『toujours』〜永遠に〜 -11-  

「……これで、サインをする書類は終わりかな?」

 机上に置かれた最後の1枚を、傍らに立っているリザに渡すと、彼女はそれをじっと見てから頷いた。
「はい。取り敢えず、急を要する書類は終わりました。ありがとうございます」
 軽く頭を下げて、リザは手の中にある書類の束を整える。
「礼には及ばないよ。普段司令部でしている仕事なのだから」
「ですが…せっかくご実家にお戻りなっているというのに…」
「ここに戻ったのも、仕事のうちだからな」
「大佐……」
 自嘲気味に笑い、呟くロイを見て、リザは軽く睨む。
 だが、そんな部下の非難を含んだ眼差しを気にする風もなく、ロイは再度口を開いた。
「…まだ他に、しなければならない用務はもうないのか、中尉?」
「あ、はい。これを、お父様よりお預かりしてまいりました」
 と、言いつつリザは差し出した。
「これらが、現在お父様がお預かりになられている、お見合い写真だそうです」
「……こんなに預かっていたのか?」
 ロイは、リザが机の上に置いた、大判の写真の山を見て、げんなりとする。
「……20名はいそうだな…」
「正確には、18名だそうです。どの御方も、マスタング家に相応しいご令嬢だとか」
 リザは、冷ややかな眼差しで、山となっている写真を見ながら答える。
「…わかった。至急これらを全て見て、返事をしよう」
 時間がかかりそうだが、とぼやきつつ、1番上から写真を取り始める。
「……本当に、それでよろしいのですか?」
「…何のことだ?」
 押し殺したリザの声を聞いても、顔を上げようともせずに、ロイは応じる。
「この中かから、伴侶をお選びになってもよろしいのですか?」
「そのために、見ているのだろう?」
「…彼女の…エドワードちゃんことは、もういいと?」
 リザがそう尋ねた時、一瞬ではあったが、ロイの指がピクッと微かに震えるのを、彼女は見逃さなかった。
 しかし、目の前にいる上司は。
「いいも何も……さっき振られたばかりだぞ?」
 憎たらしいと思えるくらいのポーカーフェイスを装って、口元に笑みを浮かべながら答える。
「大佐が、振られるように仕向けたからでしょう?」
 ここに来た当初の目的を、自らばらしてしまったのだ。
 彼女……エドワードに近づいたのは、彼女の父親である高名な錬金術師、ホーエンハイム・エルリックを、軍に招聘するためだということを。
「あれでは、振ってくれと言うようなものです」
「そうか…。だがいずれは、知れることだ。その時期が早いか遅いかだけの違いだろう」
「そうは言っても、もう少し別の言い方があったものと思われますが?」
 元々、女性には優しいこの上司は、その言動には常に、かなり気を遣っている。それが別れを告げる場合であっても、極力相手を傷つけないようにしていた。だからこれまで、かなり浮名を流していても、それが騒動へと発展することはなかったのだ。
 だが、今回ばかりは違っていた。
 ロイは、年端も行かぬ少女を、あっさりと切り離したのだ。
 わざと、傷つけるような言葉を言い放って。
 それは、これまでの女性に対するロイの言動をよく知っているリザから見ると、明らかに異質ものだった。
 だから、普段はこの女たらしの上司のプライベートに、なるべく関わらないようにしているにも関わらず、今回ばかりは食い下がっていた。
 リザ自身、あの、金の髪に金の瞳の、稀有な美貌を持つ少女のことが、とても気にかかっていたから。
 しかし、肝心の当事者である、目の前の上司はと言えば。
「…相変わらず、手厳しいね。中尉は」
 と、苦笑を浮かべて答えただけだ。後は、目の前に積まれてある、写真の山の処理にかかりだした。
 そんな、『もう君の話は聞かない』という言外の態度に、深い溜息をつきつつ、一礼をしてその場を辞そうとした時のことだった。

 何の前触れもなく、今まさに、リザが開けようとした扉が、荒々しく開かれたのは。

「……失礼します」

 低く、押し殺した声で、挨拶をした後に、ずかずかと部屋の中へと入ってきたのは。
「……君は…アルフォンス君…」
 ロイは、写真から顔を上げて席を立ち、目の前に立つ少年の名を呼ぶ。
「…突然、予告もなしにここを訪れ非礼はお詫びします。だけど!」
 アルフォンスはそう言い置いて、すぐさま。
 目の前にいるロイを睨むと。
「……大佐っ!」
 突然のことに、リザが叫んだ。
 アルフォンスがすぐさま、ロイの顔を殴ったからだ。
 だが、やはり軍人だからだろうか。突然のことにも関わらず、ロイはアルフォンスに殴られて、一瞬よろけたものの、すぐに立ち直ったのだ。
 殴られた頬は、赤くなってはいたが。
「……このことに関しては、絶対に謝りません。あなたには、こうされる理由がある筈だから!」
 ロイを睨みつけ、握り締めた拳を震わせつつ、アルフォンスは叫ぶ。
「姉さんを傷つけ、泣かせたあなたには!」
 怒りの余り、肩で息をしながら、姉想いの弟は睨みつけていた。
 大事な姉を泣かせた、極悪非道にしか見えない、目の前の軍人を。
「……今後二度と、姉さんには近づかないでください!」
「そのつもりだよ、アルフォンス君」
 真っ赤になった頬を撫でつつ、あっさりとロイは答える。
「私の目的は、あくまで君達の父親・ホーエンハイム氏だ。だから、君のお姉さんに近づいたのは、あくまでその過程でしかないな」
「あなたは……!そのために、姉さんの想いを利用して…っ」
「それ以外に何がある?」
 全ては、任務のため。
 そのためだけに、ロイは、エドワードの想いを利用したのだ。
「あなたも…姉さんのことを好きだと思っていた僕が、馬鹿だったというわけですか…」
 アルフォンスは、声を押し殺して呟いた。
「それこそ、誤解だよ。その証拠に、今、私は結婚相手を選んでいる最中だ」
 言いつつ、机の上の見合い写真を示した。
「この中から、私に相応しい人を選ぶつもりだよ」
「……本当に、最低な人ですね、あなたは!」
 もう一度、殴りかからんばかりの怒りようで、アルフォンスはロイを睨む。
 だが、再度手を出すことはなく、ロイに向かってきっぱりと宣言した。
「もう2度と、姉さんの前に姿を見せるな!もしそんなことをしたら、その時は容赦しない!」
 彼にしては珍しく、乱暴な口調で言い捨て、そのまま部屋から出て行った。
 そんな彼の後ろ姿を、廊下で何事かと様子を窺っていた使用人達が、遠巻きにして見ている。

「……中尉、扉を閉めてくれないか」
「あ、はい…」
 彼女もまた、去っていくアルフォンスを見ていたのだが、ロイの声で我に返り、開けっ放しになっていた扉を閉めた。
「…さて、。続きを始めようか」
 先刻までの騒ぎがなかったかのように呟き、再び写真を手に取るロイを見て、リザはぽつりと小さい声で呟いた。




「……本当に、不器用な上司」







 アル、一発殴っただけでは足りない!もっとボコボコにしちゃってもいいくらい最低です。(でもでも、私、ロイ、好きですよ〜!)さて、次は久々、エドが登場します。