《宝探し屋》



無色透明な液体の中を微細な泡がいくつも、いくつも昇っていく。
グラスを掴む。冷たい。一気に傾けて喉へと流し込む。

「げふッ」

げほげほげほげほっ

炭酸一気飲み。
咳込むと両目がじんわり潤んでくる。



皆守と喧嘩した。
八千穂とも。
―――取手を苦しめると分っていて、俺はこれから《墓地》に行く。




それが助けになるのだと、言えないくせに。
皆守の言うとおり、助けるも助けないもなく《墓地》に行くのだ、《宝探し屋》として。
そして、あそこは―――危険だ。
ロゼッタ協会でも、その危険の内容も予測しているのだろう。送られてきた武器を見る。
危険だ。
昨夜墓地で穴を覗き込んだときの予感と、取手から感じた不安とが重なる。

ぱんっ

両頬を叩いて気合をいれ、床の上を見る。
學園内を回って入手した《宝》が散らばっていた。
「行くか」



『君たちでは、僕を救うことは出来ない』
(取手……)
昨日音楽室で見た姿が重なる。



そのときメールの着信音が響いた。



H.A.N.Tを開く。皆守からのメールだった。
読んでから、ひどく戸惑う。戸惑うと同時に、自分は迷っていたのだと気付く。
H.A.N.Tの画面を眺めて、知らず口元がカーブを描く。
八千穂も、皆守も、
(いいやつ、だ)






窓からロープを伝って降りて行く、月は雲に隠れ辺りは暗く、 黒い姿は音もなくするすると。
軽やかに地面へと降り立ち、両足で踏みしめて息を吐く。

「よぉ」
「!!」

振り向く、男子寮の壁に寄りかかって皆守が立っていた。

「誘えって言わなかったか?」
「…………」
誤魔化そうかとの考えが過ぎるが……無理だ。
「一人で行く」
考えをそのまま告げた。皆守の眉間に皺が寄る、う……その目、苦手だ。

「ふん……」
皆守の動く気配。かち、とライターの音がして、その炎が思うよりも大きく辺りを照らす。
煙を吐き出しながら、皆守が一歩寄る。
「まあ、お前は最初からそれが目的だ。そもそも関係ない、か」
「ああ」
真っ直ぐ目を見返す。ラベンダーの香りにくらくらする、く、と口を引き結んで耐えた。
(ごめん、皆守)



「行くぞ」
「え!?」
「お前が勝手に一人で行くなら、俺は俺で勝手に《墓地》に行く」
何!?
「先に降りてるぞ」
な、何言ってるの!?
「まっ、待って!」
「待って欲しいのか?」
こくこく、と頷く。
「じゃあ、待っててやる」
そっか、それなら……んん? 
「《墓地》でな」
「危険なんだ!!」
唐突だったか? でもあせってたんだ、大きな声が出る、腕を掴んで止めた。 皆守が俺の顔を見る。
そのまま何も言わずに、じっと見つめて。何言ってるんだって顔。
な、何? それからふっと表情が消えて、また戻る。
「え?」
「いや、そうだな……一緒に行ったほうが危険がないって?」
「それは俺の言い……だ、から……」
「二人で行くなら、その分用意があるだろ? もう一回準備して来いよ」
と掴んでいないほうの手が伸びてきて、とん、と二本の指で額を押す。

…………

「心配すんな、ちゃんと待っとくから」

掴んでいた手もずるりと落ちる。あああ……呆然としているうちに皆守が行ってしまう。
揺れるロープを見上げた。




「あっ来た来た」
「八千穂……」

《墓地》に来ると、皆守だけでなく、八千穂の姿もあった。 皆守を見るとアロマをふかしながら答える。
「俺が来たときにはもう来てたんだよ」
「先に下りるのは止めといたんだから」
「先に……下りる……?」

くらり

「何があるか分らないんだぞ、《宝探し屋》の案内無しに下りるのは危険だろうが」
「……皆守……」
わ、分ってるなら……
「あたしも、じっとしているなんて出来ない!」
八千穂ならどうするかぐらい、ちょっと考えれば想像つくことだった。顔を見る、真っ直ぐな眼差しが俺を見上げていた。
正直、変わらない八千穂の態度に安心してもいる。
「わかった」
頷けば、八千穂の顔がぱっと輝いた。



「しかし、前にもまして変な格好だな」
ロープを設置している俺の横で、作業を眺めながら皆守が言う。
「……なんだ、それは?」
皆守が差したのは首から提げたアクセサリーの事のようだ。 今は背中に回して、後ろでぶらぶら揺れている。
「皆守クン知らないの? あれは『てるてる坊主』って言ってねぇ……」
「それ位は分かる、何でつけてんだって話だ!!」
「だから、明日晴れますようにって事じゃない?」
「なんでだよ!」
違う、これはお守り……一応の効果も確認されているんだぞ? よっ、と準備オーケー。

「あげる」
まだまだ作っといたから、2つ取り出して両手にぶら提げ、2人に差し出した。
「わぁ、結構よく出来てるぅ。ティッシュ製?」
皆守は見ただけだったが、八千穂は受け取りラケットケースに付けてくれた。
……ラケット?
「ん? これで化け物が出てきたら、戦おうと思って」

くらえっ、え〜い!
ビュオッ

こちに向けて素振りでスマッシュ。あ、あれ? なんだか衝撃波が……
「……なんだか、帰りたくなってきたな」
呆れた様子の皆守だが、俺は昼の売店での出来事を思い出し冷や汗が流れるのを感じていた……



ロープを伝って先に降り、遺跡の中へと降り立った。
光源が分からないのが不安だが、中は灯りの不要なほど明るかった。H.A.N.Tが 情報を収集するのを聞きながら、辺りを見回す。

「うわァ……」

思わず感嘆の声が漏れ、我に返る。ぎゅっとロープを握りなおした。
ここからでは端も天井も見えないほど広いのだ。 大きくそびえる石柱たち、倒れたものもあり崩れたものもあり、 それらが空間いっぱいに複雑な形状を作り出している。振り返れば階段、その先に石の鳥居。 そして正面には石を彫って飾られた綺麗な扉があった。その扉の上に腰掛けるようにしてそびえる巨大な石の像。胸いっぱいに息を吸う、遺跡の匂い。軽い酩酊。
確かに、これは石の匂いかも……黒塚部長の顔を思い出し、 思わず微笑む。その時。

「きゃあぁ!!」
「!?」
八千穂! 
滑り落ちてきたところを、潰れそうになりながらも受け止めた。か、辛うじてだけどね。


「急にロープを揺らさないでよ!」
「ちゃんと受け止めてもらっただろ?」
するすると下りて来る皆守と拳を振り舞わして叫ぶ八千穂を見ながら H.A.N.Tを操作。
バディは2人、と
さて、行きますか。










もどる つぎへ






























  テニス部 部長



今のっ、今のっ信じらんない! でも現実なんだ、信じらんない!

墓地の下に隠されていたのは、洞窟などではなく人の手による巨大な建造物―――《遺跡》
そして、宝箱から出てきた道具を手に仕掛けられた謎を解く《転校生》―――《宝探し屋》
想像したこともないような化け物が銃声とともに消滅するのを見た。

「うわあ!」
この興奮を分って欲しい! と横を向くが隣に立つのは皆守甲太郎。
「も〜う、もっと驚いてよ!」
「……驚いてるさ」
目蓋を半ばまで下ろしながら答える。ぷかり。
ラベンダーってこんな匂いだったんだ……眠そうな様子でアロマパイプを吹かすクラスメイトを眺める。 皆守クンは皆守クンだなあ……放課後はちょっと驚いたけど、 でもここまで来たって事は取手クンのこと心配してるって事だよね?  あ、ひょっとして葉佩クンのこと気になってるとか?  今朝も葉佩クンのこと聞かれたし……思い出して少しへこむ。
「ちゃんと秘密にするつもりだったのに……」


『よぉ』
『えっ!? み、みみみ皆守クンっ』
『そんなに動揺すんなよ』
『いや、誰も動揺なんて……ええと昨夜はどうも……って事も無くって、なんか早いねっ、今日は真面目に授業出るんだ』
『これからマミーズだ』
『そ、そうなんだ』
『そういや昨夜のことだが……』
『知らないよっ!』
『……墓地の近くは危ねえぞ……て』
『あ……い、いや今のはなんでもなくって』
『……あの転校生が一緒になったから、まだしも……最初は一人だったようじゃないか』
『うん、それは偶然なんだけどね』
『偶然? 七瀬の話がどうとか言ってなかったか?』
『え!? つつつ月魅!? あ、昨日か、そう、昨日は2人で聞いたんだ』
『……なあ……八千穂……』


「う〜ん、皆守クン鋭いなあ」
「八千穂」
「え!? あ、吃驚した」
呼ばれて顔を上げる。葉佩クンと皆守クンは少し先で向き合って何か話をしていたようで、今は顔だけこちらに向けていた。葉佩クンが心配そうな顔でもう一度名を呼ぶ。
「八千穂」
「はいはいはいッ! 今行くよッ」
「八千穂……聞いてなかったな」
皆守クンの呆れたような声。
「離れてくれって話だったぞ」
「え!? な、なんで?」
「壁を壊すから」
さらり。葉佩クンがなんでもないことのように言うので、なんでもないことのような気がする。
「えっと……なんで? っていうかどうやって?」
「……最初ッから聞いてなかったようだな……なにぼけっとしてたんだ」
「そのとおりだけど、何よッ!」
「空洞があるみたいなんだ」
葉佩クンが説明しながら差し出した手元を見る、さっきから時々見てたやつだよね、携帯よりも大きいけどノートパソコンよりは小さい。
「これはH.A.N.Tって言ってハンター用のパソコンみたいなもので探索や戦闘の補助もしてくれる」
「へえぇ〜」
「で、これによると、この奥に部屋があるようなんだ」
この奥、と示されたほうを見る。古い石の壁はひびわれていたが簡単に壊れてくれそうにはない。
「爆弾投げるから」
あわてて距離をとった。


耳慣れない爆発音と衝撃、もうもうと広がる砂埃、砕かれ小さくなった石の壁ががらがらと音を上げて崩れ落ちているただ中を、するりと大きな体が滑りこむ。
ホントに部屋があった……か、隠し部屋ってこと!? 部屋の奥から葉佩クンが出てくる、手に何かを持って――あれが宝! きょろきょろと辺りの壁を見回す。他にもあるかもしれないんだ。

「隠し部屋って結構あるの?」
「遺跡によっては。怪しいところはH.A.N.Tが教えてくれる。さっきの壁も、反響音に異常があるって……H.A.N.Tでなくても音とか空気とか、あと大まかでも構造が分ってれば……」

丁寧に説明するのを聞きながら、その顔をじっと見つめる。葉佩クン、宝探しのことなら結構話すんだ。もっと聞いていたいような綺麗な声。秘密を知ったからこそ見ることの出来る《宝探し屋》としての姿。昨日の秘密こそが大きな宝だったんだ、という思いが湧きあがる。
嬉しくなって自然に顔がにやける、そのまま見上げると怯んだような葉佩クンの顔。
「よ〜し! あたしもやるよ!」

「こんな時間に元気なやつだな、ああ任せる……で、俺は休ませてもらうぞ」
ふあぁ、と欠伸しながら皆守クンがいう。
皆守クンこそ……何でこんな状況でダルダルなのよ!







もどる つぎへ