国語科教師



出席簿を手に職員室を出る、今日の一限目の授業は3年生のクラス。先ほど一階まで降りてきた階段を、また3階まで上る。
部活で鍛えた脚力にはまだまだ自身がある。実際持ってていい。思ったよりもずっと早く着いた。あまり早く教室に入るのもどうかと思い、階段を上がりきったところで速度を落とす。

「あら、あれは……」

転校生の葉佩くん? どうしたのだろう、一人で立ち尽くして右手を眺めている。 そこには片手に余るほどの大きさの石がひとつ。
「どうしたの?」
声をかけるとこちらを振り返る。昨日は掛けていなかった眼鏡の奥から、呆然とした瞳をこちらに向けた。
「大丈夫?」
はっと少し慌てた様子、それから、にこりと笑み。あら。
「貰ったのです」
「その石を? ああ!!」

思い浮かぶのは一人の生徒。教師の間でも有名人。

「私は貰ってないのよ……」
どころか、まだまともに授業に出てもらっていない。
「だんだんと、學園の雰囲気にも慣れてくると思うわ」
私自身も今学期から赴任したばかり、初日の緊張感はまだどこか抜けきらず、未だ馴染めない所がある。赴任してくる教師が多いというのは本当のようで、非常に手際よく引継ぎが行われ、どのクラスもスムーズに授業が進んでいる。でも……本当に齟齬や問題は生じないのだろうか? 他の教師からも生徒からも何も言われないが……

「雛川先生?」
「あ……そうね」
慣れるには色々話をするのがいい、色々な人と。
「昼休みは職員室にいると思うから、何でも私に相談してね」
私もがんばらなくては。
「こう見えても高校時代はラクロスをやっていたから力だってあるんだから」
「ラクロスですか?」
「今度見てみる?」
右手を握り締めて力こぶを作りながら葉佩君を見上げる。
「C組、次は理科室だったかしら?」
「あ!」
「遅刻しないようにね」
「はい……」
こく、頭を下げてから入れ替わりに階段を下りていく。



「あら? 黒塚君……何処へ行くの?」
「ラララ〜っと、おや」
「D組、次は古文よね」
「石にまつわる話なら」
うっ
「……探しておくわ……次に、なるけど」
「フフフッ、まあ今日は出席しますよ。では、これを」

石を入手した。






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  昼寝同好会会長



授業終了のチャイムが目覚まし代わり、頭をかきつつ体を起す。 教室で寝た場合、首や腰がつらいのがな……やはり保健室か。
(ああ、眠)
昼休憩に入った生徒たちのざわめきのなか、あくびをひとつ……ふたつ。
机の上にはもとより何もなく、片付ける手間もなしにそのまま廊下に出ると、転校生の姿が見えた。携帯にしては大きい端末を開き―――それから、ゴン! 窓に額をぶつける。何をやっているんだ?

「よォ、転校生。どうだ授業は楽しいか?」
問いかけると、ぱっと笑った。
…………? よくわからんが、つまんないって事はなさそうだな。 まあ、訊きたかった事はそれじゃあない。
「そいうや、八千穂から聞いたんだが―――

お前《宝探し屋》なんだって?」
ガッターン!!

派手にこけたな。
反応の激しさに驚いて、おもわず見守ってしまった。 秘密にしときたかったことなんだろうしな。の、わりに隙があるというか……今ので注目されてるぞ?
「八千穂にバレたのが運のつきだったな」
手を突いて這ったまま、こちらを見上げてくる。ずれた眼鏡といい、情けない顔だな……俺がいじめてるわけじゃないだろ。
「ま、お前が何であれ俺には関係のない事さ、誰にも人にいえない秘密のひとつやふたつあるもんだ」
段々と表情が輝いてくる。どうでもいいが早く立ち上がったらどうだ?
「俺はそいつを誰かにしゃべる趣味はないから安心するんだな」
「ありがとう」
……面倒ごとがごめんなだけだ、全く。
思ってたより単純なやつ。こっちは楽だが……大丈夫なのかね。
「まァ、そんな事より、お前ら今日も《墓地》に行く―――」

女の悲鳴が響き渡る。
転校生と顔を見合わせた後、窓の外を見る。あの大音量は二階から……
「音楽室のほうからだな」
俺がそう言うが早いか、転校生は跳ねる様に立ち上がりそのまま走り出す。後を追った。



音楽室近くの階段の踊り場で、しゃがみ込む女子生徒の姿。 

「おい、どうした?」
「お……音楽室に……」

後は震えに紛れて言葉にならない。信じられないものを見た、そんな顔だ。
音楽室の扉は半ばまで開いていた、暗い、中に何が―――

するりと隙間から中へ入った転校生の後を追う。
教室が暗いのは厚いカーテンの所為、それが一ヶ所だけ開いており、風に揺れている。から、と後ろ手で入り口を閉めた。
誰か倒れている。
床に散らばる長い髪、そして制服から女子生徒だと分る。その傍らにしゃがみ込む転校生の姿。
転校生が手を伸ばして額に触れ、長い髪を払うと青白い顔が現れる。下級生だな、二年か?
「助けて……」
意識はあるな。
転校生が背中に手を回して助け起すので、俺は正面に回って覗き込む。そして目に入ったものにハッと息を飲む。

「手が……あたしの手が……」

手が、干からびていた。
濃い茶とも紫ともつかぬ色の乾いた皮膚が、皺をいくつも刻んで骨に張り付いている。まるでミイラだ。
「何があった?」
「誰か、音楽室にいて……あたしに飛び掛ったと思ったら、突然そこの窓から逃げ出して」
「この窓から?」
開きっぱなしの窓を見る、二階だぞ?
「ううッ」
小さく体を丸めて呻く。
「どんなやつだった?」
意識があるのだ、見ているはずだ、何かを。何を見ているのか―――それを聴き出したかった。
だが、ひたすら首を振るばかりだ。
「わからない……わからない」
「思い出せッ、どんなやつだった?」
もう一度強く問いかける。
しかし、ガタガタと震えながら何度も首を振る……しかたない。
「おい転校生、とりあえずこの女を保健室に運ぶぞ」
そういうと転校生はひとつ頷き、一旦少し体を離した。

「……どっから出したんだ」
赤い大きな布。干からびた手を隠すようにして女子生徒の体に掛けてやったかと思うと、 両手で抱き上げた。
思わずぽかんと眺める。驚いたというか……あれは、所謂お姫様抱っこってやつか?  危なげなく、というか、なんと言うか、様になっているのも意外だ。

はっと気付いてあわてて扉を開けてやる。先に外に出ると人垣が出来ていた。
ざわめきが、俺の後から出てきた転校生が目に入った瞬間ぴたりと止まる。
側に立ってたやつに保健室に連れて行く旨を伝え、階段を下りる。半ばまで降りたところでどよめきが降ってきた。
振り向くと、転校生は驚いたような顔で見上げ、首をかしげていた。
いや……お前の所為からな。






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  昼寝同好会会長



保健室の扉を乱暴に開く。
「おい急患だ、いるのか、カウンセラー?」
返事がない、だが扉が開いたということは誰かがいるのだ。室内に足を踏み入れ、見回す。衝立に仕切られた向こう側か、ベッドを仕切るカーテンの先か……
ソファを乗り越えて奥へと向かおうとすると、カーテンの一つがざっと開き、大きな体がゆっくりと出てくる。
「……そこを、どいてくれ……」
静かな声。女生徒を抱えたままの転校生が、声に応じて入り口から俺のほうへ避ける。
「君は……誰だ?」
静かな……というよりも、あまりにも精気のない声だ。
「ハバキ クロウ」
転校生が、名乗る。そう―――ハバキ、葉佩 九龍。心の中でそう繰り返す。

「なんだA組の取手じゃないか、 また保健室でサボってたのか?」
取手は保健室でよく見かけるので話をしたことがあった。
バスケ部に入っているらしい、確かに背は高い。180あるだろう転校生―――葉佩よりも更に高いしな。だが、俺が知っているのは、この保健室で青白い顔をして辛そうに座っているか、ベッドに横になっているかだ。今も背を丸めてうつむいた姿は実際よりも余計に小さく見える。
葉佩がこちらを見た後、そんな取手の顔を覗き込んだ。
「保健室仲間?」
「僕は別にサボっている訳じゃないよ」
ふっと取手が視線を外す。
「最近割れるように頭が痛くなるんだ、気を失うぐらい激しい痛みがして」
気を失うぐらい? それは……

「僕は3−Aの取手 鎌治」
「取手、鎌治」
葉佩が口を開き、こくん、と首を右に倒す。
「A組!」
「うん……」
取手も同じ方向へ首を傾け……ってマイペースな奴らだな。

「そういえば、気になっていたんだけど、その女の子……どうかしたのかい?」
そうだった。俺もペースに引き摺られるところだったぜ。
「新たな犠牲者さ。前回の《墓地》で行方不明になった男子生徒に続いてな」
新しい怪談話がしばらくは學園を廻るだろう。この女子生徒はおそらく―――いや、違反者だな。
いまは葉佩の腕の中で身じろき一つしない。

「それじゃ、僕は行くよ」
すっと扉から出て行こうとする取手の背に声をかける。
「たまには屋上で太陽にでも当たれよ? お前顔色悪いぜ?」
ちら、とこちらを見た後、うなずいたのかうつむいたのかよく分らない仕草をして、ゆらりと去っていった。

「……大丈夫かよ」
確かに保健室でよく会うわけだが……あんなに調子の悪そうなのは初めてだぜ、っても詳しく知っているわけではないが……
「ううッ」
はっと気付く、視線をずらせば葉佩に抱えられた女子生徒の姿。苦しげに呻いて側にある温もりを求めて顔をうずめる。

「おいっ カウンセラーいないのかッ!!」
自分で思っていたよりも大きな声が響く。

「騒々しいな、そんな大声を出さないでも聞こえている」
「聞こえていたなら、さっさと出てこいよッ!!」
ふか、とタバコの煙を吐きだす、保険医としてはよろしくない姿。
長い白衣の下には白いチャイナドレス。煙の立ち上るのは年代もののキセルだ。
腕はいいんだがな……つかみ所のない女だ。
「いい気分で一服していたところなんだ」
ゆらゆらと上る白煙。
こいつもまた年季の入ったマイペースッぷりだな!
「ベッドに寝かせておくがいい、今は空いている、サボって昼寝に来るやつがいないからな
……まだ」
「まだ?」
首を傾げる葉佩……今は関係ない、気にすんな。
「ん?」
カウンセラーの目がすっと細まる。
「気が付かなかったな……」
「今までかよ?」
ただでさえ目立つというのに、今はお姫様抱っこだぞ。
「ふむ」
「あの……」
じろじろ見るから、葉佩が戸惑っているじゃないか。
「おいカウンセラー!」
「何だ」
「こいつはうちのクラスの転校生だ、職員会議で聞いてないのかよ?」
「ああ、そういえば、昨日の会議でそんなような事を言っていたな。確か名前は―――」
「葉佩です。葉佩 九龍」
「そうそうハバキクロウ。誰かと違って目上の者に対する口の利き方が出来ているじゃないか」
言ってもう一度葉佩を上から下まで眺めた後、こちらを見る。
「ふうん」
……何だ、その笑みはよ!!
「ルイ先生?」
ぽつ、と葉佩が呟く。
「ああ」
ふっと煙を吐き、カウンセラーはキセルを置いた。
「私の名前は劉 瑞麗。広東語の正式な名前はソイライだが、みなは大概ルイと呼んでいる」
「八千穂から……話を……」
そういや、昨日連れ回されていたな。まあ、カウンセラーとは会っていないようだが。
「なら、話は聞いているだろうが……學園専属の校医とカウンセラーをやっている。怪我がなくても何か悩み事があればいつでも保健室に来るといい。私が優しく手ほどきしてあげようじゃないか」
「……怪我はするかも」
「怪我はしないに越したことはないが……部活でも?」
「いえ」

(…………)

「皆守」
「ん? ああ」
ベッドを仕切るカーテンを開ける。ずっと抱えっぱなしだもんな……お前も黙ってないで文句ぐらい言ってやれ。
白いシーツの上に慎重に横たえる、掛けられていた赤い布がバサリと滑り落ちた。
「なるほどな……まるで枯れ木だな、精気が吸い取られているかのようだ」
それを目にしてもなお、落ち着いたカウンセラーの声。
「どこで見つけたんだ?」
「音楽室に倒れていたのさ」
「音楽室に? そうか……」
思わせぶりだな。しかし、こっちが聞いてもしれっと流しやがるし。

まあ、もういい。これ以上関わる気もない。
後は任せて保健室を出た。

「転校生―――」
振り返る。まったく面倒だ。しかもこいつはその面倒の只中に、飛び込もうってやつだからな。
「葉佩 九龍」
名前を呼ぶ。こちらを見る葉佩の目が大きく開かれ―――

―――くそう、なんで、こっちまで照れるんだ。

さっと視線を外してポケットを探る。
「お前にこいつをやろう」
プリクラを渡し、連絡先を教える。
「俺も気が向けば、お前の夜遊びに付き合ってやるよ」
「……ひつじ?」
「俺が選んだんじゃない……」
「……誕生日」
「何!? そこまで……く、くそッ、貸せ!」
葉佩の生徒手帳を取り上げて、がしがし書き込む。 『好きな色』に『好きな食べもの』……
「皆守」

―――フン、そこまで喜ぶようなもんじゃないだろうに






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