Schlussatz side story -17-   accelerand   7

 エドワードは、大総統府内にある、大総統執務室にいた。

 監禁されていた屋敷で救出された後、病院で簡単な治療を受け(外傷は殆どなかったのだが、念のためとロイが受けさせたのだ)、その後リザに連れて来られたのがここだった。
「……疲れているのに申し訳ないんだけど、少し事情聴取に協力してもらえないかしら?」
 一応、まがりなりにも、『大総統の婚約者誘拐事件』なのだ。
 その当事者であり、被害者でもあるエドワードの話を聞くことは、当然必要だろう。
 だから、エドワードは、リザの申し出に、あっさり応じた。
「うん、いいよ。オレの知ってることって、そんなにないかもしれないけどさ…」
 そう言って、自分の覚えている限りの、事件の経緯を彼女に話し始めた。
 その事情聴取は、30分程で終了した。
「…ありがとう、エドワード君。事後処理は私達の仕事だから、あなたはもう家に戻ってもいいわよ。お疲れ様」
 調書をとったリザから、労いの言葉が出る。
「……あの…少佐…」
 だがエドワードには、まだ聞きたいことがあった。
「何?」
 少し不安そうに、目の前のソファに座っている自分を見つめるエドワードに、そっと彼女は優しく微笑む。
「……今回の…事件の犯人って……」
「……エドワード君には、聞く権利があるわ。当然よね」
 エドワードからの質問の内容を予測していたのか、リザの口からそんな言葉が出た。
「権利っていうか……その…」
 知っておきたかっただけだ。今回の事件を引き起こしたのが、誰だったのかを。
「…エドワード君を誘拐するよう指示したのは、レイチェル・ボーフォートという女性よ」
「レイチェル・ボーフォート…」
 聞き覚えのない名を、エドワードは繰り返す。
「その名に覚えがなくても、エドワード君は会ったことがある筈なのよ」
「え……?」
「閣下と食事に行った時に、レストランで会った女性…」
「あ……!」
 リザの説明で、エドワードはすぐに思い出した。
 全く面識のない若い女性から、 自分に向けられた、あからさまな敵意と侮蔑の言葉を。
 彼女はあの時、ロイの婚約者候補の1人だと言っていた。
「じゃあ、彼女が……オレを……?」
 リザは頷き、口を開く。
「彼女は、レイチェル・ボーフォート。ボーフォート少将のご令嬢なのよ。そして、閣下の結婚相手にと殊更熱心に勧められてきた、女性の1人でもあるわね」
「少将の……ご令嬢…」
 どうりで、あのように自信満々にエドワードと対する事ができた筈だ。
 少将の娘ならば、大総統の伴侶としては申し分ない肩書きだろう。
「だから、エドワード君が閣下と結婚すると宣言されたことを、父である少将から聞いて、カッとなって我を忘れたんでしょうね…。挙句、少将の車を勝手に使って、あんなならず者を雇ってあなたを誘拐させたのよ」
 リザは、小さくため息をついて話を続ける。
「彼女にしてみれば、エドワード君を少し怖い目に遭わせてやりたいと思っただけみたいなのだけれど…。その程度で済むわけがないと考えなかったのかしらね…」
 リザの脳裏には、少将の自宅へと彼女を拘束しに向かった時の、レイチェルの唖然とした表情が浮かぶ。
 軍部が、しかも大総統の直属の部下が来たということで、ようやく事の重大さを認識したようだった。
 何もかもが、思い通りに動くと思い続けてきた、浅はかな女。
 そんな彼女も、己の些細な思い付きが、重大事件を引き起こしてしまったということに気づき、蒼白になって抵抗することなく大総統府に連行されていった。
 今は、別室で事情聴取をうけている筈だ。
 また、父親である少将も、他の部屋に拘束されている。
「それで……彼女は…どうなるんだ?」
「普通だったら、こんな重大事件を起こしたのだから、裁判にかけて厳罰に処するべきなんでしょうけど…。大総統の婚約者を誘拐したのが、軍部の関係者…しかも上層部の人間だったということを、今の時点で公にすることは非常にまずいのよ」
 眉間に皺を寄せて、リザは呟く。
「まだ、この国は、安定したわけではないから…。閣下の政治的基盤が落ち着くまでは、このような軍部内の醜聞は公にしない方がいいの」
 彼女の言い分は、エドワードも理解できる。
 大総統の婚約者の誘拐犯が、軍部関係者だという事実を公にしたら、未だ軍部が一枚岩ではないという疑いを、国民に軍部自らが持たせるようなものだ。
「じゃあ、ロイは……」
「個人的には、極刑に処したいくらいでしょうけど、今回はエドワード君が無事だったと言うこともあって、左遷程度に抑えるみたい」
 当然、ロイが大総統である間は、永久に中央へとは戻って来れないだろうが、それでも破格の温情処分だろう。
「そっか……」
 エドワードは、安堵の溜息を吐く。
 自分は被害者なのだが、一応無事に助け出されたし、こんな騒ぎを起こしてしまったレイチェルの気持ちも分からなくはない。だから、出来うることならば内密に…穏便に事を済ませたいと思っていただけに、そうなることを聞いて、ようやくエドワードは安心することが出来た。
「……さ、エドワード君はもう自宅に戻って、今夜はゆっくり休んでちょうだい。とても疲れたでしょう?」
「うん…ありがと、少佐」
 優しく、姉のように笑いかけ、声を掛けるリザに、エドワードは微笑んで頷いた。
「後は私達に任せて、ね。これからすぐに、車を手配するわ。それと、護衛をつけるから、その人と一緒に帰ってね」
「護衛なんて……」
 車で送ってもらえれば、それで十分だとエドワードは言おうとしたのだが。
「エドワード君限定の、この国一優秀な護衛を付けるわ。………そうですよね、閣下?」

「ああ、そうだな、少佐」

 突然聞こえた声に反応して、振り向けば。
 執務室の入り口には。
 部下であるリザに、『エドワード限定護衛官』の肩書きをつけられた、この国の大総統が。
 ロイが、苦笑を浮かべて立っていた。








 ……やっぱり、軍部内ではリザさんが最強、なんでしょう!
 『影の大総統』と噂されるくらいに…。