昼寝同好会 会長



明かりが弱いため規模はハッキリとしないが、かなり広い部屋だった。天井の高さはそうでもない、広がっているのは足元へと向かってだ。深い影の海、そこから生える幾つもの巨大な掌。

その一つに飛び乗った葉佩が振り返り、注意を促す。
「ここ、足場が悪いようだから気をつけて」
「わかった! まかせて」
八千穂が続いて跳躍し更に先へと行くのを待ってから、俺は後に続いた。確かに飛び降りる先は少しばかりデコボコしているが、一つ一つの距離は大して離れていない。気をつけていればそうそう落ちないだろう。先に難なく反対側までたどり着いた葉佩が、そこに建っていた石碑を覗きこんでいる。

「……ここ、まだ何かあるかも」
「えっ何!?」
八千穂も、そろそろ対岸に辿りつきそうだ。

俺は少し広い足場に立ち、巨大な指に腰掛けながらアロマを一服。煙を吐き出し、ふと壁の方を見た。
「ん? なんか向こうにあるな」

呟いただけのつもりだったが、葉佩には聞こえたらしい、振り向いてこちらに向けて手を振る。
「わかった、今行くから!」
「おっと、戻るのね!」
「あっ、いや、八千穂は先に……」

その時―――2人は別々に、しかし動きはまるで写したかのように同じに、
暗い淵へと落ちていった。

「…………」
ふう……ともう一度アロマを吸う。それから、と火を消して、後に続いて飛び降りた。



飛び降りた淵は、もちろん本物の淵ではない。影になっていて見えなかったが、飛び降りてみればそこは斜面で、滑り台のようにずるずると下り、降り立つ頃にはずいぶんと狭くなっていた。通路ほどの面積になった底で、葉佩と八千穂と合流する。

「あっ、皆守クンも落っこっちゃったの?」

八千穂が両手をあげて歓迎のポーズ。どうみても無事だな。
「……下りてきたんだよ、一人で上に残されても困るからな」
もう一度アロマを取り出しながら周囲を見る。落下によって辿り着いた場所だが、通路は曲がって先に続いているようだったし、すぐ側の壁の両方ともに扉が付いていた。落ちた場所を這い上がる必要はなさそうだ。
扉の一つに葉佩が張り付いている、視線に気付いたのか立ち上がって振り向いた。
「戻れると思う、ただ……途中に何かある、かな」
すっと手が伸びてきて、触れる直前で止まる。
「少し下がって」
扉を開けるのだろう、右に武器を構えつつ左の手を扉に掛ける。
「大丈夫なら呼ぶから、待ってて」
すっと目を細めて中々に凛凛しい表情だ。八千穂も見ほれているようだ。
重い音を立てて扉が開き、身体を滑り込ませた。

わ! 

(わ?)
「葉佩クン!?」
とっさに八千穂を押さえる、が、その必要は無かったかもしれない。目の前で扉が不自然な勢いで閉まる、しかも単に閉まっただけでない。
(錠がかかったな)
耳を澄ます。
聞こえるのは銃声。敵か? すぐに静かになる。

再び扉が開いた。
「大丈夫だよー」
中から葉佩の声がして、飛び込む八千穂に続いて部屋に入った。
「葉佩クンッ!! 何があったの!?」
「ええと……さっきも見た敵が……ああ、もう倒したから大丈夫だよ」
「大丈夫って……」
まあ、他に気配はないようだし、確かに怪我もしてなさそうだ。
さきほどとは違い、どこかぽやっとした表情の葉佩、部屋の隅で大きな壺に手を突っ込んでいる。
「はあ……もう、急に扉が閉まるんだもん、びっくりしたよ!」
「うん、俺も」
すぽん、と壺から手が抜ける。

ゲットトレジャー

「あっ! 何か宝物?」
「……手裏剣?」
手裏剣だな……土産物屋ぐらいでしか見たことないぞ。重たそうで殺傷力もありそうだ……そんなもん、なんでこんな所にあるんだろうな? 
ぐるり、と部屋を見回してみる。他には何もない、小さな空間だ。
「もう一方の扉は開かなかったんだ、どうも仕掛は反対側にあるみたいで……通路を行こう」
葉佩が手裏剣をしまいながらの説明……ベストに収めたようだが、その瞬間がどうもよく見えなかった。
まあ、いいか。



先ほどの通路に戻って、先に進む。曲がった先は長い階段、そしてその先に扉が見える。どうやらこっちから上がれそうだな。
「じゃあ、大丈夫なら呼ぶから」
と先ほどと同じように銃を構えて扉に手を掛ける。そして先ほどと同じキリとした表情。

しかし今度は八千穂も見惚れたりはしなかった。
「待って!!」
怒ったような声とともに、腕を伸ばす。しかし、僅かに足りず、するりと葉佩は扉の向こうへ。
そしてまた扉が勢い良く動き出す。
「くっ!」
完全に閉まる直前に左手を伸ばして止めた。

「やった、皆守クン!」
「……いや……動かないぞ」
「ええ!?」

手で止めているおかげかそれ以上閉まらない、だがどういうわけか、それ以上開くことも出来ないのだ。細い隙間から見える光景だけ。

「げ!」
扉の先から聞こえる葉佩の声。
(げ?)
「はっ、葉佩クン!?」
隙間から見えるのは葉佩の背中。ざっと、跳ぶ様にして細い視界から消え、その後を白いものが勢いよく横切る。白い布のようだ。
「何々? 何が起きてるの!?」
「…………」
八千穂の問いかけには答えず、ちっと舌打。

ドオン

爆発音が響き、手にかかる力がフッと消える。
―――開いた。




かちかちかち……

仕掛け付きの扉に張り付いて、解除に没頭する葉佩の横顔を眺めながら、ゆっくりとラベンダーの煙を吐く。

(気に入らんね)

こいつは多分、扉が強制的に閉まることも知っていて、人を締め出したのだろう。強引についてきた自覚はあるので無理もないといえば無理もない。非常に、気に入らないが。
ついでに、それならそれでもう少し巧くやれ。
あの『わ』とか『げ』は演技か? 演技だよな?
(気に入らん……)
左の手で器用に仕掛けを外す葉佩の右の手を睨む―――さっきは右を使っていたくせに。
がり、とパイプを噛んだ。





もどる つぎへ





























  《宝探し屋》



今度は誰一人落下することなく、掌の並んだ部屋を抜けることができた。ほっと小さく息を吐くいて、H.A.N.Tを開いた。どうやらここは、日本神話―――イザナギ、イザナミの国生みの神話になぞらえて作られているらしい。仕掛けもそれに関するもののようなので、うろ覚えでは心もとない。H.A.N.Tの辞典に目を通す。ううん、便利だけど……もう少し欲しいな、七瀬は詳しいだろうか、教えてもらえるかな。

そっと後ろを振り返る。
(2人を無事に連れて、帰るから)
それがもう一つの自分の役目。

右腕を見下ろす。
最初の攻撃をよけ損ねた。包帯をとばしてくるなんて……ミイラ仮面。ミイラは怖いけどあの仮面はいいなあ。H.A.N.Tには化け物――化人の名前も登録されるようだ。あれは、殖? フユか、へぇ〜

内出血してそうだけど、これ位あんぱんでも食えば治るだろうし。
俺、あんぱんって久しぶりに見たんだよ、懐かしさに売店で見かけたときは感動した。 その直後、校務員と八千穂の衝撃のやり取りがあってそれも吹き飛んでしまったが……
ごそごそ、と今日の昼に買い込んでおいたパンを探る。
先に進む前に一休みしようかな……なんだか皆守は機嫌も悪いみたいだし。あんなに睨んでるし。きっと眠いんだろう、気の毒に。昨日から眠い眠いばっかり言ってたからなあ……成長期?
コーヒー、は無かったな、代わりに何か……

「……おい、葉佩」
ん?

顔を上げる。皆守は声をかけたものの、と、少し困惑したような顔で、口を閉じてしまう。
なんだろうね。
「水でもいい?」
「は?」
ミネラルウォーターを差し出す。結構冷えてるからスッキリするかも。出所は秘密だけど。
ここってバーなんてものもあるんだね、店はまだ開いてなかったけど。
目の前に差し出すと、困惑したような表情のまま受け取ってくれた。
それを見て、八千穂が駆け寄ってくる。

「ねえ、葉佩クン」
「焼きそばパンもあるよ」
「わ! ありがとう……じゃなくって!!」
え? 何?
「ねえ、あたしも戦うよ!」
……ホントに何?

「そりゃ……そりゃ《宝探し屋》みたいに戦えるわけじゃないけどさ……」
ああもう! と焼きそばパンを握り締めて手を振り上げる。
「だけど、なんていうか……閉まっちゃったら、もう! あれよ!」
言いたいことが言葉にならない、みたいだ。

「……一人で戦うな」

ぽそり、と皆守。
「そう! それよ! あたしたちも一緒にいるのに」
一緒にいるのに。
言葉を反芻しつつ、思わず目をぱちと見開く。
一緒に、いるよ? ちゃんと連れてく。
でも、戦う所は……
力が無い、と思っているわけじゃない。八千穂も、皆守も。
でも、
(コワイ……よね)
戦う所は見せたくないんだ。
いや、考えてみればもう見せてるんだけど。急に出て来るんだし。
初っ端がそうだった以上、これからも戦わずにすむはずも無い。分ってるはずなんだけど。


しばらくの間考え込んでいたようだ。気が付くと、八千穂も黙り込んでこちらを見上げているし、皆守も……
皆守の眼差しは、苦手だ。

―――何を、見てるんだろう。

ふ、と息を漏らす。
(単に、自分が逃げてたかっただけなんだろうね……)
力が無いと思っているわけじゃない、でも信用してなかった、んだ……

「わかった、でも最初に入るのは俺だから」
「うん!!」
ぱあっと八千穂の表情が輝く。
「えへへっ! パン貰うね! あ、葉佩クンは?」
他のパンを取り出して並べる。
「わ! すごい……でもどこから?」
八千穂は首を傾げつつ焼きそばパンを頬張る。
俺はパンの袋を開けつつそっと横を見る。皆守はまだ、じっと見ている。
見ているというか、睨んでいる……右腕を。

「…………」
(気付いてる?)

これは意地だ! 視線に負けるか! とあんぱんをぱくぱく。
おお! なんか記憶の中のものより美味しい! 
ずっと続いていた視線が食べ終わることにふっと消える。
手が伸びてきて、並んでいる中から、がさがさとカレーパンが引き摺られていく。

ほっ、と知らず息が漏れた。





もどる つぎへ





























  元《生徒会執行委員》



黄昏時、というのだろう。薄闇に包まれた人気の無い校舎は、人の世から時間ごと切り離されてそこにある。 単に比喩ではなく、この學園にはそんな場所が幾つか存在していた。

手元だけ見えるように、教室の半分だけ蛍光灯を灯す。寿命が近いのか、何度か瞬きを繰り返す白い光のもと、 まだ新しいグランドピアノは影に沈みまた浮かび上がる。

慣れた手つきでピアノのカバーを外しながら、なんの変化も無い静かな校舎へと意識をめぐらせる。
時間外に校舎に入るのは校則で禁じられている。
それが強制力を持つ厳格な規制であることを自分はよく知っている……それを取り締まる立場に居たのだから。

昨日の夜まで。

敗北した《執行委員》は、その任を解かれる……のだろうと思っていたが、今のところ誰か他の執行委員が咎めに来る様子も無い。 首をかしげながら、まあいいか、と思い直す。
今は目の前にピアノがある。


自分に異質な力を与えた《黒い砂》の後遺症か、《転校生》との戦いのためか…… 負った外傷自体は遺跡にあった不思議な井戸でふさがったのだが、体中が痛く、一日ルイ先生のお世話になっていたのだ。
横になったまま楽譜を胸に抱き、ずっと待っていた。


手馴れた曲を何度も奏でたあとに、昨夜取り返してもらった曲へと。
音は校舎中に響いているようだ、それでも誰も姿を見せないところを見ると、見逃してもらってるのか何なのか……

久しぶりに弾くピアノ、一度はじめてしまえば止まることも無く、指が踊る。
手が跳ねるたび、ぱたぱたと、涙が落ちて。

(姉さん)

胸の痛み。自分がずっと逃げていて、それでもやっと取り戻した痛み。

(姉さん……)
こうして、はじめて気付くことがある。

本当は、弾きたかったんだね、姉さん。
弾きたかったわ、まだ。
それから一緒に奏でたかった。
それから、それから―――

(ごめん、一緒にいるって、言っていたのに)
痛みと温もりが同時に胸を突き、涙は流れるまま頬を濡らす。


奏でる音を聴いてもらいたい
聴いて好きになってもらいたいんだ


ピアノの音が響いて行く。
闇に包まれた學園の中を。






もどる つぎへ





























  元《生徒会執行委員》



明るい日差しの差し込む音楽室。休み時間の喧騒も、特殊教室の並ぶ中央棟からは少し遠い。 取手が今弾いているのは次の授業で使うための曲で、隣に立つ八千穂は教科書を開きながら必死な表情。 一曲終えて、もう一度。今度は譜面から目を離して聞き入っているようだった。


「ずっと弾いてるんだ」
「そうだね……今は」
こうしてピアノと向き合えることが凄く嬉しい。

「あの演奏もよかったもん、授業でいきなり現れたときは驚いたけど」
「うん……彼もあんな表情するんだね」
授業でピアノを教えたい、そう音楽の教師に頼み込んで、彼らの授業に呼んでもらったのは昨日の事だ。 扉を開けて教室に入った瞬間のことを思い出す。
「彼って九龍クンのこと? 結構いろんな表情するよ?」
「そうなんだ……」
「うん、遺跡でもよく。石版見ながら、ええと……七面そう?」
……鳥?

「仕掛けを解いたときは嬉しそうだったし、皆守クンが寝てるの見たときは怒ってたし
や、あたしも戦闘中にいくらなんでもと思ったけど ……あれ? でもその後不思議そうな顔もしてたなあ」
「ふうん」
思い浮かべるのは、あの部屋での彼の姿。


僕は、彼が怖かったけど
これは隣に立つのではなく、対峙したからこその感情なのかもしれない。
怖かった
容赦無く撃ち込まれる銃弾、鋼の刃を片手に バネ仕掛けの機械ような勢いで飛び込んで来た姿。
《黒い砂》によって強化された身体はそれに耐えたとはいえ、 抗うことも出来ないまま力を削ぎ落とされるあの間には、恐怖しかなかった。 怖かった、でも捕らえられたまま動けなかった、あの時間。



「あっ来た来た! もう、あんまり図書室の前でさわいじゃダメじゃない」
教室前の廊下から声がする、彼と……もう一人は皆守君? 音楽室に来るなんて珍しい。


「そういえば、九龍クンが転校してきた日も、取手クンに会ってるんだよ」
「え?」
「と、言ってもねえ、音楽室からピアノの音が聞こえてきて、2人で覗いただけなんだけどね」
あごに手を添えて考える八千穂の言葉に、どくん、と胸がなる。
ぼんやりとピアノを眺めていた自分の姿を、今になって思い出す。無意識のまま鍵盤を叩いたことも。

「どう、だった……?」
「幽霊かと思ったんだけどね」
「ゆ、ゆうれい」
「九龍クン、気にしてたよ〜」


がらり、と音を立てて音楽室の扉が開く。
葉佩君と、引き摺られるようにして後に続く皆守君の姿。

「俺の、貴重な昼寝の時間を――」
「音楽の時間」
「はあ? 休憩時間だろうが」
「でてたら、良かった」
「何がだ? 補習でも頼まれたのかよ、暇人が」
「補習ならあってもおかしくないって、自分でもわかってるんだよね」
ぽそ、と八千穂が口を挟む。
「補習もするかい?」
「取手……」
元気そうだな、と睨みつけるように見上げて、ちっと舌打ち。
「……っ! お前も、無言で訴えかけるのはよせ!」
くるりと振り返って葉佩君に詰め寄る、葉佩君は詰め寄られながら、すとんと最前列の椅子に腰を下ろす。 皆守君も、結局、その隣に座り。八千穂さんは反対側の席へ。

「聴いて……くれるかい?」
こく、と葉佩クンが頷いて笑う。

「もちろん!!」
「俺は寝るからな……」

鍵盤に手を添えた。





もどる つぎへ