湿った……
澱んだ空気……
ここには、それしかないから。
嫌でも…慣れるしかなかった。
私はここにずっと、縛り付けられているのだから……。
でも、今でも時折思う。
どうして…こんなことになってしまったのか?と。
私はただ…ただ、あの人といたかっただけなのに。
そんな些細な願いすらも、叶えてもらえなくて。
それどころか…こんな場所に縛り付けられてしまって。
縛り付けられた場所を護るよう、仰せつかってきた。
そんなこと、望んでなかったのに。
でも、望まないことでも、やらなくてはならなかった。
私には…ここから逃れる術はないのだから。
拒否をしたら…その時は……
嫌だ!
それだけは…嫌。
だってそんなことをしたら……私は……
彼女はそこで考えるのを止めて、ふっと蹲っていた石の床からゆっくりと立ち上がる。
(……祠の…扉が開く…)
重い、石造りの扉の開く気配が感じられる。
そこから差し込む太陽光も、感じ取っていた。
(あの扉が開かれるのは…何年ぶりのことかしら…)
つい先日のようにも感じるし、かなり前のようにも感じる。
長き年月をこの場に縛られている彼女にとっては、時間の感覚がほぼないに等しかった。
(中に入ってきたわ……一人…二人……)
彼女は目を閉じて、感じ取る。
元々、この祠は彼女の一部分のようなものだ。だから内部の至る所まで、彼女には手に取るように分かった。
(合計で…三人。しかも、入る資格のない者が二人も…)
ここに入ることが許されるのは、皇帝かその妻である皇妃のみ。他の者は、例え皇族であろうとも入るのは許されていないのだ。
だがその禁を破り、貴族ですらない人間二人が侵入を試みようとしていた。
しかも、彼等を先導しているのは。
(皇帝ともあろうお方が、自ら禁を破るとは…)
彼女は、閉じていた瞼をうっすらと開く。
『守護者』の祀られた神聖なる場所に、侵入を試みる皇帝。
それは既に彼が、『守護者』を敬う目的ではないことは、はっきりと彼女にも分かっていた。
(……私の存在が疎ましくなったのね…。私が、あなたの選んだ皇妃を認めないから…)
誰が、認めるものか。
自分は、決して許されなかったのに。
彼は…そして隣国のあの子は許されるなんて……。
そんなこと、絶対に認めない!
(…こんなことだったら、最初から呪っておけばよかったかしら…)
徐々に近づいてくる気配を感じ取りながら、彼女はふと思う。
(情け心なんか出さずに…彼も……)
ふと、そう思った直後、彼女の長い髪がゆらゆらと動き始めたのだ。まるで、髪自体が意思を持っているかのように。
(―――もう、そこまで来たの?)
石の壁の向こう側で、複数の声が聞こえてくる。
侵入者である皇帝とその部下達は、既に祠の最奥まで来ていたのだ。
(…意外と早かったわね)
彼女はうっすらと唇に笑みを浮かべた。
酷薄な、だがとても楽しそうな笑みを。
(でも…丁度いいわ。ここまで来たご褒美に、あなた達をここに住まわしてあげましょうか)
私と同じ……『守護者』として……
永遠に………
彼女の赤い唇がニッと笑みを形作った時。
分厚い石の壁の一角が崩れ落ちた。
――――さあ、いらっしゃい…
新たな贄になりにきた…愚かな者達よ。
「―――ここに入るのは……皇位に就いて以来だな…」
ロイは、小さな石造りの建物の前に立った。
湖の畔の離宮。
その敷地内、離宮のすぐ脇に、隠されるように建っているのが、今ロイの目の前にある祠だった。
『守護者』を祀ってあると伝えられている、祠。
そこは、神聖な場所ということで、代々の皇帝も滅多に訪れることはなかった。
「…さて。その神聖な場所を踏み荒らした私には、罰が下るかもしれんな…」
と呟いて皮肉げに笑う。
「―――本当にそうなると、お思いではないでしょうに」
呆れたようにリザが言う横で、ハボックも頷いている。
「以前なら、少しは思ったかもしれないがな」
そう。
『守護者』を尊崇するものとしてしか、見ていない頃だったら。
しかし、今は違う。
今は、崇め敬うものではないと、はっきり分かったのだ。
それでも多少は、これまでマスタング家の繁栄に寄与してきたのかもしれない。『守護者』に護られている皇家だという自信を、植え付けることにはなっていたから。
だが現実は、『守護者』とは名ばかりで。
その事実は。
「―――全く、過去、先祖達がどう考えたのかは知らないが、厄介なことを残していったものだ…」
『守護者』という偽善に隠された事実。
それは。
自分達の身内でもある、何の罪もない皇女を。
遥か昔に生きていた皇女、ヴィルヘルミナ・マスタングを。
『守護者』としてこの場所に縛り付けたことだった。
「何ゆえ、この場所に祠を建てて、彼女を縛り付けたのか……その理由だけは分かるがな」
「マスタング家に伝わる伝説でしょうか?」
「ああ。流石だな、ホークアイ」
「あのぉ…オレにはさっぱり…」
おずおずと手をあげるハボックに、リザは几帳面に説明し始めた。
「これは伝説の域を出ないのだけれど、マスタング家の祖は、この場で湖の主である水竜から啓示を受けて、皇帝となったそうなの。だから、この地はマスタング家にとって大事な場所。『守護者』を祀る場所としては、絶好の所ね」
「はぁ……水竜ね……」
「実際、この湖は警備の必要がなかったのよ。ここ数百年間、他国がここから攻め込んできても、必ず嵐とか…何らかの異変が起きて、攻めることなく逃げ帰るしかなかったの。…それが、『守護者』の力か、水竜の力かは区別がついていなかったけどね。でも恐らく、『守護者』の力で起きていたことだと私は思うわ。あくまで水竜は、伝説上のものだから…」
「あ…でも、先日の襲撃の時は……」
「ああ、姫君が怪我をした時のこと?」
「ええ。あの時侵入者は、湖から入ってきましたよね、確か?それなのに、『守護者』が何も手出ししなかったってのは…?」
「確かに、あの時は、姫君を護ろうとはしなかった。だからこう思ってしまったわ。『守護者』は、姫君を皇妃として認めてないのではないか…って。でも、それが間違いだったの」
「間違いって……?」
一向に話が見えてこないハボックは、顔中に疑問符を浮かべっぱなしだった。
「『守護者』は、姫君を皇妃として認めてないのではなくて、エルリック家の長男だから護ろうとしなかったのよ」
「なっ……!」
ハボックは、リザの口から出た、衝撃の真実を聞いて、絶句する。
「あ、あの姫君が男だって言いたいんですかっ?」
「その通りだ」
返事は、ロイから来た。
「で、ですが、陛下は姫君と結婚するって…。それって……」
「全て承知の上で、よ」
冷静な声で、リザが言葉を継ぐ。
「全てを知って…陛下は姫君と結婚することを決められたわ」
「………」
リザの言葉からでも分かる。
ロイが、姫君(実は王子なのだが)と、何が何でも結婚したいという並々ならぬ強い意志を持っているということを。
「〜〜〜〜っ」
ハボックは頭を掻いてため息をついた。
「これで納得がいきましたよ。姫君に対する襲撃、急な病。そして今回の任務。全てが、『守護者』絡みなんですね?」
「―――そうだ」
ロイが頷く。
「『守護者』がこの国で認められだした頃から、エルリック家の長男の変死という呪いが出てきたのよ。だから…」
「その呪いに、この国の『守護者』との因果関係があるかもしれないと踏んだわけですね、陛下は?」
リザの説明を最後まで聞く必要はなかった。
ハボックにも理解できたからだ。
今回、『守護者』の祠を暴くという目的が。
(……すべては、あの姫君のため、か)
恋は盲目とはよく言ったものだ。
ロイは、大事な姫君のために、皇室の秘事を暴いて壊すことすら厭わないのだ。
(ま…な。あの姫君なら無理はないか)
実は王女ではなく、王子であったと知った後でも、何となくすんなりとその事実を受け入れてしまっている自分に驚いてもいたが、反面それも無理はないかもしれないとも思い直していた。
ハボック自身、あの姫君を大層気に入っていたから。
下の者にも分け隔てなく接する、明るい気質の持ち主。それは、性が違っても、決して変わることのない魅力だろう。だから、騙されていたという意識は、これっぽっちもハボックの中にはなかったのだ。
(ただ…もう少し早く教えてくれれば、もっと嬉しかったかな?)
リザは恐らく、この事実をかなり前から知っていたのだろう。そのことが少し…ほんの少し悔しかったが、この場で事実をハボックにも明かしてくれたのだ。それは、彼を信頼しているという証拠なのだろう。
そう考えれば、リザが先に知っていたことなど、些細なことだ。
(…ま、陛下は嫉妬深いからなあ)
姫君の周囲には極力男性を近づけないようにしていたのを、ハボックは思い出す。
そのことを考えれば、秘密にしていたのも無理はないかもしれない。
とにかく、姫君のことが大事なのだ。
なのに、今、ハボックには事実を明かしてくれた。
それは彼が、信用に値すると思った末のことだろう。
ならば、その信用に報いなければならないし、報いたかった。
自分をこの場に連れてきてくれた、主君のためにも。
「―――で、オレは何をやったらいいですかね?」
何でもやりますよ、と笑みを浮かべて呟けば。
ロイもまた、不敵な笑みを顔に浮かべて答えた。
「そうだな…まずは力仕事になるだろうな。この祠の扉を開くことから始まるから」
「……それって、陛下お一人でも出来ませんかね?」
「馬鹿者。男一人の力で簡単に開くほど、やわな造りにしてあると思うのか?皇室の秘事を隠してある建物の扉だぞ」
「へいへい、そうでしたね」
溜息をついて、ハボックは祠の扉に近寄る。
確かに、堅牢な造りをしていた。一枚岩で造られたその扉には取っ手という便利なものはなく、どうやれば開けられるのか、簡単には分からなくしてあるようだ。
「ところで陛下」
「何だ?」
「前回、陛下が中に入った時は、何人がかりで開けたんすか?」
「確か……十人はいたかな」
「……そんなにっ?」
十人でやっとということは、二人だけでは到底無理ではないのでは…とハボックが思ったのを見透かしたかのように、ロイが言葉を続ける。
「だから、少々扉の強度を弱くするぞ」
「弱くするって、どうやって……!」
ハボックは最後まで言う間もなく、扉から飛び退いた。
次の瞬間、火花と共に発せられる焔が、硬い石を舐め尽くす。
「……っとにもう!オレまで焼き殺さないでくださいよ!」
「おまえが、うかうか殺されるタマか」
『焔』を象った錬成陣の描かれた手袋を、ロイはかざしてニヤリと笑う。
「はい、喧嘩はそれまでにしてくださいね」
ともすれば、延々と続くであろう君主と部下とのくだらない口喧嘩の間に割って入ったのは、当然のことながらリザだった。
「陛下、時間が余りありません。壊せるものはさっさと壊して中に入りましょう」
「――――ああ、そうだな」
さりげなく、一番過激なことを言ってのけたリザの言葉に素直に応じ(そうしなければならないような気になっていたのだが)、ロイは再び扉に手袋をはめた右手を差し出した。
数度、焔で攻撃した後、ハボックとロイの二人がかりで石の扉を押してみると、それはガラガラと内側へ崩れ落ちた。
「……意外と造り、弱いんじゃないすか?」
「それだけ焔の威力が強いんだ。―――入るぞ」
彼の指示で、ぽっかりと開いた祠の内部へと侵入する。
「…うわっ、埃っぽい」
「随分閉じたままだからな…。さて、私が入ったのは、実はここまでなんだ」
「ここって…」
ハボックがぐるりと室内を見渡す。
石を組んで造られたその祠の室内には、祭壇のようなものがしつらえてあって、燭台には火の点っていない蝋燭が立てられている。祭壇には豪華な絹織物の、青い色調の布が掛けられているのみで、他には何も置かれていなかった。
「……何か、寒々しいですねぇ。これが、マスタング皇国を護ってくれている『守護者』の祭壇ですか?」
「私に文句を言うな。建てられた当時のままで残しているのだから」「とは言っても…」
ハボックは再び、室内を見る。
神として遇している筈の『守護者』の祠としては、余りに殺風景だ。
その上。
「それに―――肝心の『守護者』のご神体とかないんですか?」
祠というくらいなのだから、何か『守護者』として祀る物体のようなものが置かれてあってもおかしくはないのに、この室内にはそれらしいものも見当たらないのだ。
「ここはほんの入口だ。『守護者』はもっと奥に祀ってある。―――そう、私は聞かされていたから、特に疑問にも思わなかったな。初めて入った時は」
「…では、今は?」
「疑問に思っているさ。他の者ならいざ知らず、ここに入ることの許されている皇帝本人にすら、『守護者』を祀っている具体的な場所を伝え残すことすらしていないのだからな。意図的に隠しているとしか思えない」
「確かに……。それで、どこに隠したんでしょうか?『守護者』を最初にここへ祀った人達は」
「――――これが、鍵、ではないですか?」
それまで黙って、室内をゆっくりと見ていたリザが、声を出す。そして振り向きながら、自分の手に持っていたランタンを、傍の壁にかざした。
するとそこには――――
「…ああ、この文字だ。私が見たのは……」
皇位に就いて、初めてこの中に入った時も見た、同じ言葉。
『縛り付ける場所』
それを意味する、マスタング皇国の古い言葉が、リザの傍にある壁の少し上部に、くっきりと彫られてあった。
「やはり……ここに『守護者』が縛り付けられているんですかね?」
ハボックの問いには答えず、ロイは文字の彫ってある壁の何箇所かを軽く叩いた。続いて、他の壁も叩いてみる。
「音が…この壁だけ違うな…」
「はい。恐らく壁の向こう側に…」
「もう一つ、部屋でもあるということか。よかろう」
ロイは、右手をすっとその壁に彫られた文字に向かってかざした。
「―――この壁も、壊すぞ。何が起きるかわからないから、気をつけろ」
「御意…!」
ロイの指示にリザとハボックは応じ、二人とも銃器を構えて体勢をとる。銃など、『守護者』には効かないとは思ったが、ないよりはましだ。
ロイは、壁に向かって指を擦った。
暗い室内に、火花が散り。
焔となって、壁の文字を包み込む。
その直後。
彫られていた文字から、ミシミシという音とともに亀裂が生じ。
その壁は、あっという間に崩れ落ちてしまった。
そして。
埃が濛々とする中で。
壁のなくなった向こう側には。
小さな空間が現れていた。
その、空間に。
暗い、狭いその閉鎖されていた部屋に。
一人の女性が立っているのを三人は目撃したのだ。
長く艶やかな黒髪を揺らめかして。
透き通るような白い肌に、赤い唇。
深い…深淵の闇のような黒い瞳の女性。
肌と同じくらい真っ白のドレスを身に纏ったその女性は。
じっ…と壁の向こう側にいるロイを見つめていた。
「これが……『守護者』……?」
初めて、『守護者』を目の当たりにしたハボックが、茫然と呟く。
「ああ。私も、この姿では初めてだが…」
「ここにいる以上、間違いなく彼女が『守護者』でしょうね」
リザが銃を構えつつ応じる。
そんな、緊張を漂わせている三人に向かって、その『守護者』と思しき女性は微笑んだ。
「ようこそ…。お客様は本当に久しぶりだこと」
「あなたは……ヴィルヘルミナ・マスタングか?」
ロイはいきなり、核心をつく。
これが、最も知りたかったことだから、当然なのだが。
「―――まあ。その名で呼ばれるのはもっと久しいわね」
彼女は―――ヴィルヘルミナは、あっさりと自分がその名で呼ばれていた者だということを認めた。
「もう……忘れ去られていたのかと思っていましたわ」
「私も…思い出すことはなかったでしょう。エドの呪いのことさえなければ」
ロイが『エド』と言った時、ヴィルヘルミナの顔から笑みが消える。
「そんなに…あの…エルリック王国の者が大事?」
冷めた眼差しで、ロイ達を見つめながら問う。
だがその視線から逸らすことなく、正面から見据えてロイははっきりと言った。
「ええ。誰よりも…大事な…大切にしたい人です」
だから、禁を侵してまで、この祠を―――ここに潜む謎を暴きにきたのだ。
「―――そう…。やっぱり、血は争えないということかしら」
「……それは……どういうことですか?」
嘲りを込めたようなヴィルヘルミナの口調を、その場にいて静観していたリザが聞きとがめる。
「あら、知らないの?
……いいわ。教えてあげましょう。あなた達の仕えている皇帝陛下には、エルリック王国の、王族の血が流れているということよ」
「………っ!」
リザやハボックだけでなく、ロイも驚愕に目を見開いた。
「そこに立っている皇帝陛下の父親は、エルリック王国の王族だった男。だから、母親は父親が誰かをひた隠しにしたのよ」
彼女の話を聞いて、ロイは、どうして母が、ロイ自身にも父が誰であるのかを打ち明けようとはしなかったのかが、やっと分かった。
マスタング皇国の皇族のみならず、貴族連中も、代々貴種としての純血を尊ぶ傾向があった。それ故に、皇帝の結婚相手は、これまでずっと同族の中から選ばれてきていたのだ。ロイのように、他国の王女を伴侶として選ぶなど、言語道断とまで思う輩も未だかなりいるのだが、面と向かって猛反対出来ないのは、皇帝であるロイが決めたからだろう。
そして、他国の血が混ざっているロイが皇帝となれたのは、ひとえに母親が、父親のことを絶対に明かさなかったからだ。これが、他国の血が混じっていると知れれば、いくら前皇帝の甥とは言えど、認められなかったに違いない。
(母は…私を守るために…ずっと胸に秘めたまま死んで行ったのか…)
全ては、我が子を守るために。
皇帝という確固たる地位に就けて、守るために。
「しかし…そこまで分かっていながら、何故あなたは私が皇帝になるのを見過ごしていたのか?」
ロイはヴィルヘルミナに尋ねる。
「―――そうね。最初は、エルリック家の血が流れるあなたを皇帝に据えることなんて、絶対に認めたくないと思っていたわ。でも……あなたは皇帝になった当時、自分自身は幸せになろうとしなかった。国のことを…国民のことを大事には思っても、あなた自身は少しも幸せになろうとは考えていなかった。あの、『出逢いの森』で罪を犯した時から…自分の幸福は捨てていたから」
ヴィルヘルミナの口から、『出逢いの森』という言葉が出た瞬間、ロイの表情が一瞬強張る。
「だから、つい、情け心を出して、皇帝になるのを見過ごしてやったの。このままあなたが、幸せにならぬままならそれでもよかったのだけれど…」
「エルリック王国の王女を、皇妃として迎え入れることになったのが、許せなかったということか…」
ハボックが、ヴィルヘルミナを睨みながら呟く。
「そう…。他国の…しかもよりによってエルリック王国の血をこの国の皇家に入れるなんて、許せるわけがないわ。だけど、その王女が、実は私が呪い続けているエルリック家の長男と知り、嬉しかったわ。この国にいてくれる方が、呪い易いもの…」
「どうして…どうしてそこまでエルリック家を…エルリック家の長男を憎んでいるのですか?」
リザが問う。それが、この場にいる者全て、一番聞きたかったことだ。
だが、ヴィルヘルミナは。
「そんなことを知って、どうするの?あなた方はもうすぐその肉体を失うというのに?」
クスクス笑いながら、不気味なことをさらりと言ってのける。
「でも…そうね…」
ふと、気づいたように、ちら…とリザとハボックの顔を見た。
「あなた方が、純血でない皇帝に仕える気がないというのなら、その命、助けてあげてもいいけれど?」
「何を馬鹿なことを」
命と引き換えという交換条件を、リザはさらりと一蹴した。
「純血か、そうでないかで仕えているわけではないわ。私は、陛下自身にお仕えしたいだけ。血筋に仕えているのではないわ」
「以下同文」
ハボックが簡潔に同意する。
すると。
「そう…。君主も愚かなら、それに仕える者もまた愚か、というわけね…」
二人の返答を聞いたヴィルヘルミナは、楽しげに笑う。
そして、肉食獣が獲物を見つけたかのような、嬉しそうな微笑みを、ロイ達に向けながら―――彼等に向けて囁いたのだ。
すっと右手を差し伸べて、手招きをするような仕草をして。
その赤い唇をゆっくりと開いて、囁いた。
「ならば、愚か者は揃って…新たな贄になるがいいわ…」
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