転校生
夕暮れの茜色の光の中を歩く、隣には皆守 甲太郎。
八千穂はいいところもあると評していたが……正直なんだこいつ、という印象は変わらない。
あまり他人と関わろうとはしなさそうなのに、
勝手にしろといってたくせに、こうして一緒に帰ろうと誘ってくれて色々教えてもくれる。
色々と―――どう取れというのか、意味深長な。
でも、やっぱり八千穂の言うように、『いいやつ』?
考えている間も、片時も離れないラベンダーの香り、そういえば授業中も薫ってた。
今もどこからかアロマスティックを取り出し装飾の綺麗なパイプに装着、火をともす、濃くなる香り。
鼻が麻痺してきた……俺ですらそうなんだから、当人はなおのことだろうに……
サボりの常習犯、いいやつ(疑問符つき)、ラベンダー
……う〜ん……
「まあ、忍び込むも込まないも、お前から見て興味のある女がもういればの話だが」
は? ど、ど、何処に忍び込むだって?
思わず皆守の顔を見る、こちらの答えを待っているようだ。落ち着こう。
直前の話を振り返る、えーと―――
興味のある? ……皆守かな、今も考えてたし。
「み……」
あれ……ちょっと待て俺、も少し振り返れ。
ああ! 忍び込むのは女子寮、女子寮に忍び込むような相手。いや俺は女子寮に忍び込んだりなんて……って違う。
「み……みんな」
「………………」
「こら、そこの男子!!」
聞き覚えのある声、振り返ると八千穂が勢いよく駆けて来た。
面倒くさそうな態度の皆守だが、八千穂は全く気にしない、
並んで立つ俺たちを見て嬉しそうだ。
「皆守クンもいいところあるよね、なんだかんだいって葉佩クンに親切だし〜」
皆守は一瞬嫌そうな顔をして、それからにやりと笑う。
「誤解すんな、この転校生くんに授業のフケ方を教授してただけだ」
「えっ!!」
「中々の見込みが早くてな、サボリ同盟としては有望な人材だ」
そりゃ宝探しに来たのであって授業を受けるのが目的ではないから、
サボってもいいんだけど……こりゃあ……皆守
「ちょっとォ、皆守クン!? そんな事葉佩クンに教えたら駄目じゃないかッ!!」
案の定の怒鳴り声。
八千穂は、俺のことを随分心配してくれてるんだな……不思議だけど、嬉しいよ。
「冗談に決まってんだろ」
皆守が面倒くさそうに頭をかく。
「どうせこいつが学生寮までの道を知らないと思ってな、この學園の敷地内で迷子になりゃ探すのはクラスメートの俺たちだ、
そんなかったるい事はご免だからな、その手間を省いたまでの話だ」
「そっか、な〜んだ心配して損しちゃった」
今の説明で納得されても……複雑なんだが。
「八千穂、お前俺をどういう目で見てんだよ?」
「え〜っと、不健康優良児」
ずばり言い切る八千穂に、咳き込む皆守。
「何だ、そりゃ?」
さあ? 俺も何だそりゃ、だけど……思わず笑ってしまう。
「葉佩クンもそう思うって」
「ふんッ、転校初日で俺の何が分かるってんだよ」
確かにわからない事の方が多い、ただ―――
褒められるのが苦手な様子、ついでに八千穂も苦手そう。
仲いいなと思いながら、言い合う2人を眺めていると、八千穂の名前を呼ぶ声がする。
遠くに数人の女子生徒、体操着姿で手にはテニスラケット……テニス部員?
当の八千穂は話に夢中のようだが、皆守が気付いて、おい、と声をかける。
「やっばァッ!!」
特別レッスンがぁ〜!! と、大きな声を上げて走り去る八千穂。
「騒がしい女だぜ」
褒めるのも苦手なのかな。
でも、いいやつ、かも―――
―――疑問符を取り除こうかと思ったが、撤回する。
目の前に寮がある状態で、なんで、こんな場所で寝れるんだ……すっかり暗くなって、寒いですよ。
やっぱり、なんだ、こいつ……
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サボリ同盟 盟主
中庭を中心に四方へ伸びる十字の大きな通りがあり、
そのうちの東にある通りが学生寮へと続いている。その途中にある広場。
―――静かだ。
転校生は先に帰ったか……そりゃそうだ。案内の途中で勝手に寝て、放り出したのだから。
だいたい寮の近くまで送ったんだから、十分だろう。寮には管理人もいるんだし、部屋までは他のやつが案内すればいい。
今日はあいつの所為で八千穂に巻き込まれたりして、余計に疲れたんだ。
ああ―――静かだ……
ごろん、と横たわったまま向きを変えると、どっ、と何かにぶつかった。
まさか、と思い目を開ける。
黒い制服に包まれた誰かの背中、誰かって、《転校生》。
辺りはすでに大分暗くなっている。
目を凝らしても輪郭があやふやで、闇に融けているような錯覚。
肘に当たる感触から、存在しているのを確認する。
でも、静かだ。
おそらく、こちらに背を向けて座っているのだろうが、
俺は起きなかったのか? 寝てるのか? 何でこんなとこで? 俺の所為なのか?
何故……ああ、少々混乱してるな。
「起きた」
声がする、寝ていなかった。
こちらを振り返る、見上げても暗くて顔が見えない。
ただ、声が……少し怒っているようだ。
だったら先に帰ってりゃよかったのに、わざわざ文句でも言うために待ってたのかよ?
「帰ろう」
今度の言葉は、ころりと変わって明るい響き。
…………こんな声なんだな。
黙ったまま見ていると、先にたって少し歩いた後、促すように振り返った。
「まだ、眠い……」
「いくらなんでも……部屋に戻ってから、寝たほうがいい」
お、一言以上喋った。
「風邪を引く」
「お前もだろう」
体を起す、先に道まで戻った転校生は街灯に照らされてよく見える。
『待たなくていい』と言おうとして、やめた。後を追う。
その後は、寮の前に着くまでずっと無言だった。
こいつが喋んないんだと思う、別に文句はないが。
静かなら、いい―――
「みぎゃァァァ」
ぶち壊された。
「みぎゃうゥゥゥん」
「何だこのペンギンの首を絞めたような鳴き声は?」
転校生を見ると、何ともいえない変な顔……なんで俺のほうを見てるんだ?
俺じゃないだろ。
「ペンギンの首なんて絞めたらダメですよ〜」
絞めてない。
学生寮の出入り口から見慣れない女が出てくる。
ただ、その包帯を巻いているかのようなデザインの制服には覚えがある。
學園内のレストラン『Mummy’s』で、いつも見る姿だ。
「新人店員の舞草 奈々子っていいますぅ〜」
名乗りながら、マミーズで見るようなお辞儀をする。
……新人、か。
どうやらこの寮の一部屋ずつにチラシを配っていたらしい、朝から今まで
……何部屋あると思ってるんだ?
「あ、お二人もぜひチラシ見てくださいね、新メニューできたんですよ」
カレーでなかったら捨ててやる。
「今度は先生たちの家のポストに入れに行くわよッ!! 奈々子、ファイト……おォォォッ!!」
まだ行くのか。
呆れていると、妙な歌を歌いながら行ってしまう。
……疲れる店員だな……
そのとき、耳に妙なメロディーが聞こえた。鼻歌? さっきの妙な歌―――
………………
……き、気に入ったのか?
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転校生
ずらりと並んだドア、一つ一つに丁寧に挿まれたチラシ。そんな光景が前を向いても後ろを向いても、角を曲がっても続く。
舞草さんこれ全部……妙に感動する。あとでマミーズに行ってみよう。
チラシを引き抜いて自室のドアを開ける。広さはそこそこ、内装は綺麗、設備は最新。寮は完全個室。もったいないよね……俺が心配することでもないけど。机の上にはパソコンまである。
部屋に入ってすぐに亀のマークのダンボールが大小二つ。
まずは小さい箱から、ロゼッタ協会からだ。
コンバットナイフにガスHG、マシンガンと弾が少し。銃刀法ってあったっけな……
あ、コンタクトレンズだ! 眼鏡もある。た、助かった……
そういえば、視力検査もしてくれたんだっけ、あの医者のおじさん。ロゼッタもサービスいいな、
と思っていると請求書が目に入った。ひい! 高……!?
もう一つは妹から。
開けるとすぐ見えるのはタオルや着替えなどの日用品。それを出すと下には大量の弾薬、パルスHG。
これはありがたい。
で、まだある。
タコ焼き器、ラーメン鉢、プリン型、懐かしい手回し式のえんぴつ削り……えんぴつは見当たらないけど。
コレがいつか必要になるんだろうか……妹よ。
あ、わさびだ。
噂のマミーズに行ってみようと、チラシ片手に寮を出た。
ここは男子寮で、向かいが女子寮。でも忍び込むまでもなく、行き来は自由みたいだった。流石に消灯後はダメなんだろうけど、結構出入りしている生徒たちがいる。
ふらりと入ってみる。中は男子寮とほぼ一緒だった。そして3階まで上がってみても、とくに見咎められることもない。それ
どころか、お菓子をたくさん貰ってしまった。
両手に抱えて、廊下に佇む。
じゃら
何の音? と首をかしげて振り返ると、佇む少女。あれは、確か「白岐さん」
じゃら……
「なにか、用なの?」
「用……食べる?」
手に持っていたスコーンを差し出す。
「もう、これから寝るところだから……」
なるほど。
歯磨きをした後はダメだよね、スコーンはモソモソするし。
「ごめん……」
「おやすみなさい」
じゃら
「……夜は、一人で外をうろつかないほうがいい……」
去り際に一言。それは、忠告?
酷く悲しい目をして、行ってしまった。
マミーズはまたにして、夕飯代わりにスコーンを頬張る。
《墓地》へ一人で行く、その準備をしながら。
冴え冴えとした月の明かりに照らされて整然と並ぶ墓石、一定間隔で植えられた樹木が視界を遮り、迷宮をさ迷っているようだ。
コンタクトを入れ、ゴーグルもつけて顔を隠し、アサルトベストの下は学生服を着用。一応変装……に、ならないかな?
「葉佩クンッ」
ダメだった。
「八千穂……」
「へへへ〜」
ゴーグル越しに見つめあう。校則違反だって自分で言ってたのに、全然悪びれたところがない。ごそっとゴーグルを上げる。直に見ると、キラキラと輝く瞳とぶつかった。
「想像以上だ」
「ん? 葉佩クンは何してんの?」
「う……」
どうしよう……一人は危ないんだよね? このまま一緒に回って、何もないとなれば興味も失せ、単なる気晴らしで終わるだろう……何もない、なら。
「まさか一人で肝試し? そういや怖い話好きだって言ってたもんね」
言ってたっけ?
首をかしげていると、相変わらずキラキラした瞳でこちらを上から下まで見ている。
……落ち着きません。
「ベストに手袋それにゴーグルなんてつけて―――何でそんな格好してるの?」
マシンガンをじ〜っと見つめる。う、ええ〜っと
困った。
「もしかしてスパイとか? でもそういう格好の人何かどこかで……」
ぎくぎくっと怯えれば動きもギクシャクと……そうだ何か言い訳を―――
「え〜となんだっけ、ト……ト……」
う、うわあ〜〜
「トリじゃなくてトロ……?」
トラ、トリ、トル、ト……
「トロ職人」
「そうそう、毎日新鮮なネタを仕入れて、お客さんにおいしいトロを食べてもらう―――」
「本当にそんな職業が!?」
「って違〜うッ」
「まあ、葉佩クン正体誰にも言わないから安心して、二人だけのひ・み・つ」
なんだか視界が滲んで……遠い目をしていると、ばちーんと肩を叩かれた。痛い。
「う〜ん、寿司はちょっと苦手なんだよね……
あ! トロはおいしいよ! 葉佩クンは好き?」
「実は食べたことない」
「あ、そうなんだ……う〜んマミーズじゃあ置いてないよねぇ、あ、マミーズはもう行った?」
「いや」
「結構デザートも豊富でね、お勧めは……」
がさがさがさっ
八千穂を庇うように引き寄せながら、音のした方を見る。風ではないぞ。
ドォン
重い音が響いた。
「あっちから聞こえるわ、見に行ってみよッ!」
「あっ、待って……」
あわてて追いかけ、音のした辺りを2人で探すが、人の姿はなかった、その代わりに―――
「何それ……墓地の下に穴が……」
しゃがんだ八千穂の瞳は、やはりキラキラ。思わず眉に皺が寄る。
墓石がずれていた、その下から黒く口をあけた何か。深い。
こおぉ……と空気の流れる音を聞きながら、ごく、と喉を鳴らす。
当たりだ
H.A.N.Tを起動。大分深い、ロープがいるな。
隣で八千穂が穴を覗きながらしゃがみ込む。
「一体何の穴だろ、人がひとり通れるぐらいは……」
「おい」
ビクリ
銃を突きつけそうになり、聞き覚えのある声だと気付いてあわてて引き戻す。
ついでにラベンダーの香りに気付く。これで気配に気付けないとは……我ながら情けない。
「皆守」
……寝てたんじゃないのか?
「まったく困った連中だぜ」
くしゃ、と皆守は前髪をかき上げながらため息をつく。
「八千穂はともかく、転校生のお前まで墓地で肝だめしかよ? それに……」
呆れた目で視線を上から下へ……う、落ち着かないです。
「何だそのイカれた格好は」
「あのさ、皆守クン、実はそこの墓石の―――」
八千穂が興奮で弾んだ声のまま話しかける、
「夜の墓地への立ち入りは校則で禁じられている」
その声を断ち切るような皆守の言葉。
「違反するものがいないか《生徒会》の連中も目を光らせているって話だ」
「…………」
八千穂も口に手を当てて何か考えるような様子。
「まァそれだけじゃなく、実際この辺りは物騒だしな、
3ヶ月前にもこの墓地のある森で生徒が行方不明になっている」
「3ヶ月前」
「そうだよ、《転校生》」
皆守の目がこちらを捕らえる。睨んでいるわけではない、というのに―――動けない。
「せっかく、俺から夜は出歩くなと忠告してやったのに……」
「そういう皆守クンだって墓地で何してんの? もう寝てるかと思ったよ」
ふくれながら八千穂。
皆守は夜の散歩中、俺たちの声が聞こえたので墓地に来たのだ、との説明。
「え〜、そんなに大声で騒いでないよ?」
「馬鹿みたいにのんきな声が聞こえたぞ、こりゃ幽霊じゃあるまいと思ってな」
「やっぱり肝だめしなんじゃない」
「違う」
「八千穂―――お前こそ何だって《墓地》にいるんだ?」
「あたしは、月魅の話が気になって……」
「七瀬の?」
八千穂が昼休みの話をするのを聞きながら、そっと目線を動かす。
ちら、と穴を見、そのあと何故か寮の方へと意識が向く。
月が出ていた。
今日は満月だったのか。空には薄い雲が流れていたが、円い月が煌々と。
月が見ていた―――なんて、ね……誰かが居たんだ。気配らしい気配はなかったけど、
根拠は勘だけだが、直感は結構信じているんだ。
「誰だ……墓地に無断で入り込む者は?」
その月が不意に暗くなった気がした。押しつぶされたような掠れた不気味な声。
あわてて体を向けると、鈍い黄の瞳とぶつかる。
さあぁ
風が吹いて、雲が流れたのか再び明るさが戻る。
暗い色のフードの下、カラカラに乾いた肌、不思議な瞳。息が止まる。
「安心しろ、こいつが《墓地》の新しい管理人だ」
皆守の声にこく、と喉を鳴らす。ラベンダーの香が口に広がる。
「今回は見逃してやる、さっさと行け、俺の気が変わらんうちにな」
その管理人―――《墓守》はそういうと、細いが、長い腕を振って追い払う仕草。
外見に合わず、不思議とその動作はしっかりとしたものだった。
「もう、ここへは来るな……」
皆守に促され、八千穂とともにその場を後にした。
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