元《生徒会執行委員》
どこから聴こえているのだろう。
心地よい音色に、夢うつつにまどろみながら考える。御父様にもらった大切な宝物、どこかへ失ってしまった。いつから? 過去と今を繋ぐはずの記憶がひどく曖昧でふわふわしている。
弾かれて流れる音色が何度も繰り返す、思い出の中と変わらぬメロディー
記憶を振るわせて胸のうちに黄泉返る愛する人
その言葉も温もりも確かなものであるはずなのに、同時に夢であることも確かなことで。目を開けば会えないのだ、どこまで探しにいっても。
その事実から逃げたくて、彷徨ううち、気が付けば暗く湿った空間に立っていた。たった一人。
ひとり……?
「お、母……さま」
誰かがやさしく髪を撫でた気がした。
―――お母さま。
気が付くとぼんやりとした緑色の光の中にいた、目から沁みていく緑色の光に傷の痛みが引いていくような気がする。しかし、身体を起そうと力を込めると、直接的な傷の痛みとは別の痛みが身体を締め上げる。顔をしかめて目を閉じる。
目を閉じてはじめて、他に人の気配がすることに気付いた。
(いる、とすれば……)
記憶を探る。続いて聞こえた声に、すぐ昼間みた顔が思い浮かんだ。
「カレーが食いたい」
ついでにカレーライスが頭に浮かぶ。
「ええ? あたしはやっぱりハンバーガーがいいなあ、うん!! チーズのがいいな!!」
今度は、とろりとしたチーズとハンバーガー。
想像だけでお腹にぐっとした重みを感じる。
「……どちらも夜中に食べるものではありませんわ」
「あ、起きた」
すぐ近くで聞こえた声に、ビクリ、と身体が震える。
目を開いて見上げると、黒い瞳と目があった。なんだか……とても、やさしい
「まだ、痛い?」
気のせいではありませんのね。
包むようにして敷かれた学生服の上着は随分と大きい。手を突いて上半身を起そうとすると、身体がふらつく、大きな手がそっと添えられた。
「傷は消えたようだけど、あの、ごめん」
「あなたが謝る、ことは……」
何も無いはずだ。たしかに怪我を負わせたのは《転校生》だが、
自分は、彼を……
胸を押さえる。今さらに凍っていた感情がその合間の記憶とともに蘇り、締め付けてきた。顔を上げると、心配を滲ませた眼差しとぶつかる。
「大丈夫ですわ」
「本当?」
「ええ」
「チーズか、悪くはないな。それに乳製品とカレーとは……」
「あっ、椎名サン起きたみたいだよ」
「ん?」
「よかったー! 顔色も結構よくなってるみたいだし」
「よく分かるな」
「安心したら、お腹すいたよね」
「さっきも言ってなかったか?」
「皆守、ルイ先生のところへ連れて行くから……」
「わかった……俺は行かないぞ」
「うん。マミーズで、待ってて」
「あっ、あたしもルイ先生の家いくよ! 部員連れて行ったこともあるし」
急に賑やかな雰囲気に包まれる、無意識に近くの腕を掴んでいたのか、そっとその手を外された。
しかし、戸惑うまもなく身体が浮き上る。
「わ! お姫様みたいだね」
軽々と抱き上げられて、目を瞬かせる。高い視界。間近にある顔。
「……なら、あなたは王子様みたいですわね」
「え!?」
「でも、できたら〜背負って連れて行ってくださいませんか?」
うろたる顔を見ながら精一杯の笑みを浮かべて告げる。
「う〜ん勿体ない。それにおんぶだとしんどくない?」
今の顔を、あんまり近くで見られたくありませんわ。
「そうしてくれってんだから、そうしてやれ」
でもなんで睨まれてるんですの。
おぶわれて揺られながら目を閉じる。しがみついた背中からの安心感に、そのまま寝入ってしまいそうだった。取り戻した《宝》に、新たに生まれた決意を誓う。
―――もう、失いませんわ
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元《生徒会執行委員》
「お昼休み、ご一緒してもかまいませんわね〜?」
「え?」
「では〜、音楽室で待ってますわ〜」
椎名さんだ、なんだろう……のんびり考えているうちにスカートを翻して行ってしまった。
直後にクラス中の注目……というか敵意に囲まれる。そういえばクラスにも崇拝者いたなあ……リカ研究会だっけ、すごいなあ。
ああ……早目に返事をするべきだった、でも……
(申し出を断るのと、どっちが恐いだろう)
後に続いてふらふらと廊下へ出た。
ピアノの前の椅子に腰掛けて話を聴く。正面には教師用の椅子に腰掛けた椎名さん。こうして話をするのは初めてかもしれない。同じクラスであり―――同じ《執行委員》であるけれども。
「元《執行委員》のよしみで誘っているのですわ」
「う……ん」
そもそも《執行委員》どうしの交流って全くなかったんだ。だから、これは別の『縁』。
「あなたも同じ想いなのでしょう?」
「呼ばれるのを待つばかりではなく、こちらからお願いするんですの!
『遺跡にご一緒させてください』と!」
「う、うん!」
突き上げた拳につられて、自身も片腕を挙げる。
「連絡先は伝えましたけど、アピールのためプリクラも新しく作ってきたんですの。
どれがいいと思いますか〜」
プリクラか……確かにメールアドレスだけよりもいいかも。とっておきをひとつ持ってたはず、尊敬する音楽家のフレームのを。
「昨夜は皆守君と2人だけだったようですし、ずるいですわ!」
「2人だけ?」
「すこし遠慮してほしいですわ!」
「で、でも2人きりなんて、何を話せばいいのかな?」
「何でもいいじゃありませんか……じゃなくて抜け駆けするつもりなんですの?」
「え!? い、いや」
「意外に油断のならない人ですわね……あ、そろそろ来る時間ですわ」
とん、と椎名さんは軽やかに椅子から下りて入り口へと駆けていく。
僕はピアノを弾く準備。わ、楽譜が滑って……うん、自分でもそわそわしているのがわかるな。
―――今日は何を弾こうか
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