To darling you… -3-

「ウィンリィ、ボクはこっちの本棚を見るよ」
「お願い!私はあっちから…」
 再び書庫に戻った二人は、慌しく探し始めた。
「えっと…。病状を実際に見てないから…広範囲で持っていかないとね」
 どんな資料が必要になるかわからない。マスタング皇国にも、それなりの医学書はあるだろうが、それでもこの国の、この王宮の蔵書数とは比較にならないだろう。
「これって、我が国の大切な財産ね…」
 目についた、必要と思しき本を片っ端から取り出しつつ、ウィンリィは呟く。
 これらを、後世に遺していかなければならない。それが自分達の務めなのだと、自覚していた。
「―――この辺の本は、これくらいかな。後は…」
 更に他の医学書を探そうと、まだ手をつけていない書棚に向かおうとした時のことだ。


「…こっちにあるよ」


「―――えっ?」
 不意に呼ばれて、思わず声のした方を向けば。
「…あなたは?」
 ウィンリィから少し離れた書棚の傍に、彼は立っていた。
(見たことない人……誰だろ?)
 肩を少し越えるくらいの金色の髪を、緩く纏めて。
 濃い金色の瞳の青年が、微笑んで立っていた。
(…結構かっこいい人ね。アルには負けるけど)
 そんな感想を胸の内で述べたが、実際彼は非常に整った容貌だ。一度見たら、決して忘れないだろう。それに彼は、昔風の服装をしていた。前が短くて後ろは長いジャケットは、今は着ている者などいない。そんな格好をしていれば、嫌でも記憶に残るだろう。
(…ということは、初対面ってことね)
 ウィンリィ自身、この王宮内で働いている人全てを把握している自信はなかったので、彼はそのうちの一人だろうと納得することにした。
「…あなたの望む本は、こっちにありますよ」
 青年は笑いながら、手招きをする。
(この書庫の…司書かしら?)
 と、思いつつも、手招きに応じてその男に近づく。
 そして、近寄って、その書棚に並べられている本の種類に気づいた。
「―――ここって、自然科学の本ばかりじゃない。申し訳ないけど、私が今欲しいのは…」
 自分が欲しいのは、医学書だ。
 まるで畑違いの書棚を示されて溜息をつき、戻ろうとした時。
「……あなたは、この本が欲しかったのでしょう?」
 青年はすっと書棚を指差した。
「えっ―――」
 その仕草に流されて、彼の指先に視線を向ければ。
 そこには。
「……何、この本…?」
 タイトルのない、古びた本。
 それが、他の書物の間に紛れて、並んでいた。
「随分古そう…。皮製の表紙なのね」
 古い本なので、慎重に開いてみると。
「……古い言葉で書いてあるわね。よく読めないけど…これって日記かしら…」
 内容は、誰かの日記のようだ。
 この国の古い言葉で書かれているそれは、紙自体も変色していて読みづらいことこの上ない。
「―――うーん、こんなことなら古語の勉強、もっとしとくんだったわ。ええと日記の日付は……うん、これくらいなら分かるわね」
 辛うじて、数字の羅列と暦名から、いつ頃書かれたものかは分かるかもしれない。
 そう考えたウィンリィは、ページの頭に書かれている日付をぱらぱらと捲って見始めた。
 最初は、興味本位で。
「これって――――」
 それが、険しい表情になっていくのに、大して時間はかからなかった。
「この日記って……ひょっとして…!」
 彼女の、ページを捲るスピードが速まる。
「きっと…きっとどこかにある筈よ!」
 彼女の見つけたい『もの』が。
 そしてそれは。
 程なく、最後のページを捲った時に発見された。
「…………っ!」
 ウィンリィの瞳が、大きく見開かれる。
 本を持つ指が、力を込める余り白くなる。
「この本は……っ!」
 正に、彼女が捜し求めていたものだった。
 ずっとずっと捜し続けていたものだった。
「…これを全て読むことが出来れば……!ありがとう、あなたの言う通りよ!」
 彼の言った通りだ。
 この本は、ウィンリィの望んでいた本なのだから。
 だから、満面に笑みを湛えて、教えてくれた青年に礼を言おうと振り向いたのだが。
「あ……れ……?」
 そこに、彼の姿はなかった。
「…どこに…行ったの?」
 足音も立てずに、こっそりと消えたのだ。
「…奥ゆかしい人ね」
 と呟くが、彼に対しての疑問はそこで終わった。
 それよりも、捜し続けていたものかもしれない本が見つかった喜びの方が勝っていた。
「…これを解読しなきゃね、早速」
「……何、騒いでるの、ウィンリィ?」
「アル…!」
 ひょこっと書棚の陰から、アルフォンスが顔を見せる。
「アル…!とうとう見つけたの!私達がずっと探していたもの!」
 ウィンリィは手に持っていた本をアルフォンスへと嬉しそうに差し出した。
「―――本当かい?」
「ええ!まず、間違いないと思うわ。古い言葉だから、これから解読しないといけないけど…」
「それは、大丈夫。任せられる人がいるからね。でも、よく見つけられたね!」
「ここの司書の人かしら?結構かっこいい男の人が見つけてくれたのよ。今度会ったらお礼言わないとね」
「――――司書?」
 ウィンリィの言葉に、アルフォンスは不思議そうな顔をして、すぐに口を開いた。
「ここには、司書なんていないよ?本は全て、僕達国王一家で管理しているから。本の整理は女官に任せているし」
「………えっ……」
 アルフォンスの言葉に、ウィンリィは息を飲む。
「……それじゃ、あの人は…?」
 ウィンリィは、抑揚のない口調で呟き、じっとその場所を見つめた。
 青年の立っていた、空間を。





「―――ふうん……」
 彼女は、瞳を細めて、しげしげとその古い本を眺めていた。
 ゆっくりとページを捲りながら、時折考え込むようにして中を見ている。
 そんな彼女の様子を、アルフォンスとウィンリィは神妙な顔をしつつ、彼女の傍で姿勢を正して椅子に座ったまま、ただひたすら待っていた。
「……確かに、これは日記のようだね。エルリック家中興の祖に当たる、国王・アルフレッド・エルリックの」
「…やっぱり…!」
 彼女―――イズミ・カーティスの見解を聞いた途端に、ウィンリィとアルフォンスは互いに顔を見合わせて喜んだ。
「何が書かれてあるのかは、もっと詳しく解読して行かなければはっきりしないが…年号から見ると、アルフレッドが国王となる少し前くらいから、亡くなる直前までに書かれたものらしい」
 イズミはなおも日記を見ながら、二人に向かって話してくれる。
「……全て、解読出来そうですか、師匠?」
 アルフォンスは、表情を堅くして、尋ねる。
「私を、誰だと思っているんだい?」
 そう呟いたイズミにジロッと睨まれ、二人は同時に肩をすくめた。
「…全く、もっと古語について、しっかり教えておくべきだったね」
 彼女が言うように―――イズミ・カーティスは、エドワードとアルフォンスの幼い頃からの家庭教師だった。
 国内で五指に入る優れた医者でもある彼女は、その博識さを評価されて、エドワードとアルフォンスの勉強を国王から一任されていたのだ。
 彼女の持論である、知識だけではなく体力も養うという教育方針の下、二人は勉強以外の体術なども教わることとなり、子供の頃はそれこそ生傷が絶えなかった。
 しかし、イズミのそんな教育方針のお陰で、二人は頭でっかちにはならずに、様々な経験をも積むことで、視野も広がっていった。
 体術を教わったお陰で、体力もついた。
 この国の、次の時代を導いてく王族として、なくてはならないものの殆ど全てを網羅したイズミの教育によって、今のエドワードとアルフォンスがあると言っても過言ではないだろう。
 そんな彼女の、厳しい、だが愛情のこもった教え方が、二人とも好きだった。
 だからこそ、家庭教師の職を辞して、王宮の近くで小さな病院を開いて町の人を診ている今でも、二人の兄弟はイズミを師として慕い、度々そこを訪れていた。
 だが今回は――――少し違っていた。
はっきりとした目的があって、訪問したのだ。
 それは、今、彼女の手の中にある、日記の解読だった。
「……少し、時間を貰えるか?」
 パタン、と手にある日記を閉じて、イズミはアルフォンスに向かって話しかける。
「それじゃあ、師匠…!」
「古語で書かれてあるから、すぐには無理だが、なるべく急いで解読しよう」
「――――ありがとうございますっ、師匠!」
 アルフォンスとウィンリィの顔に、明るさが戻った。
「…これを読んで、何か呪いの手がかりでも見つかればいいが…」
「師匠……」
「エドのためにも…な」
 イズミは眉をひそめて、そっと呟く。
 彼女も、エルリック家に巣食う、忌まわしい『呪い』のことは知っていた。
 エドワードとアルフォンスの家庭教師になった時に、国王から全て聞かされていたから。
 そのため、エドワードが王女ではなく王子であることも知っていたので、兄弟で違いをつけることなく、王太子であるアルフォンスと同じ勉強を受けさせていたのだ。
 いつか……そう、いつの日にか、エドワードが王子に戻っても大丈夫なように。
 だから今回も、エドワードのために助力を惜しむつもりはなかった。
 イズミ自身、素直で優しく、そして誰よりも賢くて強いこの兄弟が好きだから。
 まるで、自分の子供のように、可愛いから。
「…日記だから、難しい言葉では書かれてない筈だ。三日…いや、二日あれば全て読めるだろう。解読していて何か分かったら、すぐに連絡しよう」
「…お願いしますっ!」
 アルフォンスとウィンリィは、イズミに深々と頭を下げた。
「礼には及ばないよ。私も、エドには幸せになってほしいからな」
 そう呟いてイズミは、フッと遠い目をした。
 遥か遠い他国にいる、大事な教え子に思いを馳せるかのように。




「あの子は……呪いなんかで殺させたくないからね…」