『toujours』〜永遠に〜 -10-  

 アルフォンスは、先刻からずっと、気が気でなかった。


 買い物から帰ってきたら、家の中は静まり返っていた。
 だが、誰もいないというわけではない。
 父親であるホーエンハイムは、きっとまだ寝ているのだろうし、姉のエドワードも、自分が出るときは家の中にいることを確認した筈だ。
 それに、ふと足を踏み入れたキッチンは、片付けもされないままに、ついさっきまでそこで何か作っていたという跡があった。
「…姉さん、お菓子でも作ってたのかな?」
 そここに置きっぱなしの調理道具や、材料を見ると、菓子を作っていたという結論に行き当たり。
 それは、ダイニングテーブルの上に置かれてある、アップルパイを目撃することによって確信へと変わった。
「珍しいな、姉さんがお菓子を作るなんて…」
 アルフォンスは、テーブルの上の、美味しそうなアップルパイを見つめつつ呟いた。
 元々エドワードは、料理が苦手な方ではない。
 むしろ、上手な方だろう。
 だが、毎日の食事は作っても、こういったお菓子の類は普段余り作ることはなかった。

『食事は、毎日食べなきゃいけないから作るけど、お菓子はその必要がないからな。第一、オレが作るより町のケーキ屋の方が美味しいよ』

 と言って、本当にたまにしか作ることはなかったのだ。アルフォンスにとっては、ケーキ屋のものよりエドワードの作るお菓子の方が格段に美味しいと思うのだが、エドワード自身はそれを余り認めたがらない。
 だが、気まぐれにしかお菓子を作らない姉が、今日は、朝も早くから作っていたらしい。
 エドワードが得意とする、アップルパイを。
(…一体…何のために?)
 自分達家族に、食べさせるためだけではないだろう。
(…だとしたら…)
 アルフォンスには、すぐにピン…ときた。
 姉が突如、アップルパイを作った理由が。
 しかも、自分の留守中に、だ。
「……ということは、姉さんは今頃お隣に行ってるのかな…」
 と、呟きつつ、姉の部屋へと向かう。
 こっそりと(もうばれてしまったが)、お菓子を作ったのは。
(きっと…マスタングさんにお礼を言うためなんだ)
 川に落ちて、助けてもらったことへの。
 そのために、エドワードは、一生懸命作ったに違いない。
 それには、感謝の気持ちも勿論込められているのだろうが、それ以上に占めているのは、彼への淡い想いなのだろう。
(……姉さんの、初恋だろうから…)
 そう指摘したら、本人は照れまくって否定するに違いないだろうが、アルフォンスは確信していた。
 姉は、あの隣家の男のことが好きなのだ。
 だから………
(きっと今頃は…お隣にこっそり潜り込んで…)
 ロイに会えるチャンスを窺っているのだろう。ひょっとしたらもう会えていて、手作りのアップルパイを渡しているかもしれない。
 そんな2人の光景を想像するだけで、アルフォンスはもやもやとした、浮かない気分になってしまうのだが、姉がそれで幸せならば仕方ない…と思っていた。
(第一、礼をした方がいいと行ったのはボクだし…)
 まあ、ロイからしてみれば、まだ子供と言ってもいいくらいの姉を相手に、いきなり大人の恋愛を仕掛けてくることはないだろう。ロイも、少なからずエドワードのことを気に入っているようだから、彼女に嫌われるような真似はしないに違いないと、アルフォンスは踏んでいた。
 だから、姉の部屋の前に着いた時も、然程深刻には考えてなかった。
 きっと、姉は、こっそり家を抜け出していて、そこにはいないと思っていたから。

 ……ところが。

(………え…?)
 アルフォンスは、聞き耳を立てる。
 誰もいない筈の姉の部屋から。
 微かに、聞こえてきたのだ。


 か細い…すすり泣く声が。

 その声は、明らかにエドワードのもので。
 アルフォンスはたまらず、ノックもせずに扉を開けてしまっていた。
「…姉さんっ?」

 エドワードの部屋に飛び込んだ、彼が見たものは。

 ベッドの上で、泣きじゃくっている姉の姿だった。
「……姉さん…」
 こんな風に泣く姉を、アルフォンスは見たことがなかった。
 涙脆いところはあるものの、姉という立場からか、人前では滅多に涙を見せようとはしなかった。
 悲しいことがあっても、泣くのをグッと我慢している姿しか、彼は見たことがなかった。
 それなのに今は、瞳を真っ赤にして、涙で顔をぐしゃぐしゃにしている顔を隠そうともせずに、泣き続けている。
「姉さん……一体何があったの?」
 そっとエドワードに近寄り、ベッドの端に腰を下ろして、未だ涙を零している彼女の顔を覗き込んで、優しく問う。
 すると、エドワードは。
「……アル…ッ…」
 弟に縋り付き、しゃくりあげながらも、エドワードは少しずつ語り始めた。

 そして。
 彼女の話を聞いていくうちに、どんどんアルフォンスの表情が険しくなり。
 姉が全てを語り終え、泣き疲れて眠ってしまったのを確かめるやいなや。
 ある場所へと向かった。

 姉を泣かせた元凶の場所へと。
 







 ロイ、ますます最低男かも。こんなに泣かせるなんて…。さあ、次はアルの報復かな?それはそれで楽しみ…です。(こんな私ですが、ロイ、大好きです!)