To darling you… -4-

ウィンリィが持てるだけの資料や医学書を携えて、ハボックと共にマスタング皇国へと出発したのは、翌日のことだった。
「―――こんなにたくさんの本を持ち出しても、大丈夫なのか、ウィンリィちゃん?」
 王家の馬車に乗って、その振動に揺られながらハボックは問いかけた。そんな彼の視線は、自分達の乗った馬車の後ろからついてくる、荷物を運ぶための馬車に据えられていた。
「ええ。国王陛下の許可はいただいてるし。ちゃんと持って帰れば問題ないですよ」
「そっか…。あれが役に立てばいいな…」
「…そんなに、エドの容態は悪いんですか?」
 ウィンリィの問いに、ハボックは眉間に皺を寄せて呟く。
「原因が掴めないだけに…な。高熱にうなされているから、満足に食事もとれない状態で…どんどん体力が落ちているそうなんだ」
「そんな…あのエドが……」
 元気一杯の姿しか思い浮かばない彼が、食べることすら出来ないくらい弱っているというのが、ウィンリィには信じられなかった。
「でも…でも、そうなったきっかけとか、分からないんですか?」
「きっかけ…は多分…あれしかないと…」
「あれって…?」
「―――離宮に行ったこと、だろうかと…」
「離宮って…以前も行ったことのある…燃やされたあの建物のことですか?」
「ああ。日帰りで、陛下と一緒に行った時に、突然倒れてしまって…」
「あそこで、何かあったんですか?」
「それが…よく分からないらしい」
「分からない?」
ウィンリィは怪訝そうに繰り返す。
「ああ、分からないんだ。離宮に着いた時にはとにかく元気ではしゃいでいたんだが、そろそろ帰ろうという頃に、突然倒れてしまって…」
「一体…どうして…」
 ウィンリィがそう呟き、唇を噛み締めると。
「―――原因になるかどうかは、定かじゃないんだが…」
「…ハボックさん?」
 突然、ハボックは声を潜め、ウィンリィに顔を寄せて話し始めたのだ。
「……今から話すことは、ここだけの話にしてほしい。決して、陛下やホークアイ殿以外の人には言わないで欲しいんだ」
「―――分かりました」
 ウィンリィは大きく頷いて同意を示すと、真剣な顔をしてひそひそと話すハボックに先を促した。
「姫君はひょっとしたら…『守護者』に認められなかったのかもしれないんだ…」
「『守護者』?」
 以前にも、聞いたことのある言葉を再び耳にして、彼女は聞き返した。
「あの…その『守護者』っていうのは…?」
「マスタング皇国の皇帝を、代々守護してきた『もの』だそうだ。その『守護者』のお陰で、マスタング家が皇帝としてこの国を治めることができるのだと言い伝えられているらしい。そして、その『守護者』は、離宮の傍の湖に住まうと言い伝えられているんだ」
「あの…湖に?」
「ああ。代々の皇帝と皇妃は、必ずあの離宮で『守護者』の姿を見ているそうだ。その姿は見る者によって違うそうだが…」
「では…当然今の皇帝陛下も?」
「勿論、見ているさ。皇帝に即位した時に、火竜の姿をした『守護者』を目撃したそうだ」
「―――ということは、『守護者』の姿を見られなかった者は、皇帝若しくは皇妃にはなれないということですか?」
「そういうことになるんだろうな…。だが、これまでの皇妃は皆、『守護者』の姿を見てきたそうなんだ…」
「エドは……もしかして…見えなかったんでしょうか?」
 ウィンリィは小さな声でハボックに尋ねる。しかし、彼女は既に、答えが分かっていた。
「さあ…そこまではオレも知らないんだが…。これまでの皇妃は皆、この国の皇族か、あるいは皇族に縁続きの貴族の出だったから……」
「他国の王女には、皇妃になる資格はないと?だから、『守護者』が姿を見せなくて…皇妃として認めたくないから、病に罹らせたのだと言いたいのですか?」
 一気に言ってキッと睨むと、ハボックは慌てて補足する。
「違う違う。オレは…陛下に仕えるオレ達は、少なくともそうは思っちゃいない。どこの国の人だろうと、陛下に相応しいのは姫君しかいない。だがな、マスタング皇国の中には、そうは思ってくれない人間も結構いるんだ。『守護者』に認められない王女は、皇妃には相応しくないと考える輩がな…」
「―――――」
 ハボックの言葉を、ウィンリィは否定できなかった。
 この国の皇族・貴族の中には、他国の王女であるエドウィナ姫を、皇妃として迎えることに難色を示す者達がいるということを知っていたからだ。そういう者達は大体、自分達の血縁に連なる娘を皇妃に据えようと目論んでいたから、より一層反対したのだということも、ウィンリィは以前、エドワードに付き従ってマスタング皇国に行った時に、聞いていた。
「だから……陛下は、姫君が離宮で突然倒れたという事はごく一部の側近を除いて伏せておられる。もしそのことが、姫君の存在を煙たがっている奴等の耳にでも入ってしまったら、ここぞとばかりに婚約解消を勧めてくるだろうからな。『守護者』に認められない王女を、皇妃とするわけにはいかないって言ってな…」
「陛下は……あの人は…そうまでしてエドを…」
 守ろうとしているのだ。
 それだけ、大切な、愛しい存在なのだ。
 元々、『呪いつき』の人間だと―――また、実は王子なのだと知っても、決して手離そうとしなかった。
 そして今は更に。
 この国の『守護者』に認められなかったとしても。
 その事実を隠し通して。
 エドワードのことについて、耳障りなことを言うであろう、俗物の人間を遠ざけて。
 それでも、傍にいてほしいと切望するほどに、エドワードを大事に想っているのだ。
 彼を、守り続けてくれているのだ。
「――――私、絶対にエドを治します」
 ウィンリィは、きっぱりと言った。
 顔を上げて、ハボックを真正面から見て。
 その瞳は鈍く光っていたけれども、強い決意に満ちていた。
「治して、『守護者』に認めさせます。あの人の皇妃に相応しいのは、エドしかいないって」
 そのためには、元の元気なエドワードになってもらわなければ…。
 あの、鮮やかな程の生気に満ちた、エドワードに。
「あの人の皇妃になるのが…エドの幸せなんだから…」
 ロイと一緒でなければ、エドワードは幸せにはなれないだろう。
 例えマスタング皇国から去って、自国で元気になっても意味はない。ロイの傍にいることこそが、彼等の幸福なのだから。

「だから……治します…!」

「ああ、頼むよ…」
 再度自分に言い聞かせるように呟いたウィンリィに、ハボックは懇願した。
「姫君を必ず…以前のように元気に…」
 そうなることが、自分達の仕える主君の一番の望みだから。王女とでないと、彼は決して幸せになれないだろうから。
 そして自分達も…幸せな彼等に仕えたいから。
「姫君が…明るく笑ってくれるように…治してくれ…!」
 ハボックの、心からの願いに、ウィンリィもまた、大きく頷くことで、応えた。