ゆずりは -3-
『大総統夫人、第3子御懐妊!』
この慶事を知らせる見出しが、新聞の一面を飾ったのは、ロイとエドワードが妊娠のことを子供達に打ち明けてから5日後のことだった。
国民からの支持率が非常に高い、現大総統の奥方の懐妊という事実を、いつまでも公にしないわけにもいかず、大総統府からの公式発表という形で、国民に向けて知らせたのだが……。
「…やっぱりね」
ぽつりと呟き、アンジェリナは溜息をつく。
その手には、『ご懐妊』と大きく印刷された新聞があった。
まだ安定期に入っていないということから、報道側も流石にのエドワード本人に対しての取材は自粛しているようだが、その分周囲に対しての取材合戦は凄まじいものだった。
勿論、夫である大総統のロイに対しては、すぐさま公式の記者会見があった。
だが、報道側がそれだけで満足する筈もなく、まずはエドワードの実の弟であるアルフォンスや、故郷の幼馴染のウィンリィ、続いてエドワードの錬金術の師であるイズミ達も次なる取材の標的となってしまったのだ。
取材を受けた彼等も、慶事故に、無下に断るわけにもいかず、当たり障りのない祝いのコメントを出して、それが連日新聞のどこかに掲載されていた。そして、知人のコメントがなくなれば、次は余り縁のない軍部のお偉方達の祝福の言葉まで載せる始末で、日に日にその報道合戦は熱を帯びていった。
そして、当然といえば当然なのだが。
報道の矛先は、将来姉や兄になる、大総統の2人の子供達にも向けられてきてしまい……。
「何が、『やっぱり』なんだ、アンジェ?」
アンジェリナの独り言を聞いて、運転席から声をかけたのは。
「…発表したら、やっぱりこんな風に過熱気味な報道合戦になっちゃったなあ…って思ったの。ハボックさん」
「ああ、そりゃ当然だろうなぁ」
アンジェリナの言葉に、ハボックは明るく笑う。
「一応、国民には絶大な人気のある夫妻だからな。まだまだ当分、落ち着かないだろうよ」
「……それって、赤ちゃんが生まれるまでってこと?」
「…生まれても、暫くは賑やかだろうな」
「…そうよね」
アンジェリナは再度溜息をつき、シートにもたれる。
「どうした?アンジェは、何だか嬉しそうじゃないな?」
彼女の様子をバックミラーで見つつ、ハボックは尋ねる。
「自分の弟か妹が生まれるのは、嬉しくないのか?」
母親を赤ん坊に取られるのが、嫌だという年でもあるまい。なのに、アンジェリナは、ずっと浮かない顔をしている。
「……嬉しくないわけないじゃない。家族が増えるのに」
だが、ハボックの問いに対しては、きっぱりと否定した。
「だよなあ。なら、どうしてそんなに元気がないんだ?」
ハボックは、再度尋ねる。
普段から、この後ろのシートにちょこんと座っている少女は、どちらかといえば落ち着いた雰囲気のある子供だ。
容姿は母のエドワードそっくりなのだが、その性格は父親であるロイと瓜二つだということが、歴然としていた。
だから、いつも元気で明るいジェレマイアと違って、静かな雰囲気を常に漂わせているので、元気がない時でも、普段と然程印象は変わらないのだが、長年彼等を見ているハボックにはすぐに分かった。
アンジェリナが、いつもより元気がなくて、塞ぎこんでいる風だということを。
(記者達に追われて、疲れているというわけでもなさそうだしな…)
報道陣の取材対象が、どうやら子供達になりつつあるらしいことを察したロイとエドワードは、すぐさま対策を講じた。
まず、学校への行き帰りは警備も兼ねての、大総統専用車での送迎となり、ロイの直属の部下達が交代で護衛兼運転手を務めることとなった。。
勿論、学校へのマスコミの訪問も厳禁だ。
だから、彼女がマスコミに追われて疲れるということはないのだが……。
「うん…何だかね…」
今日、運転手を務めるハボックの問いに対し、暫く黙っていたアンジェリナが、ぽつりと呟いた。
「何だか?」
「お父さんとお母さんが……違う人みたいな気がして…」
「違う人って……」
「勿論、私とジェムのお父さん、お母さんだというのは紛れもない事実なんだけれど…。それよりも、恋人同士っていうのが強いんじゃないのかな、って思っちゃって…」
「アンジェ…」
「私達を、愛してくれているのは良く分かってる。だけど…」
「自分達はついで、なんて思ってるのか?」
「ハボックさん…」
ハボックにしては珍しく、少しばかり厳しい語調で話す。
「恋人同士のように仲がいい親達にとって、自分達子供は、結婚した後の当然の付随物、みたいに考えているのか?それは……」
「そんなことないってことくらい、分かってる…!」
遮るように、アンジェリナは言い切った。
「お父さんとお母さんが、私とジェムをどんなに大切に想ってくれているかくらい、分かってる!でも……」
アンジェリナはそれ以上言うことが出来なかった。
自分と弟には、両親との深い血の繋がりというものがある。それは、どんなものよりも強い絆だと思っていた。
だが、自分達の両親を見ていると、そんな自信が揺らいでしまうのだ。
ロイとエドワード。
この2人を繋いでいる絆は、血よりも強いものだと…思えてならなかった。
それは、自分達という子供がいることで、ぼかされていたようなのだが、今回の妊娠によって、改めて浮き彫りになってしまったのだ。
2人が、ただ子供達の親という存在だけではないということを。
離れがたい絆を持っていて、今なおそれは強く結ばれていることを。
その事実を見せ付けられてからずっと、アンジェリナの心の中には、言いようのない疎外感が巣食っていて離れようとしなかったのだ。
「……まあな。アンジェの気持ちは分からないでもないよ」
運転をしながら、時折後部座席に座っているアンジェリナを見つつ、ハボックはおもむろに口を開く。
「結婚して何年もたつつていうのに、相変わらず新婚熱々ムード炸裂だからな、あの夫婦は。オレ達よりも、よっぽど新婚夫婦みたいだし」
そう言うハボックは、5年程前に、ようやく念願かなってリザと結婚した。今は一児の父親になっている。そんな彼等夫妻よりも、大総統夫婦は熱々ぶりを発揮していて、周囲を胸焼け状態に陥らせているのだ。
「…けどな。アンジェも、両親が結婚した経緯は知ってるだろ?」
と尋ねられ、アンジェリナは膝の上に置いていた手でギュッと拳を作り、こくりと頷く。
ロイとエドワードが結婚するに至った経過については、、彼女が13歳になった時に、両親の口から聞かされた。
だから、誰よりもよく理解しているつもりだ。
父と母が…壊れかけていたこの国を守るためにしたこと。
それによって、一度は離れ離れになってしまい、もう永久に会えないと思っていたのが、エドワードが『甦った』ことにより、再会できて。
だがそれも、もう一度この国を…愛しい人を守るためのもので、その目的が果たせると、またしても別れが待ち受けていたと思っていたのが。
奇跡的に、この世界に残ることが出来て……そして、その際にどうしてか女性となったエドワードはロイと結婚し、2人の子供を授かったのだ。
「アンジェも知っているように、エドは…おまえの母さんは、『甦った』者だ。このセントラルでしか実体化できない、異質の存在だ」
「…知ってる。ヒューズ中将も同じだって…」
「そうだ。この、ごく限られた世界でしか生きられない、異なった存在。だから、大総統と結婚して…お前達がお腹の中にいるということが…支えとなったんだ」
「私達が……母さんの支え?」
「ああ。エドみたいな人は、セントラル内には結構いる。とは言っても、やはり普通の人間とは違うからな。エドも表には出さなかったが、不安だったんじゃないかな?異質な存在の自分が、この国の指導者と結婚してもいいのか…って」
勿論、夫のロイにとっては、そんなことは些細な問題だろう。誰よりもエドワードを愛している彼にとっては、エドワードがどんな存在だろうと、傍にいてくれればそれでいい筈だからだ。
だが、エドワードはそれでもやはり、不安だったのだろう。
「だから、妊娠したと分かった時は、とても喜んでいたよ。異質の存在である自分が、愛している人の子供を産むことが出来ると知って。自分と閣下の血を継ぐ子供を、産むことが出来るんだと、とても喜んでいた…」
ハボックはは、その時の、半泣きになりながら報告するエドワードの顔が、今でも忘れられない。
「閣下は当然大喜びだったけど…一番喜んだのは、やっぱりエドワードだろうな」
2人が生まれた時も、ロイ以上に喜んでいた。
あんなに小柄な身体で…頑張って双子を産もうとしたのも、自分の生きている証を、ロイを愛している証を、残したかったから。
そして………
「自分達の許に来てくれた子供達を、無事にこの世に生み出せることが出来て良かったと…エドは本当に喜んでいた…」
「ハボックさん……」
「だから、自信持っていい。アンジェとジェムにも、エドワードと閣下に繋がるものがある。それは…あの2人の間のものとは違うけどな」
「うん……うん……!」
アンジェは、何度も頷いた。
涙が滲む瞳を彼に見られたくなくて、俯き加減に顔を下に向けて、幾度も頷く。
そんな彼女に、ハボックは後ろを見ることなく、優しく話しかけた。
「…さあ、もうすぐ着くぞ。大丈夫…だな?」
それに対し、アンジェリナは
1回、力強く頷いた。
今回はハボック大活躍!です。運転手以上の役割でした。この話中ではリザと結婚。彼女の妊娠を機に、タバコとの縁をすっぱりと切っています…。彼もまた、親馬鹿になってそうな予感がしますが…。
さて、次からはエド達も出てきます〜。
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