To darling you… -11-

 広い室内は、重苦しい空気に包まれていた。
 その場にいる者全てが、息をするのも憚れるような、張り詰めた空気が充満していた。





「―――まさか……」
 その空気を最初に破ったのは、ウィンリィだった。
「まさか……あなたが言いたいのは……」
「私だけではなく、この場にいて、この話をずっと聞いてきた人達全てが、同じ見解を持っていることでしょう」
 ロイが静かに語り、そっとイズミの顔を見る。
「ああ……そうだね。貴殿の言う通りだ」
 イズミもまた頷いて同意を示す。
「『守護者』を祀ったと言われている場所。そこは祀るためのものではなくて…縛り付けるためのものだということ。そして―――」
「縛り付けられているのは…神でも悪魔でもなく……人であること……」
 ウィンリィがイズミの後を継ぐ。
「そして…その人は……恐らく……」



「『ヴィルヘルミナ・マスタング』。…その人自身だ」



 ロイが苦々しい表情で呟いた。
 実際、苦々しくもなる。
 例え自分は一切関係なくとも、自分の祖先に当たる者達が、同じ一族の皇女を、『守護者』に仕立て上げてこの地に縛り付けてしまったのだから。
 どうして、またどのようにして彼女を『守護者』に仕立て上げたのか、その方法はまだ分からないが、『守護者』の正体は彼女で間違いないだろう。
「だが、どうやって彼女を『守護者』に仕立て上げたのかねえ」
 イズミも、ロイと同じことを不思議に思ったようだ。
「そもそも私達は、『守護者』自体を見れないからね…」
「そのことですが」
 ロイが口火を切る。
「うん?」
「私は、あの場所に言ってみようかと思うのですが」
「陛下…その場所とは…!」
「ああ。離宮にある、祠だ」
「…危険です!」
 リザは即座に反対した。
「彼女は、マスタング家の『守護者』だぞ。危険ということはあるまい」
「―――本心でそう言っているのではないでしょう?」
 きっぱり言い切ると、ロイはクスッと笑った。
「……君を騙すには、根拠が乏しかったかな?」
「こんな見え透いた嘘で、騙される者なんておりません。……確かに、『守護者』はマスタング皇国の皇帝を守護してきました。ですがそれはあくまで、『守護者』を尊敬と畏怖の対象として、常に敬い続けてきたからのこと。祠を暴いて、『守護者』の正体を探ろうとする輩を守り続けるということなど、するわけがありません」
「だろうね。それどころか、仇なす者として、攻撃されるのがオチだろう」
「…少なくとも、『守護者』は自分の意思で動いています。あの場所に束縛されてはいますが…。だから、暴きに行ったら恐らく……」
「だが、そうだとしても、行かなくてはならない」
 女性陣三人に猛反対されたが、それでもロイは自身の考えを覆すことはなかった。
「『守護者』が我々の考えている人物なのか。そしてどのようにしてあの場に縛り付けられて……何故、エルリック王国を呪っているのか。その真実は、あの場所に行かなければ永遠に分からずじまいだろう…」
「―――陛下……」
「…私はみすみす、私の大事な皇妃を殺させるわけにはいかないからね」
 ロイは、意識を失って寝台に横たわっている、エドワードの顔を見つめて呟く。
「彼には…罪はない。だから…いわれのない恨みを買って、殺されるなどという理不尽な……呪いという馬鹿げた負の連鎖を、ここで断ち切らなければ…」
「陛下が…陛下がそうお考えでしたら、何も申し上げることはございません」 
 ロイの言葉を黙って聞いていたリザが、暫したって発言する。
「ですが、離宮にはそれ相応の警備の者達をお連れください。何かあった時は…」
「その必要はない」
「陛下!」
 リザの進言を、すげなくロイは却下する。
 その返答に、リザは声を少し荒げた。
「大勢で出向いて、わざわざ事を荒立てる必要はなかろう。それに、極力被害は最小にしたいからな」
「ですか……それでは陛下の身の安全が…」
「自分の身くらい、自分で守る」
 ロイは断言して立ち上がった。
「それが出来なくて、何が皇帝だ。部下を犠牲にしてまで、己の保身に務めることなど、出来るか」
 言いながらロイは、傍らのテーブルに置いていた愛用の手袋を取る。
「ならば…猪突猛進しての無駄死にだけはお止めください」
 リザも忠告しながら、立つ。
「少数精鋭とはいきませんが…手助けくらいはできるかと…。後で、ハボック殿も呼んで参ります」
「――――それは、とても頼りになる少数精鋭だな」
 ロイは苦笑を浮かべて呟いたが、反対はしなかった。
「では一応、あの祠の内部の見取り図も用意しておくように。準備が整い次第、出立する。それから…イズミ殿、ウィンリィ嬢」
 てきぱきと指示をしていたロイが、イズミとウィンリィに顔を向ける。
「何か?」
「我々が離宮に出かけている間……エドを頼みます」
「……今まで、自分達を守ってくれていた『もの』を、ぶっ壊しに行くっていうのかい?」
 イズミが瞳をすうっ…と細めて聞く。
「…一族の『繁栄』や『幸せ』とやらが、他の人々の『不幸』を礎に生まれてきているのなら…。もしそうなら、そんな呪われた繁栄など欲しくありませんよ。それに、誰よりも愛しい人の命を踏み台にするなんてことは、絶対に出来ませんし」


「―――本当に、やる気なんだね?」


 きっぱりとロイが言い放った言葉を、暫く黙して聞いていたイズミは、再度確認する。
 それに対しロイは、迷うことなく答えた。
「―――ええ…!」
「そうか…」
 イズミは溜息をついて、ニッと口元に笑みを浮かべた。
「ならば、エドのことは私達が引き受けよう。誰にも、指一本触れさせないさ」
「イズミ師匠…!」
 ウィンリィがまだ幾分不安そうに呼ぶ。だがイズミは、力強く言葉を続けた。
「私だって、錬金術師の端くれだ。生身の者達から、エドを守るくらいは出来る。……ただし、そうでない『もの』に関しては、今一つ自信がないけどねぇ」
「そちらは、我々にお任せして欲しい。エドに危害を加えないようにしますから…」
「ああ、頼んだよ」
「―――ありがとうございます」
 ロイは深々とイズミに頭を下げた。
 イズミが護衛の任を受けてくれれば、取りあえず現実に生きている人間達の悪意の行動からは守ってくれるだろう。それだけでも、彼を置いていくことに対する心配が幾らか解消された。
「……それでは、我々も準備が整い次第向かいます……離宮に…」
「ああ…気をつけて…。それから―――」
「はい?」
 扉を開けて出て行こうとするロイの背中に、彼女が声をかける。
 それに反応してロイは少しだけ顔を後ろに向けた。




「―――必ず、ここに戻ってくるように」


「……はい、必ず。エドを、一人には出来ませんからね」

 深く頷き、ロイは出て行った。
 後ろに、有能な部下を引き連れて。