『Tea time + α』 -3-

ハボックが暫くたって、現在集められる限りの情報や資料持って来てからは、エドワードの私室は急遽『デーヴィッド・マスタング誘拐事件対策本部』と化してしまった。
 勿論、表向きは憲兵本部でも対策本部を設置して、事件の捜査をしているのだが、黙って成り行きを見守っていられるほど、エドワードは大人しい性格ではなかった。
 それに今回は、これまでの事件と明らかに状況が違うのだ。
「――――犯人からの、連絡は?」
 エドワードは、運び込まれた事件発生現場の地図や、状況報告書、そして以前の誘拐事件の資料をつぶさに見つつ、ハボックに尋ねる。
「―――ヒューズ公爵邸に、つい三十分程前、あったそうです」
「内容は?」
「…『ご子息は預かった。命が惜しければ、一億センズ用意して、次の指示を待て』と。電話でだったそうですが、逆探知までは…」
「だろうな。だが…犯人はどうやら、デーヴィをヒューズ公爵の子供だと思い込んでいるようだな…」
 エドワードはぽつりと呟く。
「はい。確かに、ヒューズ公爵にはお子様が一人いらっしゃるということだけしか公表されておりませんから…男か女なのかも知らないというのは頷けますが…」
「だが、犯人は、デーヴィをヒューズ公爵の息子と信じて疑ってないようだな」
「そのようですね。たまたまヒューズ邸に入ろうとしたデーヴィッド様の馬車を見て、そう思ったのかもしれませんが…。ただそれだけでは、余りに確証がなさすぎですから…」
 リザも同意する。
 犯人がヒューズ公爵の息子だと断言できる理由が、確かにあるのだ。
「――――デーヴィかな、ひょっとして…?」
「その確率は、高いかと…」
 まさに阿吽の呼吸で、エドワードとリザは話す。
「……ったく、妙なところで子供らしくない配慮なんかするんだから…」
「デーヴィッド様なりの、お心遣いではないでしょうか?出来るだけ、ご両親には迷惑をかけないようにとの…」
「んじゃまあ、その配慮が犯人達にばれないうちに、解決できるように頑張ろうかな」
 と言い置いて、完全に蚊帳の外に置かれていたハボックに指示を出す。
「ハボックさん。これまでの誘拐事件、犯人の誘拐に使った手口はどれも同じだったんだよな?」
「はっ、はい。馬車に乗っているところや、通りを歩いている時に襲っては、子供だけをさらっていったと…」
 話を振られ、ハボックは慌てて説明する。
「そんでもって、襲った犯人は皆、騎乗して逃げた…と」
「その通りです。暴れる子供を楽々と抱えて、去って行ったそうです。物凄いスピードで」
「…で、憲兵も追いかけたが、途中でいつも見失ってしまった…と」
「はい」
「ふーん……」
 エドワードは小さく唸り、資料に目をやっていたが。
「その一連の事件、発生場所と犯人を見失った地点、一本の線でこの地図上に引いてもらえないかな?」
「はい。それはお安い御用かと…」
 ハボックは、資料を見ながらすいすいと線を引いていく。
 その間にエドワードとリザは、他の書類に目を通していた。


「―――はい、出来上がりました」
 暫したって、ハボックが二人に、線を引いた地図を示す。
「―――――やっぱり、な」
 その地図を見て、エドワードは頷いた。
「やっぱり…とは?」
「犯人の目処がついた、ということだよ」
 と言いつつ、エドワードは席から立つ。
「えっ、これだけで…ですかっ?」
 ハボックは、正直驚いていた。
 憲兵が何ヶ月たっても犯人の目星すらつけられていないのに、ここにいる皇妃は、ものの数時間で誘拐犯が誰かということが分かったというのだ。
「この地図と……こっちの資料。あと別に頼んでおいた書類。これだけあれば、だいたい想像はつく」
「別に頼んでいた書類…というと……あ…!」
 ハボックも、ようやく理解できたようだ。
「分かったのなら、あなたも行きましょう、ハボック」
 既にエドワードは扉を開けて廊下に出ていた。その後をリザがついて出ようとしてる。
「あ…お待ちください…!」
 ハボックも、慌てて後を追った。
「時間がない。犯人がデーヴィだと分からないうちに、行動するぞ。他に何人かついてくるよう指示を」
「承知いたしました」
 リザが頷き、傍らから離れる。
「―――ま、まさか、皇妃様自らが、現場に…?」
「ロイに出られては、それこそ目立つからな。そのために、こんな格好をしているんだ」
「…で、ですが、危険です!犯人が逆上したら…!」
「しないよ」
 きっぱりとエドワードは言い切った。
「犯人は臆病なんだ、そもそもは。だから、決して殺さずに、返している。生かして返すことが、かなりリスクがあるのにも関わらず、だ。―――尤も、無傷で返すということで、誘拐された親達からの追及がその時点で緩んでしまうということを考えて、のことだったら、かなり姑息だけどな」
「で、ですが…証拠もないのに行っては…それこそ…」
「だよな。流石にそれはまずいと思う」
 エドワードの答えを聞いて、ハボックはホッと胸を撫で下ろす。取りあえず、この国の皇妃に犯罪者になってもらっては非常にまずいのだ。
 だが彼の安堵も、次の瞬間脆くも崩れ落ちてしまった。
「―――でも、証拠は向こうでいくらでも作れるだろうから、取りあえず向かうぞ」
「ち、ちょっと皇妃様…!」
「大丈夫だよ、ハボックさん」
 エドワードは、困惑しきりの部下に向かって、笑みを見せた。
 不敵な、笑顔で、言い切った。


「あの子は……ただ誘拐されて、黙って待っているような子じゃないから」







 誘拐されたのは、あっという間のことだった。

 軽快に走っていた馬車が、後少しでヒューズ邸に到着するというところで突然止められて、御者の怒鳴り声に続いて飛び込んできた奴に抱えられて、連れてこられてのがここ、だった。
 でも、ここがどこかは、デーヴィッドにも分からない。
 捕まった途端に、薬のようなものをかがされて、意識を失ってしまったから。
 気がついたら、この薄暗い部屋に転がされていた。
 屋根裏部屋のような、狭い部屋。
 斜めになった天井で、それと分かる。
 ここは、どこかの建物の最上階なのだと。
「あとは……」
ぐるりと室内を見渡す。窓は、一つきり。背伸びをしたら外は見えるものの、屋根しか見えない。
扉は反対側にあるが、当然外から錠がかかっていて、出れないようにしてある。
それ以外は小ぶりの机と椅子、そして古い木製のベッドとクローゼット。見たところ、使用人の部屋のようだ。
「さて…と。どうしようかな…」
 デーヴィッドは呟く。
 窓から見える空の色を見たら、まだ誘拐されてから然程時間は経過していないようだ。
 だが自分がさらわれたことは既に、ロイやエドワード達にも知らされているだろう。そうなったら、何らかの手は打ち始めてくれてている筈、だ。
(…だってボクは…ヒューズ公爵の子供ではないから)
 さらわれる直前、犯人は問うてきた。
『ヒューズ公爵の子供だな?』
と。
 それに思わず頷いてしまったのだ。
 咄嗟のことだったので、どうしてそうしたのかは分からないけれど……今は、頷いてよかったと思っている。
 だって、皇帝の息子だと知れたら、どうなっていたか分からないから。
 概ね、この国の人達には、自分の両親は評判はいいけれど、そうでない人も中にはいるから。この誘拐犯が、どっちなのかが分からないうちは、自分の身元を知られてはならないと、デーヴィッドは思っていた。
「―――まあそれも、長い時間だとは思わないけど…」
 そう独り言を漏らし、椅子を抱えて窓際に向かう。
 自分の両親は…遠からずここを見つけ出してくれるだろう。
 そんな確信が、デーヴィッドにはあった。
 自分の親は……そして、二人に仕えてくれている人達は、皆とても優れているから。
 あらゆる面で。
 そんな彼等が全力で以て捜索に当たれば、こんな場所などあっという間に割り出すに違いない。
 そんな信頼が、デーヴィッドの心には根強くあった。
 普段は喧嘩をしてばかりいるけれど、ロイの皇帝としての資質は、とても素晴らしいものだと内心では認めていた。そしてそんな夫に寄り添っている母親のエドワードも、素晴らしい人だ。
(男の人だと分かっても…父様は傍にいて欲しいと思ったくらいだもの…)
 エドワードの秘密を、デーヴィッドも知っていた。普段一緒に暮らしているのだから分かってしまうのは当然のことだったが、それでもエドワードは、デーヴィッドに全て包み隠さず話した。
 ―――彼が、十歳の誕生日を迎えた時に。
 その真実を知った時、驚いたものの、すぐにそれは当然のことかと受け入れていた。
 自分も、エドワードのことが大好きだから。
 例え本当の母親でなくても…好きだから。
 本当の母親以上に、惜しみない愛情をくれるから。
 そんな彼を、デーヴィッドはとても好きだ。
 だから――――



「………?」
 ふと、物思いに耽っていた時だ。
 デーヴィッドは、気付いた。
「あれは……」
 気付き、慌てて椅子に上がって窓の外を眺める。
 すると。
「あれは……錬成の光…?」
 鮮やかな光が、屋根越しに見える。
 その光は、この国では滅多に見られない、錬金術の光。
 そしてデーヴィッドは、頻繁に見ることの出来る光、だった。


「―――全く、母様はいつもやることが派手なんだから…」
 クスクス笑いながら、ごそごそとポケットを探す。
「…あった!」
 取り出したのは、小さなチョーク。
「…念のために持ってきておいて、良かったな…」
 母親と同じく、両手だけでも錬金術は扱えると思うが、まだ加減が上手くいかない。この家を壊しては元も子もないので、ここは安全確実な方法を取ることにする。
 デーヴィッドは、床にてきぱきと錬成陣を描き、それに両手を乗せた。
 途端に、錬成光が周囲を包み込む。


「―――ボクが出来るのは、ここまでだ。後は…ちゃんと気付いてよね、母様」
 ぽつりと呟いたデーヴィッドは、錬成されて変形していく屋根を眺めつつ、微笑んでいた。




 事件は、程なく呆気ないほどに終息を迎えた。
 エドワード達が向かった場所の程近くで、錬金術を使ってからは、一気に事が運んだ。
 彼等は、見つけたのだ。
 一軒の建物の屋根から微かに光が漏れるやいなや、その屋根自体が見る見るうちに盛り上がり、尖塔のように変形したのを。
 そしてご丁寧にもその先端には旗がついていて、風ではためいていたのだ。


『ボクはここにいるよ。デーヴィッド』
と、書かれた旗が。

 それを望遠鏡で確認したエドワード達は、憲兵を引き連れて突入したのだ。


 デーヴィッドが監禁されている――――『ボールド』宝飾店に。

 そして、屋根裏部屋にいたデーヴィッドを無事保護し、誘拐監禁の現行犯として、宝飾店の店主が逮捕され、連行されていった。



「―――全く、最初の被害者と、誘拐犯が同一人物だとは…な」
 事件が解決したという報告を受けて、すぐさま現場にやってきたロイは、呆れたように呟く。
「これまでの誘拐事件の、さらわれた場所から姿を見失った場所を辿ったら、大体この近辺でぷっつりと行方が途絶えているんだよな。それに、最初の誘拐事件で相当額の身代金を支払った割には、宝飾店自体はダメージを受けてないみたいだし。それどころか、誘拐事件が発生する度に、業績アップしているみたいだったから、これは怪しいぞ…って思ったんだよ」
「成程な…。以前は倒産寸前だったのが、事件をきっかけに息を吹き返したというわけか…」
「そう。それに、誘拐された子供の家っていうのが、どれもこの宝飾店の顧客だったのも、奴が犯人だという確証持ったきっかけかなあ…」
「全く…憲兵顔負けの捜査をするね。だが」
 ロイは軽く睨んでエドワードを見る。
「相手が大人しく逮捕されるような人間だっただから良かったものの、カッとなって逆上するような奴だったらどうなっていたかわからないんだぞ?君や…デーヴィッドも怪我をしたかもしれない。今回は無傷で済んだものの…もうこんな無茶はしないでくれ」
「―――ロイ…」
 そっと抱き締められる。
 だがエドワードは抗わなかった。
 夫が……ロイが、本気で自分とデーヴィッドのことを心配していたのが分かるから。
「君が…エドが、デーヴィッドのことが心配なのはよく分かるよ。だけど…」
「うん……ごめん、ロイ…」
 そっとエドワードもロイの背中に腕を回した。
 彼もまた、とても心配していたことは、手に取るように分かるから。
 だが皇帝という立場上、表立って動くことが出来なくて、歯痒い思いをしていたに違いない。
 だからこうやって抱き締められても、するがままに任せていた。
 エドワードも、抱き締められるのは嫌ではないから。
「―――だが」
「うん?」
「今回は、少し嬉しいかな?」
「何が…?」
 顔を上げて、エドワードは夫の顔を見る。
 するとそこには、だらしのない笑顔があった。
「エドのそんな凛々しい、軍服姿を見ることが出来て」
「―――ああ、そう」
 彼の言葉を聞いて、がっくりと肩が落ちる。
 確かに今自分は、リザ達が普段公務の際には身に纏っている軍服を着ている。
 それは、出来れば動きやすい服も欲しいとリザに頼んで、こっそりとエドワード用にあつらえてもらったものだった。
 だがそれを着る機会はなく…今回の事件でようやく日の目を見たのだが……。
「いや、本当によく似合っているよ!ドレス姿も可愛らしいが、こういう制服も、ストイックでなかなかいいね…」
 ロイの言うように、青い軍服を着て、黄金の髪をポニーテールにしているエドワードの姿は、『男装の麗人』のようで(この場合、彼は本物の男なのでおかしな表現になるのだが…)、美しかった。
「―――おまえ、今、今度はこんな服をたくさんあつらえようなんて、考えないだろうな?」
「えっ、いや……こっちの方が、ドレスよりは金はかからないだろうかと…」
「却下!こんな服着る機会なんて、そうそうないのに、それこそ無駄遣いだ!」
「そんな…!私の前で着てくれればいいじゃないか!」
「んな面倒くさいこと出来るか!ドレスだけでもいい加減面倒なのに!」
「エド〜!」




 無事を喜び合ったのも束の間、事件現場は突如として夫婦喧嘩の場となってしまった。




「あーあ、またやってる…」
ここが公の場だということを、いい加減弁えて欲しいものですね」
「それって…父様?」
「今回は、お二人とも、です」
「だよね…」

 皇帝夫妻から少し離れた場所で、無事保護されたデーヴィッドとリザが、二人の会話を聞きつつ、呆れ顔になって話していた。

「―――デーヴィッド様」
「何?」
「デーヴィッド様は、お父様のようにはならないでくださいね、絶対に」
「うん。ボクもなりたくない。プライベートに関しては、ね」
 きっぱりと、デーヴィッドは言い切った。
「だけどね、リザさん。ボクは、父様を見習いたいことが一つだけあるんだ」
「…何でしょうか、それは?」


 と、リザが尋ねると。
 デーヴィッドは、満面に笑みを浮かべてはっきりと答えた。




「―――母様のような素晴らしい人を得ること、だよ」