新人ウェイトレス
ここはファミリーレストラン『マミーズ』の、全寮制の學園内にあるという一風変わったチェーン店。新人ウェイトレスの舞草 奈々子は、今日もまた芽生えたてのウェイトレス魂を燃やして仕事に励んでいました。
とはいえ、そんな熱い魂も堂々と授業をサボる学生を目の前にすると、冷めるような冷めないような……天香に来て早々に知り合いになった生徒二人と、少々長めに話し込んでしまいましたが、結局はトレーとオーダーを胸に厨房へと飛び込んでいきました。
「カレーライスとカレー定食おねがいしま〜す!!」
ですが、厨房に入った瞬間たたらを踏んで足を止めてしまいます。
(うう〜ん、何だか変な雰囲気? 一体何事でしょうか〜?)
そこにいるのは―――まずは人使いの荒いと巷で評判の店長、暗い顔でブツブツ呟いています。
(おおっと、離れときましょう)
ウェイトレスの先輩と調理師のお兄さんが、揃って厨房の一角へとキラキラとした熱い眼差しを送っています。
(あのぉ、センパ〜イ?)
そして二人の視線の先には、調理した料理を手早く盛り付けるおじいさん……と呼ぶには些か違和感をもつほどに落ち着いた雰囲気のおじさま。マミーズに手伝いに来ている、同じ學園内にあるバー『九龍』のマスターです。
(マスター、本当に上手ですねえ)
「も一回いいますよ〜、カレーライスとカレー定食お願いしま〜す!!」
ぴょん、と厨房入り口その場でジャンプして、飛び込んだところから再開することにしました。
「カレー定食!! 久々に俺の自慢のカレーラーメンが作れるな!!」
店長がぱっと顔を上げて大きな声で叫び、張り切って腕まくり。先輩たちは顔を見合わせています。
「……カレー定食、というかカレーラーメンって、随分前にカレーの子が注文したっきりじゃないか?」
「ああ、あのカレーの子。流石の彼も、カレーラーメンはあれっきりよねえ……」
「……あの、その『カレーの子』って、皆守くんの事でしょうか〜?」
「そんな名前だっけ?」
首をかしげるのは調理師のお兄さん。彼は長いこと天香にいるのですが、学生さんの氏名まではよく知らないようです。
「そうよ、3−Cの皆守 甲太郎君、よくうちに来て、いつもいつもカレーライスを注文してるから」
「そういえば今日もカレーライスですねえ」
「ん? ああ、カレーの子の注文だったのか……ようし! 今日は結構自信作だぞ」
「え? じゃあカレーライスにカレー定食、一度に食べるの?」
「ええ!? そんなわけないじゃないですか〜、カレー定食は葉佩くんですよ」
「……ハバキクン? 転校生の? 今来てるの!?」
「センパイは、男子生徒のことは詳しいですよね〜」
「ひょっとして二名様ご案内なの!?」
「何!? カレーの子が、誰かと来ているのか!?」
店長も麺を茹でながら声を上げる。
「そんなに吃驚するようなことですか〜?」
奈々子は首を傾げています。二人仲良く(奈々子主観)下校していたのを見ているので、二人で仲良くサボってカレーも当たり前だと思うのです。
「そうか……うんうん」
「良かったわねえ……」
一方で涙ぐむ店長と先輩ウェイトレス。
「よし! じゃあカレーの子にもサービスでカレーラーメンを出してあげるか!!」
「え〜……余計なことはしない方が」
「よし! 皆でカレーラーメンで祝うか!!」
「余計なことですよ」
「カレーラーメン、私も頂いてもよろしいですかな」
「まッ、マスター!!」
店長がキラキラと熱いまなざしで振り向きます。タンシチューを手にした千貫さんが立っていました。
「タンシチューできましたよ」
「はっ、はい! 持って行きます!!」
敬礼までして先輩ウェイトレスが出て行きます。
「それと、サービスでしたらこちらを持っていってください」
キズ一つないグラスをそっと二個並べ、どこからか取り出した牛乳缶を傾けます。
さらさらと流れ落ちる牛乳が、一つ目のグラスを満たしました。
それから、と笑顔を浮かべて二つ目のグラスへ注ぎます。
「辛いものを食べる際は、牛乳が身体にもよいですよ」
「わっかりました〜」
自信作らしいカレーライスと牛乳で満たされたグラスを載せて、軽快な足取りで二人の下へと戻っていきました。
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転校生
ラーメンの丼を抱えたままの俺の傍を、一人の少女が過ぎていく。
奇妙な雰囲気を纏った、小柄な人形のような少女。ほんの少しだけ妹に似ている、
『人形のような』なんて言ったらあいつは怒るけれど。
レースで飾られたドレスのような衣装は、良く見れば学校指定の制服が元となっているようだ、青いスカートがフリルとともにふわんと跳ねて視界から消えていった。耳にクスクスという軽やかな笑い声が残る、ふわん。
「あいつは……」
既にカレーライスを食べ終わった皆守も気になったらしい。顔を見合わせ、互いの違和感を確認する。
そのとき、店内に響き渡る舞草さんの声。
「これこれこれこれ、これってまさか……ば、ばくばくばく爆―――?」
叫び声にすらならず、同じ言葉を繰り返す舞草さんの隣で、クラスメイトの男子生徒二名が右往左往。あいつら……さっき不穏な話をしてたやつ等じゃ?
《墓》を掘り返してみる、とか。
彼らのテーブルの上を見る。コーヒーカップの横に置かれているのは、大きな赤いリボンで飾られた両手に納まるくらいの白い箱。
一見、何の変哲もない……あれは、
煙? 蒸気? 爆弾!!
とっさに皆守を見る―――近づ、い!?
気が付くとその正面に飛び込むようにして進路をふさいでいた。
二人ぶんの勢いのまま、ぶつかって倒れこむ。その傍らを何かが、誰かが、すり抜けていった。
「駄目!」
すり抜けた影を追って慌てて振り返る。その誰かは流れるような動作で箱を、赤いリボンのついた白い箱を放り投げた。
煙が箱の軌道を追って―――ガシャン
辺りに響く、破裂音。
し、信じられない……
背静まり返った店内を、飛び散ったガラスを踏みしめる音だけが響き、
バーテン姿の白髪の老人が、壊れた窓から外を眺めた後、ゆっくり店内を横切って近付いてくる。
爆弾も吃驚だけど、このおじいさんも信じらんない。
呆然と見守っていると、馬鹿か!! 頭上から声。
「俺なんか庇う必要はないんだよッ」
何おう!!
顔を上げて、皆守を見る。
皆守の顔もわからない、けれども自分が今どんな顔をしているのかもわからない。
怒っている……つもりだけど、俺の顔を見た皆守の動揺した気配だけが伝わってくる。
「これは、貴方のですかな?」
間近で落ち着いた声がして、すっと顔の前に眼鏡が差し出される。
「レンズもですが、随分と頑丈なフレームですね」
「あ、ありがとうございます」
よかったあ。さっすがロゼッタ印、高かっただけはあるか……高かった。
「どういたしまして、貴方には今の表情の方がよろしいですね」
そんなに変な顔だったかな。
「爆発といっても、殺傷能力の高いものではないのが幸いでした。
火薬の匂いがせず全体が熱を発したところをみると薬品の混合か、あるいは蒸気や圧力を利用したものでしょうか」
「そうですか……」
ホントに凄いおじいさん。ダレ?
「マスター!」
舞草さんが呼びかける、マスター?
「バーのマスターですよ」
へえ、カウンターに立つおじいさんの姿を思い浮かべる―――すっごく絵になる!
「學園内にあるバー『九龍』の店主で千貫 厳十郎と申します」
言って一礼する姿も格好いいな。
「本日はマミーズの厨房のお手伝いに来ています、時々ですがお邪魔させていただいてまして」
「マスターの料理おいしいんですよ〜」
「いえいえ」
「マミーズだと、いつもってワケにわいかないですけど、
バーに行ってみるといいですよ、ちょーっとお値段高いですけど……あ、お酒はだめですよ〜」
「若人には牛乳が一番です。
うちの坊ちゃまも小さい頃から牛乳でお育て申し上げたのですから」
「牛乳?」
「……行ったところで教師がいるだけだぞ」
「皆守くんは行き辛いんですね〜」
「カレーもお出ししませんしね」
「これは何とした事じゃ!!」
突然に声を上げて入って来たのは、モップ片手の境さん。いつもは売店で会うんだけど、今は校内の清掃中だったようだ
……一体何処を掃除してたんですか……うっ……
モップから何とも言えない臭気が……押されたようにみな一斉に一歩下がる。
「わしの仕事を増やしたのは何処のどいつじゃ!!」
「だ、だへって……」
鼻をつまみながら考える。誰って、爆弾置いたやつだよね。俺も知りたいけど、少なくともここにいる人間じゃ無いだろうな。
「だへでも、なひかな」
「それじゃあ自然に割れたとでもいうんか!?」
も、モップどっかやって!! 頼みます!
「ち、違うんです〜」
問い詰められる俺の代わりに舞草さんが説明してくれる。爆弾か……怪我人はいないよね? 店内を見回した後、箱の在った机へ近付く。
大きな音を立てて窓枠に残っていたガラスが崩れ落ちた。
割れた窓ガラスや、
誰かが逃げるときに倒したのだろうテーブルや料理の載っていた皿などで、
その一角は酷い有様だった。
「奈々子怖かったです〜」
「お、おお、そうかそうか」
怖かったのう〜と、言いつつ境さんの顔がだらしなく緩み鼻の下が伸びる。
……この人は〜、もう……
「わしが慰めてやるぞ、どれどれ」
「って、ドコ触ってるんですか!!」
それじゃ甘いよ舞草さん。
べしん!
「ぐぶっ!?」
八千穂には及ばないけど、取り出したハリセンで思いっきり叩いておく。
「……どっから出したんだ」
うん、片手を上げて応える。ひらひら。
とりあえず、この新聞紙に割れたガラスや皿を包んでいくか。
「まあ、落ち着いてください境さん」
「これは千貫の」
しゃがみ込んだ俺を挟んで、マスターと境さんとが対峙する。
俺の頭ごしに漂うのは―――緊張感?
「貴様の仕業か、千貫の」
「私は私の義務を果たしたまでですよ」
「義務、のう……年甲斐もなくでしゃばるのはみっともないと思わんか、の?」
なぜか俺を見て同意を求めてくる。
「年甲斐もないセクハラ爺よりは全くもってよいと思いますが……」
そうだよね。
「お主はどっちの味方じゃ!!」
ええ!?
「俺は先に行くぞ」
あっ、皆守!!
「では……ああ、葉佩さん、夕方にはやっていますので是非『九龍』に、いらしてください。
今日は特別に貴重な牛乳がご用意できますから」
「貴重な牛乳ってなんじゃい!!」
「うわあ〜、仕事がなかったらあたしも行きたいです」
「っく、奈々子ちゃん……! なんでこのもうろく爺が……」
「皆守……」
「千貫さん……一体どうすれば……」
「あっ店長〜! あたし怖かったですよう〜、今日はもうお休みですよねッ!!」
「ああ《生徒会》へは私から伝えておきましょう、まずは生徒さんを……」
「まあまあ、ここはわしに任せい。そうじゃのう……まずは落ち着くべきじゃな」
―――『俺なんか、庇う必要はないんだよッ』
庇うも庇わないも……咄嗟のことだったじゃないか。
ああ、でもあの皆守の叫びも咄嗟のことだったようだ。
「奈々子ちゃん〜、コーヒー頼む」
「ええ〜!?」
「貴方はとっとと片付けなさい」
「片付けとるじゃろう、葉佩が」
がちゃがちゃ、とガラスを集めながら溜息をつく。教室に戻ったところで皆守がいるかどうか……いや、居ないだろうなあ。
片付けを手伝う皆守の姿なんて思い浮かばないし、さっさと帰ったこと自体は仕方ないか。寂しいけど。でも、このまま時間を経てしまうことへ、不安が募る。
時間を経て、もう一度顔をあわせるときには何時もの皆守なんだろうか―――それを望みつつ、同時にそうである事への不安が。
「なんじゃ、暗い顔をして。そうそう、モップもかけた方がいいのう」
「あ、葉佩くん、コーヒーなら奢りますよ! 片付けの後で!」
ぽん、と千貫さんの手が頭に乗せられる。
「?」
「ありがとうございます、葉佩さん」
「えっ? いや……」
そんなに、大変でもないし。なんで俺一人やってんだろうという気はするけど。
「いいえ」
ぽん、と一つたたいて手が離れる。
「―――いえ……片付けも、早く終わらせましょう」
ひょい、と境さんが今飲もうとしていたコーヒーを取り上げた。
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サボリ同盟 盟主
全身に感じる一人分の重さと生きた人間の体温と、
肩越しに目に飛び込んできた、すぐ近くにある白い箱。
どくリ
脈打ち、血が廻るのを意識する。熱い、なんて。
―――こ、のっ馬ッ
(どうせ、騒ぎにはならないだろうと思ってはいたが)
校舎まで来てしまえば変わることない何時もの光景。白昼堂々の爆弾騒ぎも、
日常に添う影のように、やがては噂話の中だけに紛れる異常。
アロマを燻らせながら校舎の入り口を眺める。
足早に教室へと急ぐ生徒たちの中には、先ほどマミーズで見かけた姿も混じっているようだった。
(まだか?)
何を律儀に片付けなんてやってるのか。それとも……
マミーズのウェイトレスや千貫の爺さんと、結構な惨状の場で暢気に話していたのを思い返す。
人を押し倒しておきながらすぐさま他所へ意識を移すわ、
人が怒ったってのに爺さん二人に懐いて、話がそれるわ……
すう、とラベンダーの薫りを吸い込む。だれが怒ってるって?
顔を上げる、中庭の向こうに九龍の姿が見えた。考え事でもしているのか、ぼんやりと顔を前に向けたままゆっくりと歩いていた、その足が急に早まって勢いよく近付いてくる。気付いたな、遅いんだよ……
「皆守!」
次の授業は化学。今日は二階の理科室で実験だったはずだ、
そのまま屋上まで上がるつもりで、階段へと向かう。踊り場で、それぞれの教室へと急ぐ生徒に混じって、でかい図体が嫌でも目に入る。
「皆守?」
隣にいる九龍が、俺の顔を見て首をかしげる。自分でも眉間に皺がよってる自覚はある。
面倒な奴がいるな……しかも向こうは既にこちらに気付いているようだ、知らん顔も出来そうにない。
胡散臭い――人当たりが良いようで、同時に冷静にこちらを探るような――笑顔を浮かべて片手を上げる。
「甲太郎じゃないか」
もう一人の転校生、夕薙 大和。
まあいいか、どの道いずれは九龍と知り合うことになるだろう、同じクラスだしな。今まで遭遇すらしないようなクラスメイトだがな。
「大和、今日もサボりか?」
「保健室に行くところだ」
保健室ねえ……九龍に変なことを吹き込む前に、先に紹介しておくべきかもな。
大和は片手に持った制服の上着を背中に回しながら、九龍へと視線を向ける。見られるのは苦手なんだろうな、九龍は居心地の悪そうな弱ったような表情。
「君が、転校生の……」
「は、い……葉佩九龍です」
一歩近付いた大和に合わせて顔を上げつつ、九龍が名乗る。顔を覗き込まれて九龍の顔が赤くなる。……そこまで見るなよ。
「九龍は、この先輩に会うのははじめてだな」
「おいおい、先輩はないだろう」
「しかも二年もおっさんだ」
「おっさんは流石にないだろう、甲太郎……まだ20だぞ……」
「必要以上におっさんくさい」
「先輩?」
葉佩か首を傾げたのを見て、大和は苦笑しながら説明する。
「留年だ。親にくっついて海外へ行ってたんでね」
「海外へ?」
「ああ、彼方此方な。その途中で身体を壊して日本に戻ってきたのさ」
「……」
「君も海外からだそうだな?」
九龍は少し迷ってから口を開く。
「大和は……」
は?
「ん? 俺は、まあ、アメリカ大陸を……」
さらっと受け入れてるんじゃねえぞ!! って、ああそうか……
「九龍! こいつは夕薙 大和、一応同じ3−Cのクラスメイトだ」
「おっと、そういや名乗ってなかったな。同じ転校生同士でもあるし、よろしく頼むよ」
「よ、よろしく」
「といっても教室で毎日、とはいかないがな……何分体が思うようにいかなくてね、前の学校で少々居づらくなっていたところを、一年前、この學園に受け入れてもらったってわけだ」
―――この學園にやってくる《転校生》は大概ワケありだからな。九龍も、こいつも、三ヶ月前のやつも。
「まあ、人それぞれに事情はあるものだ、そうだろう?」
探るなって事か? 自分は棚に上げて。
こく、と九龍が頷いて応じる。その姿を大和がじっと見ていた―――何を、探ろうとしてんだ?
「ああ、そうそう大和でいいぞ、俺は」
「!?」
「え? あ、う、うん」
何!? なんだ、あいつは!
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