《墓守》
そこは暗い部屋だった。
時刻からいえば闇の領分ではないが、
朝の訪れを拒むかのように、二重に敷かれた厚いカーテンが外の光を遮断する。
部屋の中央に置かれた巨大な木製のテーブル、その傍らに立つランプの灯りだけが、精緻に模様を刻んた厚いガラスを通して光を投げかけ、複雑に反射していくつもの影を作る。
影と光が入り混じる中に身を落として、ようやく安らぐとばかりに寛ぐ者たちの、暗い部屋。
ずず〜
「はあ、やはりここで入れて頂くお茶はおいしいですね」
「これで寮の給湯室にあるお茶の葉と同じだって言うんだから……なにが違うのかしら」
「お茶うけに、ういろうでもいかがですか? 部の後輩から貰ったのですよ」
ぷる
「……ああ……」
「ぐう」
「そうそう昨日のことだけど、黒板消しがダース単位で届いたらしいわよ、校務員からの伝言」
「なんだか機嫌がわるいですね」
「うふふふふふ……引っ掻いたら、ちょっとマニキュアが剥がれちゃって」
「あの人も懲りないといいますか……」
「……大丈夫か……」
「まあ! もちろんですわ!」
「しかし、黒板消しがこうも大量に無くなるというのは……困りましたねえ」
「ZZ」
「やはり、ほかに侵入者がいるようです」
「例の《転校生》の話……じゃあないのね」
「ええ、そっちじゃなく、あちらの方ですね」
「あちらの方……」
「彼岸の方、ですよ」
「そ、そうなの……」
「やはり、時間外の校舎への立ち入りの取締りを強化したほうがいいでしょうね」
「……うむ……」
「ZZZ」
その時、扉の向こうから こーん と高い音が響く、それは三度続いて、扉が音も無く開く。
「失礼します、坊ちゃま」
光が一筋さしこむ。くっきりとした影が伸び、一人の落ち着いた雰囲気の執事が、部屋に足を踏み入れた。
「屋敷に、侵入者です」
「…………」
正面に座る男は、ただ目線を向けただけだった。
左右の隣に座っていた男女二人が、がたり、と音をたてて立ち上がる。
「まあ正確には、屋敷に侵入する前に、帰られたのですが」
「そう、か……」
「阿門さま!」
「放っておけ」
「かしこまりました」
執事は、ゆっくりと綺麗な形に身体を折った。
「……楽しそうだ」
「おや、気付かれてしまいましたか」
隅に置かれたソファに身を沈めた男がもう一人。
「……なにやってるんだ、あいつは」
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《宝探し屋》
俺も、まだまだだなあ……これでも遺跡探索の経験はあるつもりだったけど、
こうして一人の《宝探し屋》となってみると、遭遇する出来事の一つ一つが、
考えもしなかったようなことばかりだ。
―――テニスの硬球が、化人をまとめて粉砕するのをこの目で見た。
そういえばテニス一緒にどう? って誘われてたんだった……
(もう少し、修行を積んでからにさせて下さい)
ダンッ、と右腕に衝撃、同時にH.A.N.Tが敵影の消滅を伝えた。
消滅した化人から立ち上る白い光。その光の吸い込まれていった天井を見上げながら、銃を下ろす。
最初に入ったときに怪我を負った相手だ。同じ部屋、同じ敵。あの光は同じ所を廻り続けるだけなのだろうか。
―――はじめて自分の裁量で受けたクエスト
まさかお礼の手紙まで貰えるなんて。
(展覧会って何処であるんだろう、行ってみたいなあ)
ロゼッタ協会の情報局から、解析して送られてきた、クエストの文書を確認する。
『朽ち逝く壁より、過去へと廻らん』……朽ち逝く? ええ? ひょっとして、まだ隠し部屋があった?
―――たとえば早朝。ちょっと偵察、できれば探索でも、と向かった大きな館。
(なんか凄く怖いものが居た……)
バディに断ってからパルスHGを投げる。壁が崩れて奥にあった空洞が口を開く。入る前に立ち止まって、
壊れた壁の前でぐるりと回転。あ、しまった、これじゃ逆だ。
「……なんだか、張り切ってるな」
バディである皆守甲太郎が、眠そうに壁に寄りかかって片目だけ開けてこちらを眺めながら、声をかけてきた。
向きを変えて回転しながら、片手を上げて応える。そろそろ休憩しようか、今日は調合に励んでみました。
「そう、チョコスコーン!」
「ん? ああ、休むのか」
そうそう。やっぱり一緒にお茶が欲しいね。
「カレーパンは無いのか?」
ああ、甘いのダメとか? でも持ってきてたっけな……
アサルトベストの道具を確認する。おおっ、一個入ってた。差し出しすと、寄りかかっていた壁から離れて隣に座った。
紅茶の香りの代わりに、煙とともにあたりにラベンダーの香りが満ちる。
もうすっかり慣れて馴染んできた香りに包まれながら、スコーンを頬張り、
口を動かしつつ片手でH.A.N.Tを開く。これまで新に追加された情報を確認し、
今日一日を振り返り……あああっ!!
「『辛さを求めん』……だった」
「何がだ?」
「クエスト……」
「クエスト?」
そういや、皆守には説明してなかった……?
説明もなしに何度も遺跡連れまわして、悪かったな……
は! 今までクエストやってる時って、傍から見て結構謎!? おかしな奴だったか!?
「いや、何か目的があってやってるんだろうってのは解る」
「よかった」
ほうと息を吐く。皆守にはちゃんと説明をしよう、話せる限りのことは何とか、解りやすく……
「『十二の巨人の庭 夕闇の扉より 辛さを求めん』」
「なんだいきなり」
「クエスト。場所が合っていて、そこで最後の文にあたる行動をすれば……」
「すれば?」
「《宝》が手に入る」
「へえ」
「そう――タコ焼きが」
「…………」
ふう、とアロマを吸う皆守。
「説明されたほうが、わけが解らない気がするんだが……」
一度《魂の井戸》まで進む。緑の光が満ちた部屋で、井戸の前に立って部屋においている道具をさぐる。
う〜ん、カレーパンがもう無いな、カレーライスも……ああ、穀物はあるから調合するか。
背後で眺めていた皆守が、九龍が手に持ったものを目にして声を上げ、その腕を掴んだ。
「おい! そりゃ俺のカレーだろうが!」
「ゲットレ」
「窃盗だ!」
ぎりぎり、と手にこめられた力が増す。
「あのなあ……いや、確かに宝は宝だろうが……」
掴む力が緩んだ、ふう……
「ただでさえ遺跡に勝手に入ったりしてるんだ、これ以上いらん面倒を起すんじゃない」
腕を掴んだまま皆守が続ける。
「不法侵入は止めろ、不法侵入は」
「でも探索が」
ぎゅううううう
「……控えます」
『止める』とは言えないけど……ああ、これ手形が付いてる、絶対。
「でも、これは使わせて」
「仕方ないな」
そう言って手を離す。
穀物にミネラル水に〜 カンパウーン
皆守印のレトルトカレ〜 カンパウーンド
H.A.N.Tの音声が響き、カレーライスが完成!
「ちょっと待て、今何をやった?」
何って調合じゃないか?
皆守は不思議そうな顔をして見ているので、俺も首を傾げてしまう。
「……見た目は普通の、カレーだな」
あ! ちょっと!
ぱく
ぎしっ、と皆守の手の中でスプーンが音を立て少し曲がった。
お、おい?
「こ、これは……さっきのレトルトカレーか!?」
詰め寄られて、こくこく、と首を縦に振る。
「いや、レトルトか……しかし……」
ぱくぱくぱく
あ〜……
結局、クエストは後日に持ち越されて……
何故か皆守のカレーだけは、完成品を渡すことを条件に貰えることになりました。
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サボリ同盟 盟主
「皆守と、授業に出る」
―――何を言ってるんだ、お前は……
もちろん、誰が一緒だろうが授業になんか出るつもりは無い。
休憩時間だというのに、八千穂の強引さに巻き込まれて図書室行きとなり、七瀬の講義で時間が潰れた。
冗談じゃない。不機嫌さを顕にした態度でその場を立ち去り、屋上で寝るかと階段に向かう。
……なのに、隣にいるし。
横目でちらと見れば、九龍の暢気そうな表情が目に入る。
文句でも言おうと口を開いたところで、人の気配を感じてさっと閉じた。九龍の視線が、俺の背後へ移る。
振り返りつつも相手が誰なのかは既に気が付いていた。知った奴だ。
「葉佩君」
「取手!」
ああ―――違う。
横に避けつつ取手を見る。顔色は悪いし、丸く曲がった背中は既に身に染み付いているのだろう、
相変わらずの様子で、大きな手に顔を隠しつつ恐る恐ると口を開き―――
そこからこぼれ出る声が、違う。
呼びかけて近づく九龍に、取手があせったように右の腕を突き出した。
「君に、これを渡そうと思って」
チャリン、と音が鳴る。長い腕の先に、白く飾り気のないプラスチック製のプレートの付いた鍵がぶら下がっていた。
「鍵!」
「僕が管理している音楽室の鍵だ」
「管理?」
「うん?」
「開けるのか」
「閉めてもいいけど」
取手がその手のひらに鍵を落とす。九龍はそれをじっと眺めて何事か考えている様子。
「それを使って、いつでも音楽室に遊びに来てくれればいいよ」
「……!!……わかった!」
「よかった」
「いつでもなんだ!」
「うん……うん!」
「ありがとう、取手」
「そんな……いいんだよ」
なんだろう……ちぐはぐな会話のくせに、花でも飛んでそうな、この目の前の空気は……
「取手、お前もう身体のほうはいいのか?」
「あ! うん」
取手が、驚いた様子でこちらを向く。
俺がいることは忘れてたようだが、身体の調子はいいらしい、ピアノを弾くのが楽しいと告げる、その声の一つ一つから喜びの感情が溢れでて、取手は満開の笑顔。
この様子なら保健室でもう取手を見ることも無いだろうと思ったが、
まだルイリーの心理療法を受ける必要があるとかで、保健室通いは当分の間続くらしい。
それでも、はっきりとした声で別れを告げ、階段を上がっていった。
「自分の過去と真っ直ぐ向き合う、か……」
思わず、声に出して呟いていた。
顔を向けるとこちらを覗き込む九龍と目があった。そっと顔をそらす。
「あいつは……お前のおかげで救われたんだろうか」
「皆守、俺じゃなくて……」
なくて?
「うぎゃ!」
うぎゃ?
「石の匂いがするよ〜」
急に声が上がる。
反射的にだろうが、九龍があわてて俺のほうに逃げてきた。陶酔した様子でその後を追い、九龍の背中に顔を寄せては抱えた石を撫でる男子生徒。怪しい。
何もいえなくなるほど、怪しい。
おもわずあっけに取られしまったが、九龍の背中から現れた、そいつの顔には覚えがあった。遺跡研究会の―――そんな同好会の存在自体もどうかと思うが、そこのメンバーは相当な変人だったはずだ。メンバーといっても部長一人だけだが。いや……最近もう一人増えたんだったな……そいつは相当な物好きだと思うぜ、なあ? 九龍。
「く、黒塚部長!?」
「僕の知らない石の匂いがするよ〜」
「石の匂い!?」
「ああ、未知の石たちの面影をいくつも感じる……君を捕らえて離さないようだね」
「石の面影!?」
「一体……どれほど石まみれでいたというのだろう、
石と戯れる君の姿がなんと眩しく瞼に浮かぶことか。恨めしい」
「恨めしい!?」
「僕の知らない素敵な秘密の石スポットで……ああ! なんてことだ」
透明のケースに入った石を抱えて、激しくショックを受けている様子。
「だが僕は負けないよ!」
そして即刻立ち直った様子。九龍……お前もいちいち答えてんなよ。
「おい……」
行くぞ、と続けようとしたところで、黒塚が九龍にずずい、と寄る。
近くないか? 右手で九龍の手を取上げて握り締め、石を持った左手を差し出さす、何故か九龍はそれを空いた方の手で支えた……だからいちいち付き合うなって。
「やはり、君は石とともに歩むべく導かれし人なんだね」
どこへ連れてくつもりだ。
「君に紹介したい石がいるんだ」
なんだ部室へか。
「一人で行け!!」
九龍を掴んで引き剥がす。
「おっと、石が」
落ちそうになった石を支える黒塚。放っておくことにして、さっさと階段を上がる。あっけに取られたまま、ただ引き摺られる九龍。
「ふ〜ん……そう」
背後から黒塚の声。
「まあ、これから授業だもんねえ」
「……授業」
「…………」
―――冗談じゃ、ない。
九龍を掴んだ手を離すタイミングが解らないまま、階段を上がった。
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