『toujours』〜永遠に〜 -4-
「……姉さん、また外出?」
こっそりと、足音を立てずに廊下を歩くエドワードの背後から、突然弟の低い声が響いた。
「あっ、アル?」
ギクリ、と身体を震わせて、恐る恐る声のした方を振り向くという姿は、まるで悪戯を見つけられてしまった子供のようだと、アルフォンスは思った。
「……また、ウィンリィのとこに行くの?」
「あっ、ああ、そうそう!今日もケーキ作りに挑戦したから、味見しに来いってさ…」
アルフォンスが、少し離れた所に住む、姉弟達の幼馴染の名を出すと、エドワードは慌てたように同意して、誤魔化すように笑った。
「そう。じゃ、遅くならないうちに戻ってきてね」
「ああ、分かってる」
何とか弟を誤魔化せたと思ったのか、エドワードは安心したように笑い、家から出て行った。
(……姉さん、相変わらず嘘が下手だね)
窓際から、軽い足取りで歩いていく姉の後姿を見て、アルフォンスはそっと思う。
彼女が、幼馴染の家に行くということが全くの嘘だということくらい、とっくの昔に分かっていた。
そもそも、隠し事の苦手な姉で、そういう点に関しては、人一倍に勘が鋭くなる弟なのだ。
姉に、勝ち目などない。
父であるホーエンハイムは、姉と似たような所があるので、恐らく姉の外出自体に気づいてないのだろうが、そんな父親に、エドワードがこっそり嘘をついて外出していると言う事までは、しなかった。
今はまだ、お昼前にこっそり出て行っても、遅くとも夕方には家に戻ってきているので。
しかも、とても楽しそうに帰ってくるから、アルフォンスも制止することが出来ずにいた。
例え相手が、あの、親同士が犬猿の仲である、お隣のマスタング家の1人息子だとしても、だ。
(……ま、あの人の好みのタイプじゃなさそうだしね、姉さんは)
アルフォンスとて、ロイ・マスタングの華々しい女性関係の噂話くらいは聞いている。
だからこそ、少々不安な一方で、安心もしていた。
エドワードは、ロイの好みのタイプからはかけ離れているからだ。
まだ、子供と表現してもいいくらい、幼さの残るエドワードは、ロイから見れば対象外の存在に違いない。
だからこそ、安心していた。
ロイがエドワードに、手を出すなんて事はしない、と。
(……だけど…)
アルフォンスは、別の面で不安だった。
こうやって、毎日のように2人で会うということに、ロイの方にはメリットがあるのだろうか、と思うと。
(あの人は…どうして…)
彼の意図が未だ見えてこないだけに、アルフォンスは不安だった。
「やあ、エドワード」
「……ロイ!」
ロイの姿を見つけたエドワードは、明るい笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
「…今日は、少し遅かったね」
「ごめん。出る時にアルに見つかっちゃってさ…」
エドワードは敷布の上に座り、詫びる。
「…いや、いいよ。少しうたた寝していたから」
昼寝するのには良い場所だと言うと、エドワードは嬉しそうに笑う。
「だろ?ここはオレの、秘密の場所なんだから。アルも知らないんだ」
得意げに言う少女を見て、ロイの顔に笑みが浮かぶ。
ここは、屋敷から程近い、森の中。
森とはいっても、高い木なと゛殆どなく、暖かい日差しが差し込んでくる場所。
その森の入り口付近を流れている清流の傍が、2人の待ち合わせ場所となっていた。
その目印となるのが、ロイのもたれているエルムの木だ。
「…エドワードは、よくここに来るのか?」
「ああ。天気が良かったら。静かだから、読書や考え事をするのには最高なんだ」
だから、誰にも秘密にしているんだ、と言った。
「…そんな、大切な場所を教えてくれたんだね」
「うーん…だって、やっぱり見つかっちゃまずいだろ?オレの親父もだけど…ロイのお父さんにもさ」
2人の仲の悪さをよく分かっているだけに、エドワードは慎重にならざるをえなかった。
だから、ここしか思いつかなかったのだと、エドワードは答えた。
「それに、ロイには毎日、美味しいもの食べさせてもらってるしな」
「……そうだな。今日のも自信作だと、シェフが言ってたぞ」
と言いつつ、ロイは傍らに置いていたバスケットを差し出す。するとそれを見た途端に、エドワードの顔がパッと明るくなったのだ。
「ほんとっ?楽しみ!」
そう言って、いそいそとバスケットを開け、中身を敷布の上に置く。
(……まだまだ子供だな)
ここのところ、毎日見る同じ光景。
普通の女性ならば、ロイと会える事に重きを置いているのだが、エドワードに関しては、どうやら『ロイの持ってくる食事』に重きを置いているようだ。
だが………。
「わあっ…!このサンドイッチ最高!海老が入って…ソースが絶品!」
早速食べ始めたエドワードは、次々と並べられた様々な料理を嬉しそうに食べ始める。
「それは、シェフ自慢のソースだよ」
「こっちのサラダも…ドレッシングが…」
後は言葉にならず、味を堪能している。
「……ほんと、ロイんとこのシェフ、最高の腕前だな!」
「彼が聞いたら、喜ぶよ」
心の底からの褒め言葉に、ロイも自然顔が綻ぶ。
「いいなあ、ロイ。こんなの毎日食べられてさ…。オレも教わって、アルに食べさせてやりたいなあ…」
デザートのプラムケーキを食べながら、ポツリとエドワードは呟いた。
「…エドワードが、料理をするのか?」
「…何だよ、その疑わしい眼差しは?」
「ああ、すまない」
軽く睨まれたので、ロイは慌てて謝る。
「…オレん家、母さんがいないから、オレとアルが家事を分担してるんだ。親父はあんなんだから、役に立たないし。…で、料理は自然とオレがやるようになったってわけ」
エドワード自身、頑張っているようなのだが、自己流だとなかなかレパートリーが増えなくて困っているようだった。
「……それなら今度、シェフに言って、レシピを書いてもらおう」
「えっ……?」
いきなりの提案に、エドワードは目を丸くする。
「作り方さえ分かれば、大丈夫なんだろう?」
「あ、うん…多分…」
「ならば、明日にはいくつか持ってこよう」
そう言って微笑むロイから、エドワードは戸惑ったように視線を外す。
そして、小さな声で呟いた。
「―――どうして、そんなに親切なんだ?」
「え……?」
「オレなんかといて…楽しいのか?どうして…そんなに優しくしてくれる?」
(……この子は…)
外見ほど、幼くはない。
ロイは、ここ数日の間に、エドワードのことをそう評するまでになっていた。
食事を楽しんでいる時は、年相応なのだが、時折見せる彼女の言動は、妙に大人びていて、ロイも驚くことがあった。
特に、錬金術の話をする時は、エドワードの知識の豊富さに、ロイの方が舌を巻く程だったのだ。
だから、毎日ここに来ているのだ。
来るのが、楽しみなのだ。
この、可愛らしくて、しかもロイと対等の知識を持ち合わせた、怜悧な少女と会うことが。
「――――エドワードといるのが楽しいから、ここに来るんだ」
ロイは、正直に答えた。
それが今の、彼の気持ちだ。
「君と、いろいろ話が出来るのは楽しい。だから来るんだ」
「……ほんと?」
まだほんの少し、疑わしそうに尋ねてくる。
そうやって小首を傾げて見上げてくる仕草も、彼女にはよく似合っていて愛らしい。
「ああ、楽しいよ。この食事は、いわば……そう、等価交換だな。君と楽しく話が出来ることへの」
だから、気にしなくていい。
言外にそう含めた言葉に、ロイは微笑を添えて。
そっとエドワードの頬に指を這わす。
「ロイ………?」
「クリームが、ついていたよ」
彼の指先には、白いクリームがついていて、ロイは躊躇いもせずにそれをぺろっと舐め取った。
「…うん、美味しい」
そう呟いて、笑いかけてくるロイの、黒い瞳を見ていると。
(なっ、何だよ…?)
突然、鼓動が跳ね上がる。
(何で……こんなドキドキするんだよ?)
ロイの顔を見ているだけなのに。
いつもと、変わりないのに。
エドワードのその『変化』は、その後ずっと続くこととなった。
…さて、少し心境の変化あり、でしょうか?
色気がちょっとばかし出て来たかなあ、エド?。でも、まだまだ、ですけどね…。頑張れ、ロイ!