ゆずりは -5-   

 気がつけば、月日は意外なほどに早く過ぎて。



 季節は…冬へと突入していた。


「……あれ、今日って特別な日なの?」

 その日は、この年1番の寒さということで、マフラーをぐるぐる巻きにしたアンジェリナとジェレマイアが、鼻の頭を少し赤くしつつ学校から戻ってきた、その日に。
 着替えを済ませて、程よく暖められたダイニングルームに入った時に、ジェレマイアがその室内の様子を見て、ぽつりと呟いた。

 純白のクロスが敷かれたテーブルには、花や果物が綺麗に飾られている。
 それだけなら普段と変わらない光景なのだが、今夜はそれにもう1つ、加わっていたのだ。

「……これって、バースデイ・ケーキ?」
 2段重ねの真っ白なクリームで綺麗に装飾された大きなケーキが、テーブルの中央を陣取っていたのだ。
「あれ?でも、今日って誰の誕生日なの?」
 ジェレマイアが言い、思い出そうとするが、この家に住まう家族に該当する者はいないとすぐに分かり、首を傾げる。
「そうよね。……誰の、だろ?」
 2人してケーキを覗き込んで見れば、上には『HAPPY BIRTHDAY』とチョコレートで書かれたプレートが乗せられている。
 明らかに誰かの誕生日を祝うためのものなのだが、2人には心当たりがなかった。
 そうして、首を傾げつつケーキを見ていると。


「……ああ、2人とも、もう来ていたんだな」
 子供達に声を掛けつつ、ダイニングルームへと入ってきたのは、2人の父親だった。
 ロイ・マスタング大総統。
 現在この国を統べる立場にある人も、ここではただの子供達の親となり。
 また。
「……さあ、エディ」
 手を引き、優しくエスコートしている愛しい妻の夫だ。
 その、ロイが子供達と同様に愛して止まない妻、エドワードは、大きくなったお腹を庇いつつ、ゆっくりと歩いて入ってきた。
「お父さん、お母さん。今日って誰の誕生日なの?」
 アンジェリナが、この部屋に入ってからずっと、心の中に持っていた疑問を両親に向ける。
 すると、あっさりと父親から答えが返ってきた。
「ああ。今夜はお母さんの誕生日を祝うんだよ」
「…お母さん?でも、お母さんの誕生日はもっと後……」
 ジェレマイアも、ますます訳が分からないと、きょとんとする。
「ああ。説明が足りなかったね。確かにお母さんの誕生日は十日後だよ。だけどその頃は丁度出産予定日と重なっているから、早めに祝うことにしたんだ」
「あ……」
 2人の子供達は、ロイの説明を聞いて納得し、すぐに視線をエドワードに向ける。
 その、かなり目立つようになった腹部に。
 そこには今、2人の弟か妹がいるのだ。
 臨月に入っているから、お腹の中の子供の性別もある程度は分かるはずなのだが、それを敢えて聞こうとはしなかった。
 ロイもエドワードも、元気に産まれてくれれば、どちらでも構わなかったから。
 そしてアンジェリナとジェレマイアも両親と同意見で、まだ見ぬ弟妹と会える日を、心待ちにしていたのだ。
「…予定日は、お母さんの誕生日の後だけれど、少し早く産まれてくることもあるからね。だから一応今日、少し早めにお祝いをしておこうと思ったんだ」
「…んなの、わざわざしなくてもいいのに…」
 ロイに招かれるままに、椅子に座ったエドワードは、ボソボソと呟く。それが単なる照れ隠しなのだと、この場にいる誰もが分かっていた。
「いや!こういった家族の記念日はきっちりしないといけないぞ、エディ!ジェムとアンジェもそう思うだろう?」
「うん!お母さんの誕生日なんだもん。お祝いしなきゃだめだよ」
「そうよ。お母さんだけしないなんて、ダメよ!」
 ロイの呼びかけに対し、子供達も口々に賛同する。
「そ、そうか…」
 その『お母さん大好き!』を体現した見事な連携に、エドワードは太刀打ちなど出来る筈がなく、少したじたじとしながら受け入れざるを得なかった。



 こうして……少し早めの、エドワードのバースデイ・パーティーは無事催されることとなり、夕食も兼ねた家族だけの落ち着いた雰囲気のパーティは、何事もなく終わる………予定だった。


「…さて、この後はリビングで寛ごうかな。…ジェムとアンジェも行くか?」
 ゆったりとした食事を終え、満足しきったロイが目の前に座っている子供達に尋ねる。
「…珍しいね。お父さん、いつも『宿題を済ませてから遊びなさい』って言うのに…」
「今夜は特別だよ。お母さんの誕生日だから」
 話し方を娘に真似られて、ロイは苦笑を浮かべつつ答える。
「…エディも、少し休んだ方がいいかな?」
 と言いつつ、隣にいる妻に話しかけた。
 しかし、妻からの返答がない。
「……エディ…?」
「…お母さん?」
 ロイと子供達が、エドワードに顔を向けると、そこには。
「………っ…」
 少し顔を俯かせて。
 手は庇うように、膨らんでいる腹部に乗せたエドワードの姿があった。
 よく見ると、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「……エディ!どうしたんだ?」
「……ごめ……ん…さっきからずっ…と…お腹痛くて…っ」
 最後は言葉にならず、くぐもった声で呻く。
「まっ、まさか……陣痛が始まったのかっ?」
 驚き、慌ててロイは椅子から立ち上がる。
「お母さんっ!」
 父親に倣って、2人の子供も慌てて苦しむエドワードの傍に駆け寄った。
「……まだ…痛みの間隔が長いから…すぐには産まれないと思う…。大丈夫だよ…」
 自分はひどく痛いであろうに、懸命に笑みを浮かべて、エドワードは不安そうに見つめている子供達に話しかけた。
「だけど…病院には行かないと……」
「あっ、そ、そうだな!急いで車を……」
 オロオロとしているロイに、エドワードは痛みで表情を歪めつつも、指示を出す。それで我に返ったロイは、部屋に控えていたメイドに同じ事を繰り返した。
「すぐに車を用意するように!急いで!」
 そう言えば、仕事熱心で有能なこの屋敷のメイド達は、すぐに動いてくれる筈だ。
 ロイはそう思っていたのだが、今夜は少し勝手が違っていた。
 その場にいたメイドは、珍しく、オロオロと困惑げにロイに向かって言ったのだ。
「そ、それが…旦那様……!車を出そうにも……」
「…どうした?」
 彼女の見たこともないほどの動揺ぶりに、ロイは不安が増してくる。
「外は……外は……」
「外がどうしたというのだ?」
 先を促すべく、再度聞くと。
「外は…猛吹雪なんです!……もうかなり積もっていて、あれではとても車など出せませんっ!」
「…何だと!」
 ロイは彼女の言葉を聞いて、慌てて窓際に走り、分厚いカーテンを開く。
 すると窓の向こう側に見えたのは。
「これは………」
 窓に打ち付けるかのような吹雪が、外の世界を支配していた。
 風も強いらしく、降り続く雪が時折激しく舞い上がっているのが確認できる。
「…家に戻った時は、小雪が降っているくらいだったのに…」
 確かに、この嵐のような吹雪の中、妊婦を連れて出るのは危険だろう。
 しかし………
「仕方ない…!」

 ロイは一言呟き、ダイニングルームの隅に置いてある、電話の受話器を取り上げた。そして、暗記している番号を素早く回す。
(……今夜は確か夜勤だから…いてくれる筈だ…)

 祈るように呼び出し音を聞くこと数回。
「…はい、大総統執務室です」
 聞きなれた、凛とした女性の声が聞こえるやいなや、ロイは畳み掛けるように受話器に向かって話し出した。
「ホークアイ少佐か!至急軍用車で付属病院の産婦人科医師を私の家に連れてきてくれ!」
「その声は……閣下ですか?どうなさったのですか、いきなり?」
 突然のロイからの電話に、向こう側のリザもいささか驚いているようだ。
「エディが……陣痛が始まった!だがこの天候では、そちらの病院へ連れて行くのは危険だ。だから……」
「…分かりました。至急付属病院に要請します!」
 皆まで聞かなくとも、この非常に優秀な副官は理解してくれる。
 そして的確な指示を出してくれるという絶大な信頼が、ロイにはあった。
「これで、医師のことは大丈夫だ…」
 一旦受話器を戻し、大きく息を吐く。
 続いてすぐに、椅子に座ったままで低く呻いているエドワードの許に戻った。彼女の傍には、不安そうに母親を見つめているジェレマイアとアンジェリナが立っていた。
「…エディ…痛むか?」
「うん……間隔、短くなってきた…」
 本当に、産まれそうだ…と、痛むのに笑顔を浮かべようとする。
「もうすぐここに、医者が来るから…それまでの辛抱だよ」
「……また、公私混同したのか?」
「今回は緊急事態だ。無事出産が終わったら、いくらでも怒られてやるから…今は産むことだけを考えてくれ」
 ロイはそっとエドワードを抱き上げる。
「ここで産むのなら、寝室がいいだろうな?」
「う…ん…」
 ギュッとロイにしがみつき、エドワードは頷く。
「アンジェ、ジェム。準備をするから、手伝ってくれるか?」
 ロイは、振り向き、自分の後ろをついてくる子供達に尋ねると。
 2人は一瞬顔を見合わせて、それから。



「うんっ!」
 思い切り強く、頷いた。