Schlussatz side story -10-   calmanndo8

「…おい、あれ見たか?」
「見たさ、さっき決裁を仰ぐ書類持って行った時に」
 大総統府内の一室。
 大総統執務室の壁を隔てて隣にある、大総統直属の部下達の部屋は、先程から異様な雰囲気に包まれていた。
「あの閣下が、だ。少佐がいないというのに、脇目も振らず山積みの書類を次々と片付けているんだぞ」
 ハボックは信じられないものを見た、という風に少々青ざめた顔をして呟く。
「ああ。オレも見たさ。少佐が銃を構えている以外で、あんなに一心不乱に仕事に励んでいる場面なんて、未だ嘗てお目にかかったことがないぜ」
 ブレタも、まるで昼日中に幽霊でも見たような口ぶりで語る。
「……何か、悪いことでも起こらなければいいが…」
 話題となっている当の本人が聞いたら、怒り狂うであろう内容ではあったが、部下達にそう思われているくらいに、普段の彼の仕事ぶりは最悪なのだ。
 よくこれで大総統になれたなと、長年部下として働いてきたハボック達に思わせるくらいに。
 そんな、デスクワークでの無能っぷりも、リザの有形無形の叱咤のお陰で何とか誤魔化せてはいたのだが…。
 今、リザの姿が傍にいないのにも関わらず、大総統―――ロイは、死に物狂いで仕事をしているのだ。
 そんな彼の、ありうべからざる姿を見て、ハボックやブレダが天変地異の前触れだと思っても、決して大袈裟ではないだろう。

 だが、彼等のそんなパニック状態も。
 程なくして姿を見せたリザによって、あっさり解消されてしまったのだ。

「…あら、2人して何て悲壮な顔をしているの?」
「……少佐っ!」
「今までどちらへ…?」
「ええ。ちょっと閣下のご用事を済ませに…ね」
「閣下の?」
「そうよ」
 と言ってリザは微笑み、すっと静かにドアの横へと身体をずらす。
 すると、彼女の長身に隠されていたのは……。

「ああ、成程。そういうことですか」
 納得したように、ハボックは頷く。
「そういうこと」
「それだったら、閣下のあの猛烈な仕事ぶりも頷けますよ」
「まあな…」
 ハボックとブレダはうんうんと深く頷き、楽しそうに笑う。
 ほんの少し、頬を赤らめて。

 そして、リザの身体で隠されていた『その人』は、2人の言葉で顔を真っ赤にした。



「…閣下、失礼致します」
 リザの静かな声が扉越しに聞こえ、ロイのペンを動かす手がピタリと止まった。
「…入りたまえ」
「失礼致します」
 扉が開き、執務室に入ってきたリザの目に飛び込んできたものは。
「これは……」
 彼女は、絶句した。
「…これが最後の1枚だ」
 そう呟いてさらさらとサインをしたためると、うず高く積み重なった既決文書の一番上へと置く。
「全て…目を通されたのですか?」
「ああ。流石に、いささか肩がこったがね」
 そう言いつつ軽く肩を上下している。
「それが、君との約束だったからな」
「…ありがとうございます。お疲れ様でした」
 リザは嬉しそうに笑い、労いの言葉をかける。
「……それでは、本日の閣下の仕事は全て終わりましたが、最後ににもう1つだけ、閣下にしか出来ない仕事をしていただけませんでしょうか?」
「私にしか、出来ない仕事かね?」
「はい」
「それは……」
 自分だけにしか出来ない仕事というのが、全く見当がつかなくてきょとんとしているロイの眼前に。
 リザに促されておずおずと入ってきたのは。

「あ………!」

 贅沢なレース使いのレトロピンクの2ピースに、アイスグレーのボレロ調のカーディガン。
 手にはカーディガンに合わせたシルバーのメタルメッシュバッグ。
 スカートから伸びたすらりとした細い足の先は、シルバーのミュールで包まれている。
 そして、艶やかな金色の髪を下ろして、ごくごく薄い化粧をしている、誰が見ても美少女だと認めるであろう少女が、所在無げにリザの傍に立っていた。

「………エディ……」
 そのままパーティーにでも行けそうな装いを、美しく着こなしているエドワードを見て、ロイは感動の余り言葉が続かなかった。
 ただただ美しい目の前の少女を見つめているだけだ。
 そんな彼に、はっぱをかけたのは、当然のことながら有能な彼の部下だった。
「閣下、エドワード君の誤解は解けましたので、ご報告いたします」
「そうか……」
 彼女の言葉を聞いて、ロイはひどくホッとしたようだ。
「ですが最後は、閣下しか出来ないことがあります」
「……少佐?」
「…エドワード君に、揺るぎない自信を与えることが出来るのは、閣下しかいませんから」
 と言いながら、リザはエドワードをロイの前へと連れて行く。
「……少佐…」
「私はこれから退室しますので、どうぞご遠慮なくエドワード君に自信を与えてあげてください」

 そう言い、決裁済みの書類を腕に抱える。
「…閣下の、机の引き出しに入れられているもので」

 リザは含みのある言葉を残し、エドワードに微笑んで執務室から出て行った。



「……机の引き出し…って?」

 何が何やらさっぱり分からないエドワードは、この場で唯一答えてくれるであろう人物に尋ねる。
 すると。
「……全く、少佐に隠し事は出来ないな」
 照れ臭そうに笑いながら、ロイは引き出しを開けて、中から何かを取り出したのだ。
「そ……れ…?」
 ロイの大きな手にすっぽり治まるくらいの、小さな箱のようだった。それが、綺麗にラッピングされていて、リボンで飾られている。明らかに、女性向のプレゼントだ。
「……ずっとエディに渡したいと思ってはいたのだが…。地震の事後処理の忙しさもあったし…エディも突然女性になってまだ落ち着いてないだろうからと思って躊躇っていたんだが……。ああ、何と言っても言い訳にしかならないな」
「……ロイ……っ?」
 エドワードは目を丸くする。
 突然、綺麗に包装されたそれを、エドワードの目の前でロイが開け始めたのだ。
 中からすぐに姿を現したのは、赤いビロードに包まれた小箱。
「これが…君への自信となればよいのだが…」
 と言いつつ、箱の中から取り出し、エドワードの左手を取って。
「ロイ………」
 その薬指に、そっとはめる。
「…サイズは、丁度いいみたいだな」
「ロイ、これって…」
 エドワードは、自分の左手の薬指にはめられたリングを見て、驚いていた。
 途切れることなくダイヤモンドが並べられている、いわゆる『エタニティ』という名のリング。
 それが、エドワードの細い薬指にぴったりとはまっている。
 そしてこれの意味する所が分からない、エドワードではなかった。
「エンゲージリング…?」
「そうだよ。君へと用意していたんだ。…いつでも渡せるように」
「オレ……に?」
「そう、エディに。結婚したいのは、君だけだから」
 と、微笑みかけるロイから視線を外し、エドワードは俯き加減になってしまう。
 指にはめられたままの指輪に、そっと右手で触れて。
「オレ……甦って来た人間で…しかもいきなり男から女になっちゃったんだぜ?」
「1度死んだこととか、性別なんて関係ない。元々、君自身が好きだったのだから」
「それに……オレ、国家錬金術師だった。そんな過去を持つオレがそばにいたら…足引っ張るかもしれない…」
「私も、国家錬金術師だ。今後は『軍の狗』と蔑まれる国家錬金術師はいなくなるだろうが、その事実は消えない。それに、隠そうとも思わない。国家錬金術師であったという過去の上に、今の私がいるのだからね。そのことで、誰にも文句は言わせないようにしているつもりだし、今後もそうするつもりだ。…エディに対しても、誰も文句を言わせない」
「ロイ……」
「君しか、いない。私の隣に立つ人は。エディしかいないんだ」
「……ほんとに…オレでいいの?」
「エディじゃないと、ダメなんだ。私は」
「――――ロイ…ッ!」
 エドワードはロイに抱きついた。
 長身のロイに、しがみつくように。
 嬉しかった。
 ロイは自分のことを好きでいてくれているという思いはあったのだが、不安は拭えなかった。
 ひょっとしたら、自分の1人よがりかもしれない…などという不安が常につきまとっていた。
 自分に自信が持てなくなるときが、時折あって……それを他人に指摘された時は、尚更落ち込んでしまって…。
(でも…もう大丈夫…)
 ロイに抱きついたまま、エドワードは確信した。
 背中に回された、ロイの力強い腕を感じて、より一層確信した。
(オレは……ロイと一緒に生きていける…)
 傍にいることが出来る。
 隣に立つことが許される。
 最期の時まで…共にいられる。
 そんな、揺るぎない自信を、ロイはくれた。
 エドワードに。
『プロポーズ』という形で。

「……エディ…」
「何…?」
「まだ…返事を貰ってなかったね…。

 結婚してくれますか、私と?」

 抱き締めたままの、ロイからの甘い囁きに顔を真っ赤にしながらも。
 ロイにだけ聞こえる声で、だがしっかりと答えた。


「うん、いいよ。ロイじゃなきゃいやだ…」









 やっとここまで来ました〜。長かった…!
 これでこのシリーズ、山は越えたかなあ…。ということは後半分?…先はまだ長い…みたいです。