『Tea time + α』 -2-

 「―――全く、いつまでたっても仲が悪いんだから…」
 エドワードが溜息をつきつつぼやくのを、リザはティーカップを片付けながら聞いていた。
「喧嘩するほど仲がいい、とも言いませんか、この場合?」
「あれは、単なる同族嫌悪だろ?ほんと似たもの同士なんだから…」
「ああ、そうですね。皇帝陛下とデーヴィッド様は、本当にそっくりですから…」
 好きになる対象もそっくりなのだろう、と言うのは、胸の内だけにしておいた。
 その『対象』が、目の前にいるから。
(本当に…陛下も皇妃様のこととなると、余裕がなくなるから…)
 この国の皇帝であるロイは、それ程に隣国から嫁いで来たエドワードを愛して止まなかった。
 愛しい皇妃に関しては独占欲を丸出しで、エドワードが絡むとそれこそ国民には見せられないくらい大人気ないことまでしてしまう。
 それは、例え自分の息子であろうとも、容赦はなかった。
 一方、二人の息子であるデーヴィッドも、母親であるエドワードが大好きでべったりだったので、この父子の間で常日頃争いが起こってしまうのは致し方ないだろう。
 だが、その争いの狭間に立つのは、当然皇妃であり、母親であるエドワードであって、二人の止め処がない不毛な諍いを止めさせるのも、いつしか彼の役割となっていた。
「…本当に、あの二人、親子に間違いないと思うな」
 エドワードは、確信を込めて呟いた。
「そうかもしれませんね…あれ程に、容姿も性格もそっくりですから…」
 リザも同意を示す。
 あの二人は、本当に実の親子ではないのだろうか、と。
 元々、宮殿の前に、『陛下の御子です』という書き置きを添えて捨てられていたのを、エドワードの懇願で二人の子供として迎え入れた経緯がある。
 だが、本当にロイの子であるかどうかは、未だ分からないままだった。
 デーヴィッドを産んだらしい実の母親は、既に病没していたので、真偽を問うことは出来なかった。
 けれども、その捨てられていた子供は、余りに容姿がロイにそっくりだったし、エドワードが血の繋がりなんてはっきりしなくてもいいから育てたいと言うので、いつの間にかデーヴィッドの出自の調査については、うやむやのうちに終わってしまっていた。
 その後、ロイとエドワードの子供として国内外に披露し、今に至っているのだが――――
「…そっくりなのはいいけれど、顔つき合わす度にいがみ合うのは勘弁して欲しいよ」
「あれも一種の親子のコミュニケーションだと思えばよろしいのではないですか?お二人とも、本心から互いを嫌い合っているわけではないのですから」
「―――それは…分かってるんだけど…さ」
「…そのうちデーヴィッド様も、好きな子が出来て、お母様から離れていかれると思いますよ?」
「そうあってほしいと思うけどな」
 エドワードは心の底からそう思っていた。子供が自分から離れていくという寂しさはあるものの、デーヴィッドにもいつか、心から愛しいと思う人が出来て欲しいと願う気持ちの方が強い。
 ―――そう、自分とロイのように…。
「…でも、理想は高いと思われますが」
 恐らくデーヴィッドは、常日頃傍にいるエドワードを基準にして見てしまうだろう。となると、それは恐ろしく高基準に違いない。そして、その基準を満たした人と出会うまでは、これまでどおりの父子の争いが絶えることはないのだろうと、リザは思った。
「…そうなのか?でも、ま、こればっかりはどうにも出来ないからな。オレも、無理矢理見合いなんて勧めたくないし。デーヴィに任せるよ」
 彼がいいと思った人と、結ばれて欲しい。
 そう、エドワードは心から願っていた。
「―――ところで、そのデーヴィッド様ですが」
「うん?」
「先程、馬車で外にお出かけになられたようですが…」
「ああ。エリシアちゃんに、錬金術を見せて欲しいと頼まれたから、これから出かけてくるって言ってたな…」
「エリシア様……ということは、ヒューズ公爵邸に行かれたのですか?」
「ああ。デーヴィはまだ皇太子でもないから、気楽に動けるしな。動けるうちは外に出て、いろんなものを見て欲しいし、体験して欲しい」
 ロイとエドワードは、デーヴィッドを自分達の子としては周知したが、立太子まではしなかった。
 まだ赤ん坊だった彼に、皇帝としての資質があるかどうかは分からなかったし、それに、本人の意向も聞かずに将来を定めたくもなかったのだ。
 彼が望み、なるべくして皇帝になるのならそれでもいい。もしデーヴィッドが皇帝の座を望まないというのであれば、それでも二人は構わなかった。自分の血筋に固執して、国を傾けさせるよりは、血筋など関係なく、皇帝に相応しい能力を持つ者に後を託す方がいい。
 ロイとエドワードはそう考え、デーヴィッドを自由に振舞わせていた。外に出て、いろんな人と交わり、様々な経験をすることは、後々彼にとって役立つものとなるだろうと思ってのことだった。
 リザ達、二人に仕える者も、この夫婦の教育方針のことはよく分かっている。
 しかし今日は、エドワードの言葉を聞くやいなや、リザは眉をひそめたのだ。
「……警護の者は…つけられてませんよね?いつものとおり…」
「ああ。ここは治安がいいからな」
 エドワードの言うように、皇国の首都はとても治安がいい。皇帝のお膝下ということもあってか、治世が行き届いていて、凶悪犯罪の発生率は格段に低い。そういうこともあって、ロイとエドワードは、デーヴィッドを自由に行動させていられるのだ。
 しかし――――
「確かにここは、治安がいいです。が、ここ最近、気になる事件が発生しておりまして…」
「気になる……?」
「はい。誘拐事件が連続して発生しているのです」
「誘拐……?何だか物騒だな…」
 その事件については、エドワードは初耳だった。
「ここ三ヶ月間の間に、五件ほど、発生しております。誘拐されたのは、いずれも貴族や裕福な商家の子供でした」
「―――それって、大事件にならないか?」
「はい、普通ならば…」
「普通じゃないのか?」
「ええ…。最初の事件の時は……ほら、皇妃様もご記憶にあると思いますが…『ボールド宝飾店』の一人娘の誘拐事件の時は、それなりに大騒ぎになりましたよね?」
「ああ、あれか」
 エドワードも思い出したようだ。
「あの店は、貴族達の御用達だからな。あの事件はよく覚えている。だけど結局子供は無事に解放されて、戻ってきたのだろう、確か?」
「はい。ボールド氏は相当の身代金を払いましたが、子供は無傷で戻ってきました。ああいう誘拐事件になると、取引に失敗して、子供は殺害されるケースが多いというのに…無事に帰ってきて良かったと、かなり報道されていましたね」
「だが、肝心の犯人は未だ捕まっていない…と。その間に同様の手口で犯行を重ねつつも…か」
「その通りです。最初の事件以降も、同じような誘拐事件が発生していますが、どれも身代金を払えばちゃんと子供達を返してもらえるので、然程大きな事件として取り扱わなくなったようなのです」
「対象が皆、裕福な家の子供だからな…。金をきちんと払えば帰ってくると思えば、親としたらそうするのが当然の成り行きだよな」
 エドワードはそう言って、暫し黙り込んだ。
「――――で、今、デーヴィが外に出るのは危険だということなんだよな?」
「はい」
 リザは頷く。
「一応お忍びということで、デーヴィッド様の使われている馬車は、皇家のものとはわからないものにしてあります。ですがどう見ても…」
「いいとこのお坊ちゃん仕様の馬車、だよなあ…」
 エドワードは小さく唸る。
「…おまけに護衛もつけないし。誘拐犯が見たら、格好の標的、だよな。オレが誘拐犯でもそう思う。だけど、デーヴィが狙われるとは限らないんだし…とりあえずヒューズ邸からの帰りには護衛をつけるようにしようか」
 デーヴィッドについては、まだ子供ということもあって、その姿を一切公表していない。現時点では皇太子でもないので、公表する義務がないのだ。それに、身分を偽って外に出るのには、公表していると何かと不都合が出てくる。そういった様々な配慮で以て、デーヴィッドは守られていた。
 だが、今回はそうも言ってられないようだ。
「はい。早速そのように手配いたします」
 リザは一礼し、部屋から出ようとした時の事だった。


「――――失礼致します!」


 声を荒げて、ノックもなしに飛び込んできたのは。
「ハボック…皇妃様の御前で、失礼でしょう?」
「も、申し訳ありません!ですが…至急皇妃様にお知らせしたいことが…!」
 肩で息をしながらも、ハボックは続ける。
 そんな彼の、尋常ではない様子に、エドワードとリザは顔を見合わせた。
「――――まさか…」
 ぽつりとエドワードが呟くのとほぼ同時に、ハボックが報告する。



「つい先程、ヒューズ公爵様より緊急のお知らせがございました!デーヴィッド様が…デーヴィッド様が、ヒューズ公爵邸の間近で誘拐されたと…!」



「――――皇妃様…!」
 嫌な予感が、的中してしまった。
 慌ててリザは、エドワードを見る。
 するとエドワードは、動揺するわけでもなく、落ち着きを払っていた。
 ……と外見上は、リザにはそう見えた。
「…誘拐された時の、状況が詳しく分かる者をここへ。それから、これまでの一連の誘拐事件について、分かっていること全ての資料をここに持ってきてくれ。…頼めるか?」
「はい!すぐに」
「―――それから、この事件について、ロイには伝えたのか?」
「ブレダが伝えていると…」
「ならば、ロイは動かないようにしてくれと、伝えてくれないか?皇帝が動くと、何かと目立つ」
「…分かりました!」
 ハボックは敬礼し、部屋から飛び出していく。
「…さて、と」
 再び、リザと二人きりになって、エドワードは動き出した。
「この服だと、何かと動きづらいな…。あれに着替えようか」
「あれ……と申しますと?」
「以前、リザさんに頼んで作ってもらった、あれ、だよ」
 悪戯っぽく笑い、振り返る。
「ああ、あれ、ですか」
 エドワードの含み笑いを見て、彼女も思い出したようだ。
「…ですが、よもやあれを皇妃様がお召しになる日が来ようとは…」
「クローゼットのこやしにならなくて、よかったよ。一度は着てみたかったし。
 ―――だけど」
 そこでエドワードの表情は、一変する。



「犯人には、デーヴィを誘拐したこと、思いっきり後悔させてやる…!」



そこには、艶やかなドレスを身に纏いつつも、怒りを露にしているエドワードの姿があった。