『toujours』〜永遠に〜 -5-
エドワードは、指折り数えて歩いていた。
この町では比較的賑やかな、商店が連なっているメインストリートの歩道を。
腕には重そうに、紙袋を抱えて歩いていた。
「……えーと、小麦粉は買ったし、リンゴもあるし……後は…牛乳かな?」
「姉さん……」
姉の隣を歩いていたアルフォンスが、呼びかけてくる。そんな彼もまた、両手にたくさんの荷物を抱えていた。
「何?」
「これ以上買い物しても、ボクはもう持てないよ」
「あ、ごめんごめん」
その時やっと、弟の荷物に気づいたように、笑って謝る。
「…後は牛乳だけだから、オレが持つよ」
「それはいいけどさ。どうしてこんなに買うの?」
アルフォンスは、自分の持つ荷物を見下ろす。それらの殆どは、様々な食材だった。
久しぶりに町に出て買い物をしようと、珍しくエドワードから言い出したのが嬉しくて、アルフォンスはすぐに同意した。だが、実の所彼を誘ったのは、荷物持ちが目的だったのだと、買い物をしている中途でようやく気づいた。
あらかじめ買うものを決めてきたのか、メモを片手に食料品店で物色を始めたのだが、その種類の多さが半端ではなかった。
野菜や肉などの食材の他に、普段は決して使うことのない香辛料なども買い求めていったので、あっという間にアルフォンスの両手は荷物で塞がってしまったのだ。
いつもなら、最低限必要なものだけを買うという、実に合理的な買い物をしていただけに、この変貌振りを不審に思い、つい彼は姉に尋ねたのだった。
そして、その問いに対して、エドワードは。
「うん…。この前貰ったレシピに、挑戦してみようかと思ってさ」
ほんの…ほんの少し、はにかむように笑いながら、ぽつりとエドワードは呟いた。
「…貰ったって…誰から?」
こと、大好きな姉のことに関しては、人一倍勘が鋭くなるアルフォンスだ。
だから、誰から貰ったかなど、とっくの昔に分かっていた。
それでも一応尋ねたのは、必死でロイとのことを隠そうとしている姉を思いやって、知らない振りをしておこうと考えてのことだった。
「あ……ええと…ウ、ウィンリィからだよ。決まってるだろ」
「ふうん、そうなんだ」
慌てて言い繕う姉の言葉に、納得したように頷く。
「姉さん、毎日のように味見に行ってるもんね。…今日は、行かなくても良かったの?」
彼女の下手な嘘に騙されているように装って、アルフォンスは更に尋ねる。
「えっ…その…今日は用事があるからって…」
「そうなんだ。ま、ウィンリィも、毎日料理ばかりしていられないからね」
「そ、そうだよなあ」
後は笑って誤魔化しているエドワードを、内心複雑な思いでアルフォンスは見つめていた。
恐らく、毎日のように会っているロイが、今日は用事があるということで、会えなくなったのだろう。
『誰が』は全く違うが、今日買い物に出かけたのは、ぽっかりと予定が空いてしまったからに違いない。
そして、どうせ暇なら、ロイから貰った料理のレシピとやらに挑戦してみようと考えたのだろう。
その結果、アルフォンスが荷物持ちの役目を仰せつかってしまったのだが、それでも久しぶりにゆっくり彼女と過ごせるのは嬉しかった。
「…じゃ、今夜は姉さんがそのレシピの料理を作ってくれるんだ?」
「ああ、やってみる。材料さえ揃ったら、料理自体はそんなに難しそうじゃないみたいだし。頑張ってみるよ」
「楽しみにしてるよ」
実際、姉の手料理が大好きなアルフォンスとしては、その作り方を教わったのが誰であれ、嬉しいことには変わりなかった。
それに、今日はこっそりとお隣の1人息子と会わないようだし、久々に姉を独占できると喜んでいたところへ。
「なあ、アル…」
不意に、エドワードが弟を呼んだ。
「何、姉さん?」
「…やっぱり、いろんなレシピを教わってるから、そのお礼はしないといけないかなあ?」
照れくさそうに、それでも幸せそうに微笑みながら、尋ねてきた内容に、アルフォンスの表情が固まった。
「お礼って……ウィンリィに?」
「う、うん………それに…いつも食べさせてもらってるから…」
言葉を選びながら呟くエドワードの表情は、とても幸せそうに、アルフォンスには見えた。
(……姉さん)
そんな表情をする姉を見るのは初めてだけに、彼の頭の中では警報が鳴り響いていた。
(……まずい…!)
姉は……エドワードは、明らかに隣人の男へ好意を抱いている。
それはまだ、淡い恋心のようなもので、当の本人もまだ恋だと自覚していないようだった。
だが、今はまだ仄かな想いでも、いずれはロイのことが好きだと分かるかもしれない。
そうなってしまってからでは、遅いのだ。
(だってあの人は……女ったらしで有名だから…)
こんな片田舎でも、いや片田舎だからこそ、伝わってくるのかもしれない。
彼の……ロイ・マスタングの、女性に関する噂を、アルフォンスはこれまで何回も耳にしてきた。
彼がこの町の出身で、しかも軍部内でも出世頭だから、尾鰭がついているのかもしれないが、それを差し引いても、彼は様々な女性と浮名を流しているようだった。
だから、用心していた。
彼と、姉のエドワードが毎日のように会うようになってからは。
表立って止めようとはしないものの、監視は怠らずにいた。
大事な大事な姉に、余計なちょっかいを出してきた時は、全力でもって阻止すると、心に決めていた。
それなのに……姉はいつの間にか、無意識のうちに、ロイに対しての警戒心を解き、安心して委ね切っているようなのだ。
(何とかしないと…)
アルフォンスの頭の中では、ロイに対する警報が鳴りっぱなしで、それに対する対応策を模索しようとしていた所。
「あ………」
小さく、息を漏らした。
(対応策、発見!)
2人が歩く通りの前方。
こじんまりとしたカフェの前で。
アルフォンスは、偶然目撃したのだ。
大事な姉に纏わりつく、悪い虫。
ロイ・マスタングが。
若く可愛らしい女性と、楽しそうに話をしている姿を。
その光景だけ見ていれば、
(…どこから見ても、仲のいい恋人同士だよね)
と、アルフォンスが心の中で評するくらい、仲睦まじげな雰囲気で話し込んでいた。
そして勿論、そんな2人の姿を。
隣を歩くエドワードも、目撃している筈で。
(……姉さん?)
こっそり窺い見れば。
その眼差しは、前方の2人に凝固され。
驚いたように茫然と見つめている。
「…姉さん、どうしたの?」
アルフォンスは、気づかぬ振りをして、立ち止まってしまった姉に声をかけると、それでようやく我に返ったようだった。
「え……い、いや、何でもない。行こう、アル」
慌てて歩き出し、その場から離れようとする。
その顔には、明らかに怒りが含まれていて、アルフォンスは内心『してやったり』とほくそえんでいた。
これで、姉はあの男の正体が分かったことだろう、と。
今回の偶然の出来事は、まさに彼にとっては喜ばしいことだった。
そうして2人、その場から立ち去ろうとした時だ。
「おや、エドワードじゃないか?」
背後から呼びかける声がして、アルフォンスはギクリとする。
その声の主が、今まさに見かけたばかりのロイだったからだ。
「…偶然だね。今日は弟君と買い物かい?」
女性とあそこで別れたのか、いつの間にか背後にロイが近づいていたのだ。アルフォンスにも歩きながら会釈をするので、一応ぺこりと頭を下げる。
「あんたには、関係ないだろ?」
ニコニコと笑って問いかけてくるロイに対し、エドワードはぶっきらぼうに答えた。
「それより、あの人置いてけぼりにしていいのかよ?」
彼らは街中を抜け、家路へと歩いている。両脇に並んでいた建物はなくなり、片方が牧草地帯で、もう片方には川が流れている、舗装されていない道にいつしか変わっていた。
「ああ、彼女には、店の場所を聞いていただけだよ」
「どうだか」
「……お姫様は何だか、今日はご機嫌斜めみたいだね?」
と言って、柔らかい笑みを浮かべ、エドワードを覗き込んでくる。
そんな優しい仕草が、今はとても癪に障って。
「…ロイには関係ないだろ!いい加減付いて来るな!」
思わずカッとなり、振り返って叫んだ時。
「あ………!」
その反動で、足元の草で滑り。
「……姉さん!」
「エドワード!」
一瞬のことで、手を差し伸べることも出来なかった。
エドワードは、足を滑らした弾みで、道なりに流れている川へと落ちてしまったのだ。
その川は、普段は水量も少なく、子供達の水遊びの格好の場所なのだが、前日に降った雨によって、水かさがかなり増し、流れも強くなっていた。
しかも……
「姉さん…泳げないんです…!」
水流に流されていくエドワードを追いかけながら、アルフォンスが叫ぶ。
「何だって?」
「小さい時に1度おぼれかかって…それ以来……マスタングさん!」
まさに、自分が飛び込もうとした時に。
ロイは、川に飛び込んでいた。
ためらうことなく。
…エド姉さん、やきもち焼いてます。
こういうのって昔の少女マンガの王道でしたよね?さてさて、エドが自分の気持ちに気づくのは……?
書いてて楽しいです〜。