Schlussatz side story -15-   accelerand   5

 大総統府内の、大総統執務室周辺は、俄かに騒然となってしまった。
 まだ公にはしていないものの、れっきとした大総統の婚約者が、白昼堂々と、しかもよりにもよって軍部付属の総合病院で行方不明になってしまったのだ。そのような事態に、おっとりと構えていられるわけがない。

「……犯行声明は…どこかのテロリストどもから出てるかしら?」
「いえ、それらしいのはまだです、少佐」
「そう……」
 呟き、リザは考え込む。
「あの、少佐……」
「何かしら、フュリー少尉?」
「現在、セントラル内に潜伏していると思われるテロリストを、挙げてみたのですが…」
「ありがとう。でもそれは恐らく、必要ないわ」
「は………?」
 フュリーがきょとんとした顔をする横で、ハボックが口を開く。
「あのな、少尉。エドが、大総統閣下と婚約したという事実は、まだ正式に公には発表されていないことなんだ。オレ達はずっと前から知っているから、ついそのことを忘れがちになっちまうけどな」
「あ……!」
 フュリーも気がついたようだ。
「2人も、正式発表までは、おおっぴらに恋人同士だということを出さないようにしていたから、2人の関係はここ中央司令部内でも殆ど知られていないと思うぜ」
 恐らく知っているのは、大総統直属の部下である彼等と、無二の親友であるヒューズ。
「……それと、知ってしまった人達もいるわね…つい最近のことだけど」
「ここの、将軍閣下連中ってことですか…」
 ブレダが苦虫を噛み潰したように、表情を歪めて呟いた。
「ええ。彼等には、エドワード君を伴った上で、閣下ご自身が発表なさったから…。当然、エドワード君が婚約者であるという事もよく分かっている筈よ」
「と、いうことは……エドが行方不明になったのは……」


「ホークアイ少佐」


 それまで、黙って自席で部下達の話を聞いていたロイが、徐に口を開く。
 その声に反応して、室内にいた部下達が全員、大総統の顔を見た瞬間。
 その場にいた全員の顔が、強張った。
(……まずい…本気で怒ってる)
「はい」
 リザも辛うじて返答が出来た。それ程に、ロイは静かな怒りを全身から出していたのだ。
「先日集めた将軍達の中で、私に縁談を持ち込んできたことのある奴を悉く洗え」
 静かな声。
 席に座ったまま、普段と同じように部下に指示をする。
 だが、リザ達を通り越して、空を見つめている眼差しだけが、はっきりと違っていた。
 怒りの余り、焔のついた瞳。
 そんな表現がぴったりなように、ロイは怒りを眼差しに湛えていたのだ。
(……犯人が分かったら、そいつになにしでかすか分からないな、この人は…)
 いつの間にか、ハボックの背中に冷や汗が伝っていた。
「……閣下、洗う必要はございません」
 その場にいた人達の中で、辛うじてリザがロイと話すことが出来ていた。他の者達は、ロイの静かな激怒振りに、声もなく立ち尽くしていたままだ。
「必要はないと?」
「はい。ファルマン少尉が、エドワード君を待っている間に、偶然目撃したのです」
「何を…?」
「将軍クラスの者が乗る、自家用車です。病院の駐車場に停めてあった…」
「車のナンバーは?」
「勿論、覚えています…!」
 すかさずファルマンが話を継ぐ。
「あのような高級車は、乗る人が限られておりますから…つい気になって、待っている間ずっと見ておりました」
「……それを使っていた人間は?」
「それは…申し訳ありません。その後、エドワード君を迎えに行くために、病院の玄関に向かいましたので…人までは…。ただ、エドワード君が行方不明になって、こちらに連絡した後に再び車に戻ったときは…その車はありませんでした」
「……まんまとエドを連れ去ったというわけか」
 ハボックが吐き捨てるように呟く。
「少佐」
 黙って目を閉じ、話に聞き入っていたロイが、再度リザを呼ぶ。
「ファルマン少尉の目撃した車の所有者は、判明しております」
 ロイが尋ねる前に、リザは答えを差し出した。
「……誰だ?」
「ボーフォート少将のお車でした」
「ボーフォード少将…か。確か以前、ひっきりなしに人を介して、自分の娘を私に売り込んだことがあったな…」
「その、ご令嬢のことですが」
「……何だ?まだ他に、何かあるのか?」
「はい。念のため、閣下が以前エドワード君とお食事に行かれたレストランに、問い合わせてみました」
「ああ、あの……」
 先日、2人で食事を楽しんだ、お気に入りのレストランのことかとロイは思い出した。
「はい、そうです。あそこで食事をなさった時に、エドワード君は偶然とあるご令嬢に会って、いろいろとひどいことを言われたようなのです…」
「…そうだったな」
 ロイも、その時のことを思い出す。
 相当きついことを、その女性に言われたのだろう。
 その後暫く、エドワードは沈みがちだった。
 そんな彼女を元気づけるために、そしてロイも、エドワードを離したくないと考えて、エドワードにはっきりとプロポーズしたのだ。
「……まさか、少佐…!」
 そこまで考えて、ロイの脳裏には、ある1つの推測が浮かぶ。
「…閣下の、お考えの通りです」
 推測は、リザの言葉によって、すぐに確信へと変わった。
「あの時いた女性。彼女が、レイチェル・ボーフォートだったということが、レストランの支配人の証言で判明しました」
 レイチェル・ボーフォート。
 それこそが、ロイにしきりに勧められてきた縁談の相手、ボーフォート少将の愛娘の名前だった。

「ボーフォート少将をここへ」
 ロイは椅子から立ち上がり、リザに指示を出す。
 静かな……だが、奥底には消すことのできない怒りを込めた声で。
「すぐにここへ来るよう伝えろ。抵抗するなら構わん。拘束してもいいから即刻連れて来い…!」
「はっ……!」
 その場にいた者は全員敬礼し、即座に行動を開始した。




 攫われたであろうエドワードを、救出するために。








 …本気で怒ったロイは怖いです。しかもエド絡みとなると、誰も止めようがないかも…。