『toujours』〜永遠に〜 -3-
「では、また後程」
にこやかな愛想笑いを顔に浮かべると、相手の女性は顔を赤くして頷いていた。
そのままロイは、彼女から離れてホールの隅へと逃げる。
「…流石に、お疲れのようですね」
「中尉か」
壁にもたれて休憩をしているところへ、間髪入れずに話しかけてきたのは、今回随行してきたロイの直属の部下である、リザ・ホークアイ中尉だった。
「まあ、あれだけの数の女性とお話したのですから、無理もないでしょうが」
微笑みながら、シャンパンフルートを差し出してきた。
「ありがとう」
こういう細かい気遣いが出来る、有能な部下である彼女の存在はありがたい。
だが、リザ・ホークアイという女性が、お世辞なしに文句なく、美しく非常に優秀な女性でもあるにも関わらず、互いに一切の恋愛感情は全く起こらなかったのだ。
上司と部下。
余りに近すぎる関係だったからだろうかと、考えることもあったが、それでも2人の仲はそれ以上進展することなく今もその関係を維持し続けている。
だからいつしか、ロイもこの関係に慣れきってしまっていたのだが…。
ロイは、ちら、とリザを見た。
彼女は、随行という立場から、礼服ではあるが軍服を着用していた。
(ちゃんとドレスアップしたら、今、この場にいるどんな女性よりも綺麗な筈なのにな…)
いや、軍服でも十分綺麗だろう。現に今も、パーティー参加者である男共が、リザをちらちらと盗み見しているのがロイにも分かった。
「……ところで、お見合いの成果は上がりそうですか?」
だが、見られている当人は全く気にする風もなく、話を続ける。
「うーん、どうかな?」
「お好みの女性はいらっしゃらなかったのですか?」
「いるにはいるのだが…」
流石、今回のパーティーを計画したのが、自分の父親だけはある。
1人息子の、好きな女性のタイプを知っていたのか、それらしい女性ばかりを集めてきたようなのだ。
「だが、これだけいると却って粗が見えてきてね…」
一応、招待された女性達とは話をしてみた。だが、『これは…!』と思える人は誰1人としていなかった。
「『帯に短し襷に長し』、ですか」
「何だね、それは?」
「東の島国のことわざだと、ファルマン准尉が言ってました。中途半端でものの役に立たないことだと」
「……なかなか手厳しいね、君も」
「大佐が、お思いのことでしょう?」
「……そうだな」
さらりときつい一言を言われては、苦笑するしかない。
ロイは肩をすくめると、シャンパンフルートを持ったまま、リザに背を向けた。
「どちらへ?」
「少し外に出て、一休みしてくる。私の今回の役目は、これだけではないからね」
「…そうですね」
自分達の役目を思い出したリザは、溜息をついて上司を見送った。
「うわぁ、このケーキすごく美味い!」
エドワードは、皿に取ったケーキを食べながら、感嘆の声を漏らした。
自宅から脱走後、隣家との境にある柵をよじ登り、こっそりとパーティー会場に潜り込むことに成功したエドワードは、そのまま広い庭先に並べられている数々の料理に舌鼓を打っていた。
ガーデンパーティー故に、主催者であるマスタング家の人間は定位置にいないことも幸いした。それに、皆好き勝手に会話や食事を楽しんでいるので、誰もエドワードの存在を気にかけようとはしなかったのだ。せいぜい、招待客の1人程度だと思っているに違いない。
そんな、エドワードにとっては好条件が重なったお陰で、彼女は普段余り食べることのない、豪華な食事を堪能することが出来ていた。
「…よし、じゃあ今度はこっちの…」
更にもう1つ、ケーキを皿に置いて、食べようとした時だ。
「…そんなに、ここのケーキは美味しいかい?」
突然、隣から声をかけられたのは。
それに反応して振り向くと。
(軍…服…?)
青色の、この国の軍服を身に着けた、長身の男が自分を見下ろしていた。
漆黒の瞳には、笑みを浮かべて。
「あ………!」
思わず、ケーキを食べる手を止めて、小さく叫ぶ。
「……ロイ……!?」
普段は疎遠な隣人でも、顔くらいは覚えている。
「当たり。…久しぶりだね、エドワード。大きくは…なってないみたいだな」
「余計なお世話だ!」
「その、食べたものが全て背につけばいいのにな」
「うるさいっ!」
日頃から、身体が小さいのを気にしている彼女にとって、ロイのその一言は地雷を踏んだも同じだ。
エドワードは怒り任せに、皿に乗せたケーキをぱくぱく食べ始める。
「もう、あっちに行けよ!オレはまた食べたいんだから」
お喋りをしている暇はないとばかりに、追い払おうとする。
普通の女性ならば、そんなことは決してしない。ロイと何とかお近づきになろうと、懸命に話しかけてこようとするだけに、今のエドワードの態度は、ロイにとっては新鮮だった。
(……まだまだ子供ということか)
真っ白の、シンプルなワンピースを身に纏った、容貌だけは愛らしい少女。
口を開いたら、そのギャップに頭を抱える輩もいるだろうが、彼女には、ごてごてと飾りつけるようなものは一切不要だろう。
(それに……)
「エドワード」
そっと、見事な食べっぷりを披露しているエドワードを呼ぶ。
このまま、去っていくわけにはいかなかったから。
「…何だよ?」
胡散臭そうに見上げるエドワードに、ロイはにこやかな笑顔で応えた。
「そのケーキ、美味しそうだな」
「えっ、ああ、最高。こんなの初めて食べたぜ」
「…ということは、うちのシェフの腕は落ちてないということだな。他のも食べたかね?」
「流石に全部は無理だけど…ここら辺にあるのは」
本当は、もっといろいろ食べてみたいのだが、招待されていないので大っぴらには出来ない。
「それじゃあ、今度弁当を用意させるから、一緒にピクニックにでも出かけようか?」
「へ…?おまえ、仕事は?」
唐突の提案に、エドワードはフォークを持ったまま固まる。
「暫く休暇でここにいるからね。シェフにいろいろ作ってもらうよ。あ、ただし、お互い親には内緒だ。ばれると絶対に行かせてはもらえないだろしな」
「ちょ、ちょっと、オレ、まだ行くって…」
次々と組まれる予定を、エドワードが慌てて遮ろうとしたのだが。
「君の、不法侵入」
「え……?」
「ピクニックに付き合ってくれたら、なかったことにしてあげよう」
「おまえ…っ、汚ねぇっ!」
見事にはめられてしまったことに気づいたエドワードは、ケーキ皿を持ったまま仁王立ちし、ロイを睨みつけたのだが。
「……楽しみにしているよ、エドワード」
やはり年の差から来る経験の差、故か。
百戦錬磨のロイは、にっこりと笑って断を下した。
…やっと隣人登場です!
それでもやっぱり、色気より食い気のエド…。ロイにも食い気で釣られてしまいました。