Schlussatz side story -16- accelerand 6
「う……ん…」
小さく、くぐもった声を漏らして、エドワードはゆっくりと瞼を開いた。
ぼんやりとした視界に、真っ先に入ってきたのは、天井。
小振りなものの、豪奢なシャンデリアがぶら下がっている天井が、目に入ってきた。
「ここは………?」
呟きつつ、エドワードはゆっくりと身体を起こす。
それから、自分のいる室内をぐるっと見回した。
そこは、どうやら客間のようだった。
大きなベッドを置いても余裕のある広さの室内には、他に、明らかに高級品と分かる応接セットなどの家具類が邪魔にならないように整然と置かれてあった。
「…見たところ、お金持ちの邸宅といったところか…」
ただ、静まり返っているところから、ここは別荘かもしれないと思いつつ、エドワードは寝かされていたベッドから降りて、ふかふかの絨毯の上に立つ。
まだ少し、殴られたのであろう後頭部がズキズキと痛むのだが、そのことばかり気にしていられない。
まずは、ここの場所の特定をしなければ…と思い、窓の傍に歩み寄ろうとした時だ。
荒々しい音と共に、その部屋の扉が開かれたのは。
「おやぁ…目が覚めたみたいだな」
エドワードは、突然部屋に入り込んできた人間を見て、眉をひそめた。
入ってきたのは、全部で5人。
その格好から、一見してこの屋敷の住人ではなく、まともな仕事をしているようには見えない男達が、エドワードを見てニヤニヤと笑っていた。
「お前らが、ここへ連れてきたのか?」
エドワードは、静かな声で尋ねる。
「ああ。あんたを攫ってくれってたのまれてな。それに、後は好きにしていいって言う上に、多額の報酬もつけてくれたんだぜ。こんな美味しい仕事、逃す手はないだろ?」
部屋に入ってきた男達の中で、エドワードに向かって一番右側に立つ男が、楽しそうに説明した。
どうやらこの男が、グループのボス的存在だとエドワードは敏感に察する。
「こんな、豪華な場所も提供してくれたんだから、破格の好条件だぜ」
隣の男が付け加える。
「しかも、あんたみたいな美少女を好きにできるんだからな」
その言葉で、他の男達からは、どっと笑いが沸き起こったが、そんな様子をエドワードは呆れたような眼差しで見ていた。
(…ようは、オレのことを気に入らない誰かさんが、大金払ってこいつらに誘拐を依頼したというわけか。…けど…)
エドワードは、冷静に考える。
問題は、誰が依頼したのか、だ。
大金を払ってまで、ならず者達を雇い、エドワードを誘拐させてひどい目に遭わせたいと思っている人間。
それ程にで憎んでいる相手というのは、限定されるのではないのだろうか…。
そこまで考えて、エドワードは、目の前に立つ男たちに問いかけた。
「……で、おまえ達を雇ったのって誰?」
「名前なんて聞いてねえよ。聞く必要もないしな。だが、軍部のお偉いさんの令嬢だってことは分かるぜ」
依頼された時に口止めされていなかったのか、ボスらしき男はぺらぺらと喋り出した。それに続いて、他の男達も次々と口を開く。
「ああ、なかなかの美人だったな。出来ればお相手して欲しかったけどよ」
「バカ言うな。何でも少将の娘だっていうじゃないか。手を出したら、こっちの身が危ないぜ」
「それもそうだな」
(ふうん……)
彼等の会話を聞いているうちに、エドワードは何となくではあるが、推察できた。
ようは、エドワードが大総統の婚約者となったことが気に入らない、軍幹部の令嬢の誰かが引き起こしたことなのだ。
今回の、誘拐事件は。
(……だったら、表沙汰にはならない方がいいな)
大総統の結婚についてのいざこざで、事件になってしまったというのは流石に軍部も外聞が悪いだろう。
出来るなら、穏便に済ませたい。
ロイのためにも。
という結論に辿り着いたエドワードは、小さくため息をつくと、すたすたと扉付近に立っている男達に近づく。
(…全く、厄介だな)
「………?」
目の前の、小柄な美少女の突然の行動に、男達は目を丸くする。
だが、細身の美少女に何ができようかと、たかを括り、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべると、中の1人がエドワードに向かって腕を伸ばしてきた……
時。
すっと目の前の少女が低く屈んだ直後、男の鳩尾に、的確にエドワードの拳が深く食い込んでいた。
「……………!」
男は呻き声を上げる間もなく、床に倒れ伏す。
「この……女………ッ!」
突然の、エドワードからの攻撃に、怒り狂って突進してきたた男の顎に、今度は綺麗な蹴りが見事に決まる。
「……この服だと、動きが鈍くなるな」
男達から間合いを取って、エドワードは涼しい顔で自分の身に纏っているワンピースの裾をつまんだ。
「おまえ……っ!」
「お生憎様。オレは、泣いて助けを求めるような、深窓のご令嬢なんかじゃないんでね」
怒りで 顔を真っ赤にしているボスの男に、エドワードは微笑みを浮かべてきっぱりと言った。
「…それに、オレは大総統の隣に立つと決めた。だったら、自分の身くらい自分で守れなくてどうする?オレは、守られるために、この国のファースト・レディになろうと思ったんじゃない!」
ロイの隣にいて、ロイを支える。
その覚悟を持って、自分はロイからのプロポーズを受けたのだから。
綺麗に着飾っただけの、華を添えるだけの存在には、なりたくなかった。
「……くそっ…コケにしやがって!」
エドワードの堂々とした様子が、男達の怒りを増幅させたようだ。
口汚く罵りながら、一斉にエドワードへと飛びかかってくる。
流石に、3人一度だとどうすればよいか…と身構えた時だ。
「エドワード君、逃げて!」
扉が開き。
聞き覚えのある女性の声が耳に入るやいなや。
全てを察したエドワードは、咄嗟に室内の端へと飛び退けた。
直後。
「……っぎゃああああッ!」
「熱い…ッ…火が……ッッ!」
紅蓮の焔が、3人の男達に襲い掛かり、覆い尽くす。
「エディ、無事か…!」
「……ロイ……!」
「閣下!あれ程火力を抑えてくださいと…!」
「抑えてあるさ。死なない程度にな。それに、事情聴取はそこに伸びている奴等をすれば十分だろう?」
「それはそうですが…。とりあえず、消火してちょうだい。この家まで燃えたら大変だわ」
リザの指示で、後から室内に入ってきたハボック達が、消火器を未だブスブスと燃えている男達に向けて、消火に当たる。
その間に、ロイは部屋の隅で突然の展開に唖然として立っているエドワードへと歩み寄った。
「エディ、何処か怪我は?」
「ううん、大丈夫。少しこぶが出来ているかもしれないけど…」
微笑み、後頭部を撫でるエドワードを、ロイは自分の腕の中に抱きしめる。
「ロイ……?」
「よかった……無事で…!」
抱き締めたまま、エドワードの耳元で囁く声を聞いて、エドワードはようやく安堵したように、全身から力を抜いた。
(……ああ……ロイだ…)
エドワードが、唯一傍にいると決めた人。
エドワードに、傍にいて欲しいと願った人。
そして、エドワードが全てを委ねられる男の腕の中で。
エドワードは、彼の胸に顔を埋め、そっと背中に手を回して、自分もロイを抱き締めた。
…うちのエディは強いです!見た目に騙される男はたくさんいると思いますが…。本気で夫婦喧嘩した時は…恐ろしいかも。