Schlussatz side story -8-   calmanndo6

 リザが大総統の自宅に到着した時。

 そこは静まり返っていた。
 流石に大総統宅ということもあって、警備の兵士も待機していたし、掃除などを担当する侍女も置いていたが、それらは最低限の人数なので、彼等が働いているといっても、広い邸内に散らばってしまうと人の気配すらしなくなってしまっていた。
(…ここに、エドワード君が1人でいるの?)
 いつまでも、大佐時代の住み慣れた家にいるというのは、流石に外聞を考慮したのか、ロイとエドワードは地震のあった直後にこの大総統の邸宅としてあてがわれた屋敷へと移っていた。
 しかしその屋敷は余りにも広すぎて…2人だけで暮らすのには、勿体無いというよりも寂しいとリザは感じていた。
「……さて、エドワード君の寝室は…」
 警備兵に事情を説明して中に入れてもらい、リザは広い邸内のプライベートエリアへと入っていく。
「…ここね」
 そして、静まり返った廊下で、立ち止まった。
 1つの扉の前で。
「―――エドワード君、起きてる?」
 扉を静かにノックしながら、呼ぶ。
「私よ。ホークアイよ」
 すると、暫くして。
「……少佐?」
 小さな声が扉越しに聞こえてくる。
 とりあえず、いることが確認できてリザはホッと胸を撫で下ろした。
「ええ、そうよ」
「…どうしてここに?仕事は…?」
「その仕事が、閣下が無能化したために滞っているの。だから、対策に乗り出したってわけ」
「ロイ…が?」
「ええ。朝から心ここにあらず、でね。落ち込んで溜息つきっぱなし。その原因を突き止めるために来たのよ」
「………」
「…ねえ、エドワード君。閣下は、あなたの様子が変だと仰っていたわ。でも、その原因が何かは、お分かりにはなっていないようだった。でもね、私は閣下に原因があると思うの」
「少佐………」
「あなたが、何の理由もなしに、閣下に対して態度を変えるなんてこと、しないから。…閣下との間に、何かあったのね?」
「………」
 室内からは、返事はない。だがそれは、リザの言っていることが間違いではないということを表していた。
「よかったら、私に話してくれない?仕事のことは抜きで、あなたのことが心配なのよ…」
 リザにとっては、エドワードは弟のような存在だった。そして女性となった今は、可愛い妹だ。その妹が、ロイとの事で悩んでいるのを黙って見過ごすことは、リザには出来なかった。
「誰かに話すだけでも、少しは楽になると思うわ。だから……」
 開けてちょうだい、と頼もうとした時だ。
 静かに、扉が開けられたのは。
 そして、その扉の前に佇んでいたのは。

「エドワード君……」
 寝間着姿で。
 泣き明かしたのか、瞼を腫らして。
 瞳も真っ赤に充血しているエドワードだった。




「……ロイは、知らない」
 部屋に招き入れたリザに、エドワードはぽつりぽつりと話し始めた。
「でも、閣下が原因なんでしょう?」
「………」
 リザの問いかけに、エドワードは答えなかった。
「昨晩、何があったのか、教えてくれないかしら?」
 優しく、エドワードの顔を見つめて待っていると。
 暫くしてようやく、エドワードはゆっくりと話し始めた。

「…食事は、美味しくて…楽しかったんだ…」



 以前にも、何度か来たことのあるレストラン。
 個室もあり、 落ち着いた雰囲気で、寛いだ気分で食事を楽しませてくれる店なので、エドワードは気に入っていた。
 そこでロイと美味しい食事を堪能し、帰る際になって、それは起こった。
 エドワードがレストルームにいた時のことだった。
「うーん……」
 そこにある姿身用の鏡に映し出される、女性としての姿を、エドワードはじっと見つめていた。
「……これって、ほんとに似合っているのかな?」
 身に纏っている頼りない服を見つつ、呟く。
 ロイもリザも、口を開けば『可愛い』とか『似合っている』としか言わないが、着せられているエドワード本人には今一つピンとこなかった。
 つい最近に突然女性となってしまったのだから無理はないかもしれないが、自分が女性としては、果たして魅力的なのだろうかと疑問に思ってしまうのだ。
「けど、こればっかりはオレには分からないし…」
 結局は、他人の評価になってしまうのだろうが、それを聞くのも何だか不安だった。
「……オレって、ロイに相応しいのかな…?」
 女性になってからずっと、心の奥に澱んで残っている不安を、ふと口に出してしまった。
 ここには、誰もいないから。
 そう思って、声に出したのだが。
「…あら、あなた、相応しいとでも思っていたの?」
 突然、声のした方を振り向くと。
 そこには、美しい女性が立っていた。
「あなたは……」
 黒の、高級そうなシルクのドレスがよく似合う女性。ブルネットの髪を綺麗に纏めているので大人びて見えたが、年はエドワードより少し上くらいだろう。
「大総統閣下の婚約者候補、と言えばよろしいかしら」
 彼女は、自信たっぷりにそう言った。
「婚約者……?」
「ええ、そうよ。…尤も、私以外にも、何人もいるみたいですけどね」
「………」
「将軍の縁続きの方や、大企業の令嬢等々、大総統夫人に相応しい方々ばかりが名を連ねていますのよ」
 自分もそんな中の一人だと自慢しているのが、ありありと分かった。
「…いずれはその方々の中から、大総統夫人に相応しい人と結婚するのでしょうね」
「そんなこと…ロイは一言も…」
 エドワードは、初耳だった。ロイに、そんな話が進んでいるなんて。
 それにロイは、言ったのだ。
『自分は一生、結婚するつもりはない』
 と。
 そう言ったのは、エドワードが再び戻る前、しかもまだ男だった時のことだ。それでも、彼がその考えを撤回していることはないだろう。
 エドワードは、そう思っていた。
「あら、そんな大事なことを知らされてないなんて」
 しかし目の前の女性は、鼻で笑って答えた。
「このお話は、かなり前から出ていたことよ。でも、あの大地震の復興がまだ終わっていないから、内々で進められていたのだけれど。…あなたにそれを教えてくださる人は、周りに誰もいなかったのかしら?『鋼の錬金術師』さん」
 彼女にそう呼ばれ、エドワードの顔から血の気が失せた。
(オレのこと…知ってる…?)
「…驚いた顔をして、どうしたの?皆、あなたのことは知っているわよ。有名人ですものね。一度死んで…甦ってきた国家錬金術師だってことは。そしてまた、この世に舞い戻ってきた…。まさかあなたが、女の子だったとは知らなかったけれど」
 流石に、再度この世界へ戻ってきた時に、女性に変わってしまったという事実は知らないようだった。
 その件は、ロイとリザ以下、ほんの僅かの信頼できる部下しか知らされていないから、当然なのだろうが。
 目の前の女性は、元々エドワードが女性だと思っていることに、内心ホッとしていた。
「……あなたは、何が言いたいのですか?」
 回りくどい話は、苦手だった。だから、手っ取り早く結論を聞かせてもらいたかった。
「ここまで言ってまだ分からないの?」
 女性は呆れたように笑う。その見下したような笑い方は、エドワードの神経を逆撫でするのに十分だったが、懸命に怒りを堪える。こんな場所で騒ぎを起こしたら、ロイに迷惑を掛けることになるから。
「いいわ。はっきり言いましょう。あなたは、大総統閣下には相応しくない女性よ。分かるでしょ?」
「オレ……が…」
「そう!あなたは、上司と部下の関係に甘えてるのでしょうけど。『軍の狗』で殺人兵器。おまけに一度死んで甦ったという特異な存在。そんな人が大総統の傍にいることだけでも、迷惑だって思わないのかしら?」
「迷惑……オレが…?」
「先代の忌むべき制度としての、国家錬金術師自体を廃止しようとしている今、あなたの存在は大総統閣下には迷惑以外の何ものでもないわ」
「それ…は…」
 国家錬金術の制度を廃止する。
 それは、ロイの口から聞かされていた。錬金術師を軽蔑の対象とさせてしまうそれを失くすことで、錬金術師としてのイメージを変えようという考えだということを知り、エドワードも喜んでいたのだ。
 これで、錬金術が軍の…戦いの道具にならなくて済むようになる、と。
 だが、ロイのやろうとしているそれを、自分の存在が阻むことになるとは、思いもつかなかった。
「…でも、あいつだって国家錬金術師だ…」
 ロイ自身、『焔』の銘を持つ、国家錬金術師だ。
「だからといつて、あなたが傍にいてもいいという理由にはならないでしょ?大体、この制度を早く浸透させるためには、あなたのような国家錬金術師が閣下の傍にいること自体がいけないのよ!あの方の伴侶には、相応しくないわ!」
 エドワードは何も言えなかった。
 彼女の言うとおりだ。国家錬金術師の制度を廃止しようとしているのに、それになっていた人間が傍にいるということ自体が、ロイのイメージダウンに繋がってしまうだろう。
 やっと地震からの復興を始め、人心が新しい大総統を支持しようとする方に向けられている所なのに、それをエドワードの存在が壊かねないことを指摘され、全く反駁出来なかった。
「……わかったら、あの方から離れてちょうだい。…尤も、あなたはあの方の好みの女性ではないから、そのうち飽きられてしまうかもしれないけど」
 言いたいことを全てぶつけて、すっきりしたのだろう。
 彼女は勝ち誇ったようにそう言い捨てると、意気揚々と出て行った。




「……戻らないと…」
 後には、未だ青ざめた顔をした、エドワードが取り残された。
(戻らないと…ロイが心配する…)
 いつまでも帰ってて来ないのを、不審がって探しにくるかもしれない。
 そうしたら、ロイに迷惑をかけてしまう。
(迷惑掛けちゃ…いけない)
 エドワードはそのことばかり、考えていた。
 ロイの傍にいるだけで、迷惑な存在なのだから。
 それ以上、彼の手を煩わせることはしてはいけない。
 だから、普段通りに戻っておかないと。
 エドワードはそう懸命に言い聞かせていた。
 未だ全身を襲っている、震えを消すために。
 青ざめた、泣きそうな顔をしているのを戻すために。
 ずっと、言い聞かせていた。








 今回はちょっと、エド痛いです。すみません〜。が、エドが痛いだけの話は書けないので…そのうち…。