ゆずりは -4-   

 ハボックの運転する車が、ゆっくりと大総統公邸の玄関前に到着するやいなや。


「…ありがとう、ハボックさん!」

 明るい声と共に、メイドが車の扉を開くとすぐさまアンジェリナは外へと飛び出した。
「エドによろしくな」
 と、ハボックが声を掛けると、笑顔を浮かべて頷き、公邸の中へと入っていく。
「……あの顔だけ見てると、エドそっくりなんだけどな…」
 黒髪に黒い瞳ではあるが、母親そっくりの容姿のアンジェリナ。
 だがその中身はというと、限りなく父親に似ている。
 先刻のように、考え過ぎて余計なことにまで気が回ってしまうのがいい例だ。
 そんな性格が、双子として生まれてきたジェレマイアよりも、彼女を大人びた風に見せているのかもしれない。
「次に生まれてくる子は、どんな子なんだろうなぁ…」
 久しぶりに舞い込んできた、大総統夫妻の慶事。
 それは、ハボックも含めて、ロイに従う部下達全ての慶事でもあった。
「どっちに似てもいいけどな。…元気に生まれてくれれば」
 ぽつりと呟き、ハボックは車を動かした。

 もう1人の、大総統の子供を迎えに行くために。






「……お母さんっ!」

 アンジェリナは慌てたように、両親の寝室へと飛び込んだ。


 屋敷内に入っても、母親であるエドワードの姿が見当たらないので、出迎えたメイドに尋ねると。
「…奥様は、気分が優れないということで、ずっと寝室で休んでらっしゃいます」
 という答えが返ってきたのだ。
 それを聞いたアンジェリナが、急ぎ寝室へと向かった時には。
「……アンジェ、お帰り」
 ベッドの上で上体を起こして、本を読んでいるエドワードの姿があった。
「…今日は、アンジェだけ早く帰ったのか?」
「あ…うん。ジェムは少し友達と遊んで帰るって…」
「そうか」
 頷き、微笑むエドワードは、まだ少し顔色が悪いように、アンジェには見えた。
「お母さんこそ……大丈夫?」
 アンジェリナは部屋の扉を閉めて、エドワードの許へと歩み寄る。
「オレ?オレは大丈夫だよ」
 娘に傍らの椅子を勧めつつ、エドワードはきっぱりと言い切った。
「でも……具合が悪いって…」
「具合が悪いというか……これは、仕方のないことだからな」
「仕方がない?」
「そう。悪阻で体調が良くないのだから、仕方ないよ」
「あ………」
 そうだった、とアンジェリナは気付く。
 この、目の前の小柄な母親のお腹の中には、自分の弟か妹がいるのだということを。
 そしてそのために、エドワードは悪阻で苦しんでいるのだ。
「…でも、今は大分良くなったかな?流石に今晩はおまえ達のご飯、作ってやれそうにないけど」
「そんなこと…!」
 ごめんな、と謝る母親に対して、アンジェは首を横に振った。
 そんな娘にエドワードは笑いかけ、そっと優しく頭を撫でる。
「…心配しなくても、大丈夫だよ。これは、病気じゃないんだから」
「でも…苦しいんでしょ?」
「うん…。正直言うと、苦しいよ。吐き気がして、何も食べられないし。食べないといけないって思うんだけど、なかなか食べられなくて…食べてもすぐに吐いてしまうし。だけどな」
 エドワードはアンジェリナの艶やかな黒髪を撫でつつ、ゆっくりと話し続ける。
「だけど…このお腹の中には、オレ達の大切な家族がいるんだ。だから…我慢できる。この子も、必死に大きくなろうとしているんだから…頑張らなきゃ」
「……私達の時も、そうだったの?」
「ああ、そうだよ」
 エドワードの口から、即答が返ってくる。
「アンジェとジェムが……オレと父さんの所に来てくれて、とても嬉しかった。だから、どんなに苦しくしても頑張れたんだと思う」
「お母さん……」
「だから、アンジェもあんまり心配するな。悪阻は一時的なものだからさ。そのうち良くなるって」
 そう言って笑うエドワードの顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
(…お母さんって、凄いな)
 それは、母親としての強さだということを、アンジェリナは悟った。
 大事な我が子を守ろうとする、母としての強さだと。
 そしてその強さは、間違いなく自分やジェムにも向けられていたのだ。

「…ね、お母さん」
「うん?」
「…お母さんのお腹、撫でてもいい?」
「……まだ動かないけど…いいのか?」
 ほんの少し腹部はふくらみかけてはいるものの、胎動を始めるのは、もう少し先のことだ。
「うん、いいの。撫でたい」
「そっか」
 じゃあ、とエドワードは掛けていた毛布を外す。
 その後アンジェリナがそっと手を伸ばし、エドワードの腹部をゆっくりと撫でた。
 優しい仕草で何度も。


(……元気に生まれてきてね)


 生まれてきたら、一緒に遊ぼう。
 絵本だって読むし、散歩にもついて行くから。

 だから、元気に生まれてきて。
 私達、家族の許に。
 みんなで待ってるから。

 アンジェは幾度も撫でつつ、祈るように心の中で呼びかけていた。


 まだ見ぬ、新たな家族に向かって。