐れるという―――つまり彼らも生徒会の人間なのだが。
彼らのひとりの手には大きな円いケーキ。飴細工で出来た赤い花が大きく飾られ、中央のテーブルに配置されたときから一つの作品として存在を示すように、辺りに甘い香りを放っていた。

「そっと置くのよ! 崩れたら許さないわよ!」
「許さない? へえ?」

空いた両手を上げて振り返り、後ろに立つ『書記』に向けて挑発的な笑みを向ける。
……そうしてそのまま、ふにゃりと椅子の背にもたれ掛かるように崩れ落ちた。


「この甘い匂いとは、眠り香が合うわね」
「ぐう……」


かつ、と靴音を鳴らして『会長』が姿を見せたのは丁度その後だった。
「寝不足か?」

飛びつほどの勢いで『書記』は振り返り、奥から『会計』が顔を覗かせる。
「阿門様!」
「おはようございます……お茶の準備をして丁度よかったですね」






「すいませんが……」
ティーカップを戻しながら、ひとりがため息とともに口を開いた。

「困ってるなんて、めずらしいわね」
「女子寮の電気の消費量が妙に、というか異常に多いのですよ」
「ええ? 今、暖房も冷房も使ってないわよ?」
「わかってます、原因がわからないので困っているのです」

「…………」
「阿門様?」
「いや」

「使用量が増えるのは夜のようなのですが」
「そう……正直、わかんないわね」
「まあ、いいです。『補佐』殿に調査を頼みます。2、3日徹夜ぐらい平気でしょう?」
「う〜んう〜ん」
返事の代わりに、うなされる男子生徒ひとり。
「……寝不足だな」




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  《宝探し屋》


ふと、目を開けた。紫色の蝶が顔の前を過ぎる。
どこから飛んで来たのだろう? ふわりと浮いて沈んで、遠くなり近くなり。 追うまでもなく視線を引き込まれる。瞬き。一瞬の暗転を挿み、首をかしげて考える。

「ここ、どこ?」

何もない白い世界? しかし頭をめぐらせれば、いつのまにか四方は灰色の壁で埋められていた。

「ああ、夢か」
「いいえ」

唐突に女の人の声。聞き覚えがあるような……
顔を戻せば、女の人がこちらを覗き込んでいた。 蝶の仮面の奥の好奇と興味に彩られた瞳とぶつかる。

「受け取ってくれたようね、招待状を」
「招待状……」

そういえば、自室でメールのチェックをしていたような。うん、マダムもメールアドレス持ってるのかな?
もう一度辺りを見回す。灰白色の壁には羽を広げた蝶が紋章のように刻まれている。

「ここは、マダムのお住いで?」
「いいえ……いえ」

「半分は正解であって、全てはそうではないわ。まあ、つまりはここも遺跡の一部であり、でも、あなたと逢ったあの遺跡とは異なる場所―――ようこそ」
「遺跡!!」
「ともに《秘宝》を探しましょう」
「《秘宝》!!」


「簡単に誑かされておらんか?」


第3者の声が割り込む。でもこれもまた聞き覚えのある男の人の声……あれ? 日本語じゃ、ない?

「サラー!!」

それほど前のことでもないのにひどく懐かしい。皺を刻んだその顔が滲んできた。うわ、な、涙じゃないよ!

「ほう、ちょっと会わんうちに少しは逞しくなったようだな」
見守るような微笑みを向けられて、頬が熱くなるのがわかる。
「だが、ほいほい乗せられる様ではまだまだ心配じゃな……簡単に騙されるぞ」
「誑かしてもいなければ騙してもいないわよ?」
「何人の《宝探し屋》が惑わされたことか……」

あれ? 知り合い?

「知り合い……知ってはいるが、知り合いかのう?」
「それはあなた次第ね。それに私は《秘宝》を捜してもらいたいだけ」
音もなくマダムが両腕を広げる。

「そして交換してもらいたいだけ!!」

気のせいかその声にはエコーがかかり、辺りに広がっていった。
「―――さあ、若き《宝探し屋》よ。あなたはどうするの?」


「まあ、わしは《案内人》じゃからのう、お前さんが行くというなら案内しよう」
「お願いします」
「うむうむ、ここは入るたびに造りが変わるのが特長でな、それにとことんまで深い、それがどこまであるのかはワシもしらんのじゃ」
「いきなり不安です」
「なあに、今日は途中までじゃ。また呼んでくれればよいよい」

遺跡を行く2人の背を、紫色の蝶が追っていった。




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  《宝探し屋》


「この銀河系に存在する知的生命体の数を……」

静かな声が朝の教室のざわめきの中を通る。
落ち着いた動きで眼鏡を直した手が白いチョークを掴み、迷いもなく黒板の上を滑ってゆき、すらすらと長い方程式が書き出される。堂々とした話し振りに、教室に残っていた生徒たちも聴き入っている様子だ。 俺は見てないけど、昨晩テレビで宇宙人特集番組をやったばかりだそうだから、ちょうど興味もあるんだろう。後ろの席の奴が寝てるのはいつものことだけど。ああ、朝いるのは珍しいかな。

「すでに今の時点で、この式で割り出される答えは0にはなりえません……何故なら」

チョークを置き、再び下がっていた眼鏡を直しながら七瀬が振り向く。光源のせいか眼鏡がきらりと光を放つ。しんとする教室に、寝息だけが響く。

「すでに私達の住む地球が存在していますから!」
ねえ葉佩さんッ! と勢いよく迫られる。
「う、うん」
教室中の視線が集まるのに驚きつつうなずく。
面白半分できいていた生徒たちも、ふんふんと首を振って宇宙に思いをはせている様子。 す、すごいな七瀬。

「やっぱり宇宙人はいるのか!」
「やっぱり金髪ナイスバディの!」

……それはどうだろ。

「ふあ〜ぁ」

大きなあくびが聞こえたと思うと、頭に手が乗せられる。そのままぐいと後ろに引っ張られた。

「やっと終わったか?」
「皆守……」
「しかし、躍らせられやすい奴らだぜ。メディアにしろ、七瀬にしろ」
今も教室では宇宙人の話で盛り上がっている。
あれ? 寝てたんじゃないのか?  寝ぼけた顔してないか見てやろう……ん、振り返れない……どころか、眼鏡がずれて視界が悪化。

「そういやお前、昨夜はどうしたんだ?」
「え?」
「部屋にいないようだったな」
「え、え〜と……」
どこって、何処だろう。
「……宇宙人ではない、と思う」
「はあ?」
皆守の不信そうな、というか不機嫌な声。

部屋に戻ったら、ちゃんと《宝》も実在していたし、夢でもない。
サラーがいたって事は地球上のどこかに違いない、はずだ。希望。けれどあの人は……宇宙人じゃないけど、人類でもなさそうで、《天の御子》の遺物にも関わってそう―――ちょっと不安。

「この地球の事だって、わからないことはいくらでもあるんだ」
「……どうしたんだ、九龍」
皆守の声は、心配そうなものに。

「葉佩さんなら、きっと真実に迫ることができますよ」
「七瀬っ……!」

(……ばれてるんじゃないか)
ぽそ、と皆守の小さな声が耳に届いた。




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