ゆずりは -6-
取り敢えずは、陣痛で苦しむエドワードを自分達の寝室に運び込んだ直後、リザから医師と看護師を乗せた軍用車が、付属病院を出発したとの連絡が入ってきた。
「いつもなら…30分もかからないだろうが…」
窓越しに見える、吹雪く様に眉をひそめてロイは呟いた。
この分だと、1時間は見ておかないといけないかもしれないな…と思いつつ。
(…その間にもし、出産が始まりでもしたら…)
自分はどうしたらいいのだろう、と、内心ロイは焦りを感じていた。
第3子の誕生だと言っても、ロイはこれまで出産に立ち会うことは出来ずにいた。
双子のジェレマイアとアンジェリナが生まれた時は、丁度テロが起きてしまって、その収束に時間を取られている間にエドワードの出産が始まってしまったのだ。
だからこそ、今度は絶対に立ち会おうと心に決め、いろいろと出産に関する本や雑誌を読み漁り、それなりに心の準備をしてきたつもりなのだが………。
「…こんな、不測の事態での出産は、考えてなかったぞ…」
と小さく呟く。
痛みに苦しんでいるエドワードには、聞こえないように。
ただでさえ、自宅で医師もいないまま出産に臨もうとしているのだ。
嘗て出産の経験があるとは言っても、不安に違いない。
だから、そんな時こそ、夫である自分が励まして、力づけてあげなくてはならないのだ。
(…私が不安でいてどうする…!)
そう、心の中で己を叱咤し、時折痛みで身じろいでるエドワードの傍に近寄った。
「エディ……痛むのか?」
「う…ん…。前にも経験したことがあるとは言っても…やっぱきついや…」
額に汗を浮かべて、切れ切れに呟くエドワードは、それでもロイに笑いかけようとしていた。
ロイはその傍らの椅子に座り、妻の手をギュッと握り締める。
「……もうすぐ、医師がここに来るから…」
そう言うことしかできない自分が不甲斐ない。
「うん……頑張る、オレ……」
そんな言葉でも、励みになったのだろうか。エドワードは嬉しそうに笑い、頷いた。
「ああ……でも……」
「うん?」
「確か……グレイシアさんがエリシアちゃんを産んだ時も…確かこんなんだったよな…って」
「……ああ…」
ロイも、エドワードの言葉で、親友のヒューズが話していたのを思い出した。
「確かあの子が生まれた時も、こんな吹雪になって…自宅で産んだのだったな」
「…そう。あの時オレとアルもその場にいてさ……陣痛で苦しむグレイシアさんに何もしてあげられなくて…オロオロしてたんだ…」
まさかあの時と同じ状況に、自分がなるとは思いもしなかった、と、エドワードは笑う。
「だけど今度は…オロオロ出来ないよな。オレが産むんだから…」
そう、苦しい息の中で呟くエドワードの顔は、母親のものとなっていた。
これから数時間後には生まれるであろう、まだ顔も見ていない、我が子の母としての。
「……頑張る、オレ」
その、母としての決意を言葉にした妻に対し、ロイはただ頷いて、握り締めている手に少し力を込めることしか出来なかった。
本当に、こんな場では男は無力なんだな…と実感しながら。
と、その時。
「お父さんっ!家中の綺麗なタオル、持ってきたよ!」
「デニスさんが、これくらいあれば十分だって!」
寝室の扉が開き、声と共に入ってきたのは。
「ジェム……アンジェ…」
顔が隠れるくらいたくさんの、真っ白なタオルを抱えた子供達だった。
その後ろには、恰幅のよい、中年の女性がついてきている。
「旦那様、奥様のご容態は?」
ブラウンの髪を綺麗に纏め上げ、シンプルな黒のワンピースに真っ白のエプロンを身につけた、その女性は、心配そうにロイへと話しかけてくる。
「ああ、デニスさん。だいぶ陣痛の感覚が短くなってきたようです…」
「…では、まだ破水はしていないのですか?」
「ええ」
ロイの答えに、デニスと呼ばれた中年女性は、ホッと息を吐く。
「となると…もう少しお生まれになるまでは、時間がかかりそうですね…」
と、彼女は呟きざま、にっこりと明るく笑った。
「大丈夫ですよ。初産ではありませんし…。気をしっかり持って、頑張ってくださいね、奥様」
「…ありがとう、デニスさん…」
痛みで切れ切れに呟くエドワードに、デニスは力強く頷いた。
「もし医者が間に合わなくても、私が取り上げてさしあげますから…安心してくださいね」
と言うデニスは、助産師というわけではない。
元々、この屋敷に仕えている、腕利きのコックだ。
だが、これまで4人の子供を産んできたベテランの母親ということで、急遽キッチンから飛び出してきたらしい。
彼女以外は、他に出産の経験をしている女性はおらず、オロオロしていた所への、彼女の存在は、非常にありがたいものだった。
「お湯は今、キッチンで用意させていますから…。清潔なタオルやシーツも揃っていますし…」
デニスが出産に必要なものを、指折り数えて呟いていた時だった。
エドワードが、一層苦しそうに呻いたのは。
「お母さん……!」
「しっかりして、お母さん!」
慌ててジェレマイアとアンジェリナがタオルをテーブルの上に置き、母親の許へと走り寄る。
「大丈夫だよ、ジェム…アンジェ…。これは病気や怪我じゃないんだから…」
自分の枕元に近寄って、不安げな顔を見せる子供達に、そっとエドワードは手を差し伸べて微笑む。
「オレ達のところに…新しい家族が来る……嬉しい痛みだから…」
「お母さん…」
母親の手を、自分達の手でギュッと握り締めて、2人の子供達はなおも心配そうにエドワードを見つめている。
「大丈夫だよ。後少しで…2人に弟か妹を見せてあげるからな…」
「うん……頑張って、お母さん!」
泣きそうな顔になって、アンジェリナが答える。その横ではジェレマイアが、涙を瞳に浮かべて頷いていた。
「……頑張る…よ…」
痛みが増してきているであろうに、我が子には笑顔を見せるのを忘れていない。
そんな妻の姿を見ていたロイは、改めて母親の強さを実感していた。
男には…自分には絶対にない、母としての強さを。
(私は……ただ手伝うだけが精一杯、か…)
そうすることしか出来ない自分が少々情けない気もするが、出産を代わってやることも出来ないのだから、仕方ない。
己が出来ることをするしかない…と、改めて心の中で思った時だった。
寝室の外から。
廊下から、荒々しい足音が響いてくる。
恐らく全力疾走しているであろうその足音は、寝室の前でぴたりと止まり。
バタンッと扉も勢いよく開かれて。
「……び、病院のお医者様がおみえになりました…!」
走ってきたメイドの後ろには。
これまた肩で息をしている医師と看護師。
そして。
彼等の荷物を抱えている、ハボックの姿があった。
この数時間後。
セントラルでは冬でも滅多に起きない、猛吹雪の夜。
普段は静かで落ち着いた雰囲気のある、大総統官邸では。
元気な赤ちゃんの産声が響き渡り。
その直後、歓声が邸内を包み込んでいた。
久々の更新で、やっと第3子ご誕生、です。長く放置して申し訳ありませんでした。さて、生まれてきた子は、男の子か女の子か?は、次ではっきりさせます…。(すみません…。)
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