『toujours』〜永遠に〜 -2-
「お隣のパーティー、始まったみたいだね」
「う〜ん、そうかあ?」
「ほら、賑やかな音が聞こえてくるじゃないか」
もうそろそろ陽が沈もうとする夕刻、聞き耳を立ててみると、微かだが音楽が聞こえてきた。
「綺麗に着飾った女性が、きっとたくさんいるんだろうなあ」
「何だ、アル、おまえ、そんなのに興味あんの?」
「綺麗な女性に全く興味がないって言えば嘘になるけど。でも、今夜集まってる人達は、きっとボクよりかなり年上だから対象外だよ」
と、ニコニコ笑いながら答えるアルフォンスが、実は年上の女性達にも受けがいい事を、エドワードはしっかり知っていた。表向きは人当たりが良くて優しいと評されている彼は、年齢に関わらず女性に受けるタイプなのだろう。
…尤もこの弟には、『ウィンリィ』という、幼馴染の可愛い彼女がいるのだが。
「それより、姉さんは興味ないの?綺麗に着飾った女性がたくさん集まってる、華やかなパーティーなんだよ?」
普通の、年頃の女性ならば、ドレスや宝飾品など、身を飾る美しくて可愛いものに惹かれる筈なのだが。
「別に」
実に、あっさりと答える。
「オレ、そんなの興味ないもん」
肩をすくめつつ言い放ったエドワードは、リビングのソファから立ち上がった。
「…というわけで、オレは部屋に戻って、この本を読むからな。アルも邪魔すんなよ」
と、手に持っている分厚い錬金術書をアルフォンスに示した。
「うん、分かってるよ」
アルフォンスはにっこり笑って応じた。読書に夢中になっているエドワードの邪魔をすると、機嫌がとても悪くなることを良く知っているからだ。
「よろしく。……それと、親父はどうしてるんだ?」
夕食時にも姿を見せなかった父・ホーエンハイムのことを、ふとエドワードは尋ねた。
「父さんも、自室に篭って本を読みふけってるみたいだよ」
ほんと、良く似てるね、と笑ってアルフォンスが言うと、エドワードは顔をしかめてリビングから出て行った。
その後姿を見て、アルフォンスは苦笑を浮かべてひとり言を漏らす。
「…全く、姉さんって父さんに似てると言われると、いつも嫌な顔をするんだから」
それは、単なる同族嫌悪なのだろうと、アルフォンスは常々思っていた。
エドワード自身は、錬金術の研究に没頭する余り、家族と過ごす時間があまりなかった父親の生活態度を非難していた。母であるトリシャも、そのせいで病気の発見が遅れて、死んでしまったのだと思っていた。
彼女が、ホーエンハイムを嫌う理由はそこにあるのだと、彼女自身は主張しているのだが、周囲はそうは取らなかった。
アルフォンスも、その1人だ。
父であるホーエンハイムが、妻や子供達を大事に思っていたことは、よく理解できていた。
その証拠に、トリシャが亡くなった後は、一切の表舞台から退き、東部の片田舎の、自分と妻の故郷でもあるこの町で、細々と錬金術の研究をする日々を送っている。それを、最愛の妻を失ったショックがひどくて、隠遁生活に入ってしまったのだと言う者もいたが、アルフォンスは、違うと考えていた。
ホーエンハイムは、妻亡き後、出来るだけ子供達と過ごすために、今の生活を選んだのだ。妻の二の舞にはならないようにと。
出来る限り、子供達と接するようにと、それまでの錬金術師としての経歴を全て捨てて、この町に落ち着いたのだ。
それでもこの町に戻ってきた最初の頃は、彼が籍を置いていた軍部の研究所から、何度も研究所に戻るよう要請が来ていたのだが、それらを頑ななまでに突っぱね続けた。ここ最近はようやく諦めたのか、軍から音沙汰はない。
そんなこんなでいろいろあって、やっと、平穏な3人家族だけの生活が始まるかと思いきや。
娘であるエドワードの頭の中には、既にホーエンハイムは、『家庭をかえりみない不誠実な夫であり、父親である』というイメージが植え付けられてしまっていた。
しかも、それは修正不可能なくらいに深いイメージになっていて、その結果、ホーエンハイムの実家であるこの屋敷に再度住み始めてかなり年数がたつにも関わらず、彼女の父親に対する態度は軟化することがなかった。
「姉さんだって、頭では分かっているはずなんだけどね…」
聡明な彼女のことだ。自分のイメージが誤ったものだということは薄々察知しているだろう。だが、感情面ではそれを否定することを拒んでいるのだ。
「お互い、似ているだけに余計かな…」
アルフォンスも、リビングを出て、自室へと戻るべく廊下を歩きつつポツリと呟く。
エドワードとホーエンハイムは、本当に良く似た親子だ。姿形がというわけではなく、その本質が。
錬金術の才能も、そっくりそののままホーエンハイムから受け継いだように、素晴らしいものだ。
「だからこそ、相容れられないのかも…」
似ているから、受け入れられない。
認められない。
つい、反発してしまう。
それでも、心の奥底では、決して嫌っているのではないことを、アルフォンスは理解していた。
たった1人の、姉の心の奥を。
本人は決して、認めたくないだろうが……。
(姉さんって、分かりやすい性格だからね…)
長年姉弟として過ごしてきたからこそ、割合単純な姉の行動パターンなど、深謀遠慮な弟には全てお見通しなのだ。
「……もうそろそろ、かな」
と、頃合を見計らって、姉の部屋の扉をノックすると。
返事はなかった。
だが、それも分かり切っていたのか、アルフォンスは返事を待たずに扉を開ける。
「姉さん……?」
呼んだが、その部屋には、エドワードの姿はなかった。
ただ、机の上には先刻持って行った本が置かれてあるだけ。
それと、窓が大きく開かれたままだった。
「……やっぱりね」
アルフォンスは苦笑を浮かべて溜息をつく。
姉が、何を企んでいたかなんて、アルフォンスにはとっくの昔に分かっていた。
小さい頃から、ずっと同じだったから。
こっそりと抜け出す時に、
『読書をするから、誰も中に入ってくるな』
と、言うことは。
知らないのは本人だけ、なのだ。
だから、今回も、アルフォンスには分かっていた。
彼女が読書の振りをして、抜け出す目的が何かなのも。
「……ま、いいけどね。あれだけたくさん招待客がいたら、姉さん1人潜り込んでも分からないだろうし…」
ただその脱走も、ホーエンハイムが知るまでの時間制限がある。
彼が、隣のパーティーに大事な娘が潜り込んだと知ったら、すぐさま呼び戻しに行くのは目に見えていたからだ。
「…だから、なるべく早く戻ってきてよね、姉さん」
美味しそうな料理に、夢中になりすぎずにね。
そう思いながら、アルフォンスは音楽の聞こえる広い隣家を、開け放たれた窓からそっと眺めていた。
まだまだエディは、色気より食い気みたいです。
さてさて次はいよいよ、隣家の…が出てきます。多分。