『toujours』〜永遠に〜 -1-  

「ただいまぁ〜」
「もうっ、姉さん!また寄り道してたね!」
 扉を開けた途端に、アルフォンスの怒鳴り声が響き渡った。



 それが、いつものこと。
 変わりばえのない、日常。
 そんな毎日が、これからもずっと続くと思っていた。
 この穏やかな、田舎の町で……ずっと……。



「図書館に行って、閉館ギリギリまで粘るのはいいけどさ。その後どこかに寄り道するのは止めてよね!」
「だってアル…通り歩いてたら、パンを焼く美味しそうな匂いがしててさ。急に腹が減っちまってつい…。ほら、おまえの分も買ってきたから」
「もう、姉さん……」
 悪びれる風もなく、焼きたてパンの詰まった紙袋を差し出す姉を見て、アルフォンスは溜息をついた。
「…約束したよね、ボクと、父さんに。閉館時間まで図書館にいる時は、真っ直ぐ家に戻ってくるって」
「う……ん…」
 『約束』を切り出されると、エドワードは弱い。そこをついて、ここぞとばかりにアルフォンスの小言は続いた。
「いくらこの町が、犯罪が滅多に起こらない平和な町でも、いつ何がおこるか分からないんだからね!だから、日が暮れる前に家に帰ってくるようにっていつも言ってるのに…」
「アルも親父も、心配性なんだよ。オレには『これ』があるから大丈夫だっていうのに…」
 と言いつつ、エドワードは両手を胸の前で合わせる仕草をする。
「錬金術を過信しすぎだよ、姉さんは!」
 アルフォンスは軽く睨みつける。
(…全く、姉さんは本当に、自分のことをわかってないんだから…)
 そう心の中で思い、目の前の小柄な姉の姿を見る。

 黄金色の艶やかな長い髪を三つ編みにした、同じ金色の瞳を持つ、快活そうな美少女。
 それが、弟であるアルフォンスと、2人の父親であるホーエンハイムが愛してやまない、エドワード・エルリックだ。
 彼女が生まれた時、父親であるホーエンハイムが、男の子の名前しか考えてなかったので、そのまま生まれてきた娘に『エドワード』という名前をつけたのがいけなかったのか。
 それとも、幼くして母親を亡くし、それからというもの男手1つで育てられたのがいけなかったのか。
 それら全ての原因が混在してしまったせいかもしれないが、見た目の愛らしさに反して、物心ついた頃には既に、言葉遣いや動作は、男のそれとなってしまっていた。 
 だが町の人々も皆、この明るい少女には好感を抱いていたので、それを殊更無理やりに直そうとする者はいなかった。
 いわゆる、『町のアイドル』と化しているエドワードだったが、それ故に、最近では別の悩みがアルフォンスとホーエンハイムに降りかかっていると言ってもいいだろう。
 それは。
(…姉さん、最近とみに綺麗になっちゃったからなあ)
 原因は、エドワード自身。
 決しておしゃれをしているわけではないのだが、いわゆる年頃になったエドワードは、町の若い男達の『注目の的』となっているのだ。
 アルフォンスと一緒に歩いている時でさえも、デートの誘いがひっきりなしに来る
し、誕生日ともなると、自宅は届けられたプレゼンで溢れかえってしまう始末。その上、気の早い奴に至っては、結婚までも申し込んでくるのだ。
 それら、アルフォンスから言わせると、『悪い虫』達から大事なエドワードを守るべく、日々気をつけているのだが……当の本人が、全く警戒心の欠片もないというのも困りものだった。
「とにかく!」
 アルフォンスは改めてエドワードに向かい、少し語気を強めて言う。
「日が暮れる前に、必ず家に戻ってくること。それと、町で男達から誘われてもついて行かない事。この2つだけは絶対に守ってよね!」
「はいはい、分かったってば」
 もう、何度言われたか分からないアルフォンスの説教に一応頷いて、エドワードはこの話題は終わりとばかりに買ったばかりのパンを取り出して食べ始める。
「うん、美味しい」
「姉さん……」
 温かいパンに顔を綻ばせるエドワードを見ていると、それ以上小言を言う気力もなくなって、アルフォンスは話題を変えることにした。
「…そういえば、お隣のマスタングさん家さ」
「ああ、あの成金親父がどうかしたのか?」
「……姉さん…」
「成金には間違いないだろ?一代で財を成したんだからさ」
「それはそうだけど…もう少し言い方ってものが…」
「親父も言ってるんだからいいじゃないか」
(そりゃ、父さんは遺恨かあるからなあ…)
 その昔、まだ彼等の父であるホーエンハイムが若かりし頃、母であるトリシャを巡って、お隣のマスタング家の現当主、ロベルト・マスタングと壮絶な争いをしたというのは、未だに町の人々の話題に上るものだった。それ程に、激しいバトルを繰り広げたのだろうが、結果はロベルト・マスタングが敗北。ホーエンハイムがトリシャと結婚して、エドワードとアルフォンスが生まれたのだが、その時の恨みがまだ両家の当主に残っているせいで、お隣同士にもかかわらず、両家の交流は全くなかった。
「…で、そのお隣さんがどうしたって?」
「え、ああ。今日、隣の息子さんが戻ってきたみたいなんだ」
「隣の息子って……ロイのこと?」
「1人しかいないから、そうだろうけど」
「確か…軍隊に入ったって言ってたよな?」
「うん。今は東方司令部で、大佐の地位に就いているみたいだよ」
「へえ……。まだ確か、30前だろ?出世早くない?」
「士官学校卒業してるけど…確かに早いね。それだけ優秀ってことかなあ?」
「…で、何で今頃戻ってきたんだよ?」
 エドワードが、素朴な疑問を投げかける。大佐の地位ともなれば、結構忙しい身なのに、わざわざ田舎の町に戻ってくるとは…。
「何でもお見合いするためなんだって」
「お見合いぃ?」
「厳密に言えば、お見合いパーティーをお隣で開くことになって、それに参加するために戻ってきたんだってさ。もう30になるから、そろそろ身を固めさせようとロベルトさんが計画したらしいんだけど」
「……ふうん…」
 エドワードは、気のなさそうな返事をする。
 お隣とは言っても、全く交流のない家だ。それに、1人息子のロイとも年が離れていて、遊び友達の範囲にすらならない。会っても挨拶程度しかしない存在に、エドワードの関心は低かった。
「お見合いパーティーは明後日だって。その日は賑やかだろうね」
「…だろうな」
(パーティーか…)
 別に、お見合い自体には、興味はなかった。主催であるマスタング家についても。
 だけど……
(パーティーって言ったら…)
 ふと、ある事に気づく。
 そのことを思いついた時に、エドワードはとても…とても楽しそうな笑顔になったことを、傍にいたアルフォンスは気づかなかった。








 新シリーズ開始です!
 これは…余り長くはならないと思うのですが…。頑張ります。